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聞いて喜べ!観て楽しめ!私たちの演劇を!〜廃部確定の小倉中央商業高校演劇部の最後の文化祭〜

作者: 秘色
掲載日:2026/05/04

「……というわけで。我が演劇部は、本日この瞬間をもって、国家でいうところの亡命、医療でいうところの臨終、そして商業高校的に言うならば完全倒産を迎えました。皆さん、三年間お疲れ様でした。来世で会いましょう」


 小倉中央商業高校の片隅。

 放課後の湿った空気が漂う視聴覚室で、部長の波多野美咲(はたのみさき)は、まるで戦後処理を行う敗戦国の将軍のような悲痛な面持ちで宣言した。


 彼女の背後にある黒板には、大きく【祝・廃部(予定)】と書かれている。


「ちょっ、部長。縁起でもないこと言わんでよ。まだ文化祭があるっちゃ。あきらめるのは早いって」


 ポリポリと音を立ててポテトチップスを齧りながら、大道具担当──兼・買い出し担当──の佐藤サトちゃんが暢気に口を開いた。


 指に付いたコンソメパウダーをペロリと舐める仕草には、危機感の“き“の字も感じられない。


「サトちゃん、そのポテチ、私の机の上に置いた部費の余りで買ったやつじゃないでしょうね?」

「えっ……。あ、いや、これは自己資本比率100%の私財やけ。経理上の問題はないよ」

「ならいいわ。……でもね、よく聞きなさい。部員が女子四人しかいない我が部において、新入部員ゼロの状態が二年続いた。来年の今頃、私たちはもうここにはいない。残されるのは、埃を被った書き割り──背景──と、サトちゃんが隠し持ってる大量の非常食だけ。つまり、この文化祭が、私たちの()()()()の限界なのよ! これはもはや葬儀なのよ!」


 美咲は、バン! と教卓を叩いた。

 その衝撃で、隅に置かれた【ロミオとジュリエット】の古い台本がハラリと床に落ちる。


「美咲。葬儀葬儀って、さっきから不吉すぎ。もっとポジティブに考えなよ」


 副部長の田中が、度の強い眼鏡をクイッと押し上げながら冷静に突っ込んだ。

 彼女は元剣道部という武闘派だが、怪我をきっかけに「演劇部の方が楽そう」という不純な動機で入部した経歴を持つ。


「ポジティブ? 田中、今の状況でどうポジティブになれと? 観客動員数は去年、ついに一桁を記録したのよ。そのうち三人は、涼みに来ただけの野球部員。あとの二人は、迷い込んだ近所の野良猫よ!」

「猫は演劇を理解してたよ。いい顔で寝てたもん」

「寝てたらダメなのよ! 舞台上で人が死んでる──演技で──のに、客席でスヤスヤ寝られたら、演者のメンタルはキャッシュフローがマイナスになる一方なの!」


 美咲は、もどかしげに自分の髪をかきむしった。

 彼女たちが通うのは、資格取得と就職に命を懸ける商業高校。


 放課後になれば、誰もが電卓を叩く、パチパチという音が校舎に響き渡る。

 そんな中、大声を張り上げ、虚構の世界に没入する演劇部は、完全に浮いた存在だった。


「部長……あの。一応、今回の台本、少しだけ練習してみたんですけど……」


 おずおずと手を挙げたのは、一番影が薄く、主にナレーションや端役を担当する、鈴木すーずーだ。

 彼女は小刻みに震えながら、一冊の薄い冊子を差し出した。


「すーずー、それ、前回の没台本じゃない。……いい? みんな。ただで死ぬのは、この波多野美咲のプライドが許さないのよ。どうせ廃部になるなら、全校生徒の鼓膜に一生消えない傷跡を残して、網膜を焼き切ってやりたい。卒業アルバムに『あの年の演劇部は地獄だった』と注釈を入れさせてやりたいの!」

「動機がテロリストに近いんだけど……」


 田中の呟きを無視し、美咲は窓の外に沈む夕日を指差した。


「演目は王道の【ロミオとジュリエット】! でも、そのままやっても『あー、お嬢様が死んだね、可哀想に、検定の勉強しよ』で終わるわ。だから……小倉中央商業流、ハイパー・バイオレンス・コメディに改変するわよ!」

「ハイパー……何だって?」


 サトちゃんの口から、ポテチの欠片が零れ落ちた。


「タイトルはこうよ! 【聞いて喜べ! みて楽しめ! 私たちの演劇を! 〜廃部確定の小倉中央商業高校演劇部の最後の文化祭〜】。副題に魂を込めたわ。観客が引くくらいの熱量で、小倉の街を、そして商業高校の現実を叩きつけるのよ!」

