豆腐屋坊主〜昭和の香り〜
昭和の東京・下町に住む腕白坊主が、今作の主人公である。
昭和43年、東京の下町。
そこに住む住民達は、貧しくもお互いに助け合いながら生活していた。
正吉は、下町小学校4年生で腕白坊主な少年である。元気が良すぎるので彼はいつも、何かとやり過ぎる点が多かった。その度に、正吉の家庭で一番最強だった母親から厳しい叱責とゲンコツを喰らっていた問題児であった。
ある日の夕方、正吉は近所の空き地で友達数人と野球をしていた。正吉は投手の投げた玉を勢いよく振って当て、一塁へ無我夢中で走ったその時である…
(ドカッ!)
「痛ってぇぇぇー!」
と、空き地の近くから悲鳴が聞こえ…更に、
“ドシャーン!…ガラガラ…ビッシャーン!!”
と、大きな雑音が聞こえたので驚いた正吉達がそこへ駆けつけると、そこには正吉が玉を思い切って打った後、手からすっぽ抜けて吹っ飛んだバットが、近所を売り歩いていた豆腐売りのおじさんの足の脛に直接当たってしまい、おじさんがその痛さで台車ごと道路で横に倒れ、更に周りは水浸しになり、ところどころに台車から流れた売り物の豆腐達が散らばっていた。
「てめぇら!」
うわぁ、逃げろー!と正吉達は四方八方に散らばって逃げたが正吉だけ、豆腐売りのおじさんから逃げる途中、母親に会ってしまい…状況を素早く察した母親に引き連れられ豆腐屋で無理矢理頭を下げさせられ、罰として、おじさんが足を完治するまでの間、おじさんの手伝いとして豆腐売りの無賃バイトをする事になった。
翌日、正吉は学校が終わり家に帰ると自分の部屋から野球道具一式を持ち、出掛けようとすると運悪く母親に見つかりその場で叱責+半殺しにされた後、渋々と豆腐屋に向かって走った。
そこでも店にいたおじさんに、
「遅いっ!」
と、こっぴどく叱られ、直ぐに注文先の家に届けてくれと今で言う宅配を頼まれた。
約束の豆腐一丁を片手に、正吉は注文先の家に向かった。しかし、問題が起きた。曲がり角で隣町のガキ大将とぶつかってしまい、因縁をつけられてしまった。
「おい、てめぇ…どこつけてんだよ!」
正吉はキレて、
「よそ見してぶつかったのはお互い様だろ!」
「うるさいっ!覚悟しろぉ!」
と、ガキ大将が殴りかかってきたので正吉は最初は応戦しようと思った。が、豆腐の事を思い出し豆腐を守るために下手に手を出せず、ボコボコにされていた所を運良く周りの大人達が助けてくれた。
そうだ…豆腐は?と、手元を確認したが豆腐は見るも無惨で、原型が無かった。
仕方がなく、正吉は豆腐屋に戻るとおじさんが驚いた顔をして、
「お前、何があった!…それに、豆腐は…」
と、言ったと同時に、
「は、派手に転んでしまっただけさ!」
と、正吉は強がって嘘をついたが、すぐに母親が豆腐屋に駆け込んできて、
「あんた、何やってんの!」
と言って、いきなり正吉にゲンコツを喰らわし、そして…強く抱きしめた。母親の目には、うっすらと涙が溢れていた。
「もう…心配したんだから…。…ふぅ、近所の人に全部聴いたよ。あんたはいい子だったよ…。さっ、もう一回行っておいで!」
正吉は母親の愛情をこの時、しっかり感じ取った。そして、おじさんからまた豆腐一丁を貰い、注文先の家に向けて豆腐屋を飛び出して行った…。
そして正吉は、無事に豆腐を届けて豆腐屋に戻るとおじさんが無言で近づき、
「お疲れさん、ほれっ。」
と小さな紙包を渡された。その中身とは、
「えっ…、おじさん無賃手伝いじゃ…」
「良いんだよ、これは特例さ。」
紙包の中には、当時の子供達にとって十分な駄賃が入っていた…。
正吉は、嬉しくて舞い上がった。
「ありがとうございます!…それと、あの時は…ごめんなさい!!」
おじさんが、笑って言った。
「ははっ、ガキは元気で結構。怪我しちまったのはしょうがねぇけどな。…うっし、また明日から全力で働いてもらうぞ、坊主。」
はいっ!と返事をした正吉は、帰り際おじさんから豆腐屋のラッパを貰って外に出た。
正吉が豆腐屋を出ると、空は既にオレンジ色に染まっていた。正吉はおじさんから貰ったラッパを、空に向かって吹いた。
正吉が奏でた美しい音色は、隣町まで響き渡っていた…。
この時代は昭和の高度経済成長を終えても、人と人との絆は今の時代よりもあります。
読んで下さった皆様も、時々昭和の時代を思い出して下さい。