そしてワニ
1月になってワニが来た。
ミシシッピー川と繋がったのだろうか。
とうとう爬虫類までやってきたのだ。
そのワニは子供だった。
私は今回こそは本気で悩んだ。
ピラニアの時と同じ対処法をとるべきか。
それとも飼うべきか。
いや、大きくなったらどうする?
こいつはとても狂暴になるかもしれない。
むつ●ろうさんがライオンに指を食い千切られたように、
私もこのワニに指を食われるかもしれない。
それは絶対御免だ。
私はむ●ごろうさんの様に寛大な心なんて持ち合わせていない。
無責任だが、このワニが成長しだしたら身の安全を考えて近所の川に放流した方がいいだろうか。
この近所でいうと、筑後川だ。
もし放流したとしたら、世間は大騒ぎだろう。
あの埼玉のタマちゃんみたいに。
キーホルダーや携帯ストラップが売り出されたりするかもしれない。
いや有り得ないけど。
私はとりあえず、ワニを洗面器に移そうと網を手にとった。
もうこの作業を何十回と繰り返してきたからだろうか、
私はスムーズにワニを洗面器に移すことができた。
「ねぇ・・・君はどうしたい?」
ワニにそっと話し掛けてみた。
そのワニは小さな目を少しだけ開けて、私を見た。
「合成洗剤入れてもいい?」
ワニは勢いよく首を横に振った。
ように見えた。
「筑後川に流してもいい?」
ワニは同じように首を横に振った。
ように見えた。
「なら、ここに住む?」
ワニはゆっくりと頷いた。
私は信じられなかったが、このワニはどうやら人間の言葉が分かるようだ。
しかも日本語を理解しているらしい。
ミシシッピー川から来たんじゃないのか?
アメリカ生まれなんじゃないのか?
この際気にしないことにした。
私はワニをそっと掴んでみた。
ワニは私の両手に丁度よくおさまり、頭としっぽが少し、手のひらからはみ出していた。
ごつごつした感触の中にどこか柔らかさがあった。
前足の指は5本、後ろ足の指は4本、後ろ足には指と指との間に水掻きがついていた。
黒い目はじっと私を見つめていた。
子供ながらに生死の狭間を生き抜いてきたようなその鋭い目は、
子孫を残す為に生きる。そんな野生動物独特の威圧感に満ち溢れていた。
私はそのワニにクロコと名づけた。
奇妙な共同生活が始まった。
私は図書館に行ってワニの生態を調べた。
餌もハムなどのやわらかい肉をすりつぶして与えた。
歯が丈夫になってくると、少し固い肉も与えてみた。
ワニの好む環境も水槽の中に作り上げた。
日本語を教えたりもした。
「い」
私はそういって広告のチラシの裏に油性ペンで
「い」
と書いた。
それをクロコに見せる。
「ろ」
私はそう言って
「い」
の横に
「ろ」
と書いてクロコに見せた。
「は」
「に」
「ほ」
「へ」
同じ作業を繰り返した。クロコは少しずつ喋れるようになった。
2月の初めになって、
クロコはしっかり喋るようになった。
片言の日本語だが、確に自分の意志を口にした。
初めて私の名前を呼んでくれた時には少しだけだけど涙が溢れた。
クロコはどんどん成長した。
その間にももちろん、私の家の風呂の浴槽は海と川とリンクして、
色々な生物を送ってくれた。たまにクロコのエサになるようなものも現れた。
少し淋しい一人暮らしだった私は、
そんな日常に、どこか逃避するように、浸透していったのかもしれない。