「美咲……あんた、本気?」

「本気よ。ロミオは私。主役は譲らないわ。そしてジュリエットは──田中、あんたよ」

「……はぁ!? なに言ってんの? 私にジュリエットなんて無理に決まってるでしょ! 私がドレス着たら、どっかのプロレスラーの引退試合みたいになるって!」

「いいのよ! その『力強いジュリエット』が、現代の閉塞感を打ち破るのよ! サトちゃんは敵役のティボルト。そのガタイの良さを活かして、舞台上を暴れ回って。すーずーは……神父と、ナレーターと、あと通行人ABと、効果音担当ね」

「一気に仕事が増えたぁ……」


 すーずーが机に突っ伏した。


「文句は言わせない! 私たちの部費、残り三千円。これで衣装もセットも揃えるわよ。小倉駅前商店街の百均と、実家のタンスをひっくり返してでも、伝説を作るの!」


 美咲の瞳には、狂気にも似た()()()の炎が宿っていた。


 女子四人、予算三千円、そして廃部まであと数ヶ月。

 後に『伝説の事故』と呼ばれることになる、小倉中央商業高校演劇部、最後の挑戦がここから始まった。


「さあ、まずはジュリエット! 腹から声出して、『おお、ロミオ。何であんたはロミオなんね!』って、北九州弁で叫ぶところから始めるわよ!」

「台詞まで変わってるじゃん!!」


 田中の絶叫が、夕暮れの校舎に虚しく、しかし力強く響き渡った。



 ◇ ◆ ◇



「……ちょっと、波多野部長。これ、何かの間違いよね? 印刷ミスだと言ってちょうだい」


 翌日の稽古場。副部長の田中の震える指先が、刷り上がったばかりの台本を指していた。


 そこには、シェイクスピアが墓の下で二度見するような、おぞましいタイトルが躍っている。


【新説・ロミオとジュリエット 〜小倉駅裏・黒龍商事VS門司港・バナナ組〜】


「間違いじゃないわよ、田中。これは私の魂の『仕訳』よ。無駄を省き、インパクトを最大化した結果の完成形よ!」


 美咲は誇らしげに胸を張った。

 白ブラウスのボタンが弾け飛ばんばかりの勢いである。


「どこをどう仕訳したらこうなるのよ! 見てよこの私の台詞! 『ああ、ロミオ。あんた、うちのシマで何しよんか。命が惜しゅうないんか』……これ、純愛悲劇じゃなくて、ただのVシネマじゃない!」

「いい? 田中。現代のジュリエットは待っているだけの女じゃないの。自分でドスを持って、敵陣に乗り込むくらいの気概が必要なのよ。あんたのその、剣道部で鍛えた無駄に広い肩幅と鋭い目つき……まさに『極道のジュリエット』にぴったりだわ!」

「褒めてないよね!? 全然褒めてないよねそれ!」


 田中の抗議を「ハイハイ、右から左へ受け流すわよ」と聞き流しながら、美咲はポテチの袋を抱えていたサトちゃんを指差した。


「サトちゃん、あんたは敵役のティボルトね。今回の設定では、門司港を拠点にする武闘派集団のリーダーよ。武器は、その手に持っているポテチの袋。中身は……猛毒が塗られた手裏剣(ポテチ)という設定にするわ」

「えぇー! 武器がポテチ? 投げたら割れるやん。もったいないっちゃ」

「そこがいいのよ! 割れた破片が敵の目に刺さるという、卑劣極まりない攻撃スタイルよ。これぞ北九州の非情な抗争劇!」

「部長……あの。私の役は……」


 すーずーが、台本の隅っこにある自分の名前を見つけて、さらに声を小さくした。


「すーずー、あんたは重要よ。役名は『ロレンス神父(元・闇医者)』。そして『ナレーター』、さらに『背景の壁』、ついでに『効果音の銃声』も兼任してもらうわ」

「私、一人四役……? それに『背景の壁』ってなに……?」

「予算三千円なんだから、セットなんて買えないわよ! あんたが灰色の布を被って、舞台の真ん中でじっとしてるの。ロミオとジュリエットがその陰で密会するわけ。動いたら承知しないわよ。あんたは無機物。いい? すーずーは今日から『コンクリート』だと思って生きて」

「人間辞めろってこと……?」


 すーずーの絶望的な呟きを無視して、美咲は鏡の前でリーゼントのカツラを装着し始めた。


「さあ、配役が決まったところで、立ち稽古よ! 場面は第一章、舞踏会……という名の抗争の火種となる合コン。ロミオである私が、敵対組織の令嬢であるジュリエットに一目惚れするシーンよ!」

「合コンなんだ……」


 田中が死んだ魚のような目で、ピンクのフリルドレス──サトちゃんが家から持ってきた、サイズが二回り小さいやつ──を手に取った。


「さあ田中、着替えて! 背中のファスナーが閉まらなくても気にしないで! それは、愛が溢れ出しているっていう演出にするから!」

「無理やりすぎるわよ! 物理的に肉が溢れてるだけだよ!」

「四の五の言わない! すーずー、ナレーションスタート!」


 すーずーが震える声で台本を読み上げる。


「……ここは小倉のディスコ、マハラジャ。若者たちが狂乱の宴に興じる中、運命の歯車が回りだす。……パパパパン! 銃声、銃声。あ、これは私が言うんですね。バンバン!」

「遅いわよ、銃声! もっと腹に響くような低音で! ……さあ、来たわよジュリエット。俺のハートに土足で踏み込んできた、アマゾネスな女め……!」


 美咲ロミオが、鋭い視線を田中ジュリエットに向ける。

 田中は、パツパツのドレスからたくましい腕を出し、竹刀を杖のように突きながら、不機嫌そうにそこに立っていた。


「……おい。あんたがロミオか。いい面構えしとるやん。……って、これ本当に私が言うの!? 乙女の欠片もないんだけど!」

「最高よ、田中! その不機嫌そうな顔、まさに禁断の恋に苦しむ女そのものだわ! サトちゃん、そこでポテチ(手裏剣)を投げて乱入して!」

「おうよ! くらえロミオ! コンソメ味の洗礼っちゃ!」

「やめろ、制服が汚れるだろ!」


 視聴覚室には、部長の怒号と、副部長の悲鳴と、ポテチが砕ける音、そして鈴木の力ない「バ、バンバン」という銃声が響き渡った。


「これよ……このカオスこそが、小倉中央商業演劇部の最後の輝きよ!」


 美咲は、リーゼントを光らせながら、誰よりも楽しそうに叫んだ。

 この時、他の三人は確信していた。

 今年の文化祭、別の意味で()()()()()ことに。



 ◇ ◆ ◇



 文化祭三日前。

 視聴覚室はもはや演劇部の部室ではなく、戦場と化していた。


 窓の外では、吹奏楽部が爽やかにJ-POPを練習している。

 その調べに乗って聞こえてくるのは、美咲の怒号と田中の悲鳴、そしてサトちゃんが踏み潰すポテチの『バキバキ』という破壊音だった。


「止めて! 止めてちょうだい! すーずー、一回音楽止めて!」


 美咲が手を叩いて、スマホの音楽を消した。

 流れていた重低音の効いたBGMがブツッと途切れる。


「……あの、部長。今、私、いい感じで『コンクリートの壁』になりきってたんだけど」


 灰色のカーテンを体に巻き付け、部屋の隅で直立不動になっていたすーずーが、不満げに顔だけを出した。


「すーずー、あんたの壁は合格よ。無機質さが素晴らしいわ。問題はジュリエットよ! 田中、あんたのバルコニーのシーン、覇気が足りないわ!」

「覇気とか演劇に関係あるの!? っていうか、このバルコニー、どうにかしてよ!」


 田中ジュリエットが指差したのは、体育館から無断で──もとい、一時拝借してきた“跳び箱“である。

 その上に、ピンクのフリルドレスを無理やり着た田中が、竹刀を抱えて鎮座していた。


「何を言うの。その跳び箱こそが、ヴェローナ……もとい小倉駅裏の権威の象徴よ。いい? ジュリエット。あんたは今、敵対するロミオを想って、身も焦がれるような心境なわけ。北九州の夜風に吹かれながら、愛を叫ぶのよ。はい、スタート!」


 すーずーが口で「ピュー……(風の音)」とSEを入れる。

 田中は大きく溜息をつくと、やけくそ気味に跳び箱(バルコニー)から身を乗り出した。


「……おお、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの? 名前を捨ててよ。それが無理なら、せめてその派手な特攻服、お兄ちゃんに返してきてよ。目立ってしょうがないっちゃ」

「違う! 田中、もっと情熱を込めて! 『お兄ちゃん』とか現実的なワード出さないで! 私が求めているのは、魂の咆哮よ!」

「無理言わないでよ! このドレス、脇が締まってて呼吸が浅いのよ! さっきから『ミシッ』て不穏な音がしてるんだから!」


 そこへ、白特攻服の襟を立てた美咲(ロミオ)が、颯爽と跳び箱の下に駆け寄った。

「黙れジュリエット! 貴様への愛は、国道199号線の渋滞よりも熱い! 門司港のバナナ叩き売りから、若松の石炭運びまで、俺は貴様のためなら何でもやる! さあ、今すぐそこから飛び降りて、俺の胸にダイブしろ!」

「えっ、待って。台本に『ダイブ』なんて書いてな──」

「愛は理屈じゃない、重力よ! さあ、おいで、マイ・ハニー!」


 美咲が腕を広げた瞬間、舞台袖(ロッカーの影)から、猛烈な勢いでサトちゃん(ティボルト)が突っ込んできた。


「待てェーイ! 門司港のバナナを舐めるなよ! ロミオ、貴様にうちのジュリエットはやらん!」


 サトちゃんの手には、巨大なメガホンと、中身がパンパンに詰まったポテチの袋が握られている。


「サトちゃん、タイミングが早い! まだロミオとジュリエットが愛を語り合ってる最中でしょ!」

「だって美咲、お腹空いたんやもん! ここで乱入してロミオをボコボコにせんと、私の見せ場がないっちゃ!」

「ボコボコにするんじゃないわよ、演じるのよ! ほら、すーずー!  毒薬のシーンのナレーションに入って!」


 美咲が指示を飛ばすと、すーずーが素早くとカーテンを脱ぎ捨て、黒いマント──実はゴミ袋──を羽織って中央に躍り出た。


「……あな恐ろしや。ロミオは勘違いした。ジュリエットが、簿記検定の不合格通知を見てショック死したと思い込んだのだ……」

「死因が世俗的すぎるだろ!」


 跳び箱の上の田中が叫ぶ。


「黙りなさい、ジュリエット! ……ああ、ジュリエット! 貴方のいない世界に、貸借対照表のバランスなど存在しない! 俺の人生は、常に赤字だ! この悲しみを止めるには、もはやこれしかない……!」


 美咲がポケットから取り出したのは、毒薬の瓶……ではなく、年季の入った“電卓“だった。


「……美咲。それ、毒薬じゃなくて、私の私物の電卓だよね?」


 田中の冷静なツッコミを無視して、美咲は狂ったように電卓を叩き始める。


「いい? 田中。ここが一番の見せ場よ。私が電卓を叩きすぎて脳がオーバーヒートして爆死する演出。サトちゃん、後ろでバケツを叩いて爆発音を出して!」

「おう、任せとき!」


「すーずー! 毒薬……じゃなくて、計算しすぎによる死のナレーション、最大音量で!」

「……ロミオは、一三〇円のリンゴを五個買い、八〇円のミカンを三個買った時の消費税を計算しようとして……あ、余りの複雑さに脳が破裂したー。バンバーン」


「すーずー、棒読みがひどいよ!」と田中のつっこみ。

 バキバキバキ! とサトちゃんがテンション上がってポテチの袋を粉砕する音。

「カチカチカチカチ! オールクリアァァァ!!」と美咲の断末魔。


 その時だった。


「……何をしているんですか、君たちは」


 視聴覚室のドアが開き、教頭先生が鬼のような形相で立っていた。

 室内には、飛び散ったポテチの粉と、跳び箱の上に立つドレス姿の女子、そして床に転がる特攻服の女子──。


「……あ。教頭先生。これには深い、商業高校的な理由が……」


 美咲が電卓を握ったまま冷や汗を流す。


「演劇部……やはり、廃部は妥当な判断のようですね」


 教頭の冷たい一言が響いた。

 しかし、美咲の瞳の火は消えなかった。

 むしろ、その侮辱が彼女のガソリンとなった。


「……田中、サトちゃん、すーずー。聞いた? 今の。……あいつを、文化祭の日に、腰が抜けるほど笑わせてやろうじゃないの」

「「「……おう!!」」」


 女子四人の心が、初めて一つにまとまった瞬間だった。

 ただし──向いている方向は、明後日の方角だったが。



 ◇ ◆ ◇



 文化祭当日。体育館は熱気に包まれていた。


「演劇部が最後にとんでもない仕掛けを用意しているらしい」


 そんな真偽不明の噂が一人歩きし、パイプ椅子は全席埋まり、立ち見客まで出る始末。


 最前列には、険しい表情で腕組みをする教頭先生が“監視役“として鎮座していた。

 幕の裏側で、美咲はリーゼントのカツラを整えながら、三人の部員に気合を入れた。


「いい? みんな。今日、私たちは演劇の歴史を塗り替える。失敗を恐れちゃダメ。失敗したら、それを全部アドリブにして笑いに変えるのよ。わかった!?」

「「「お、おう……!」」」


 ブザーが鳴り響き、幕が上がる。


「……時は現代。場所は北九州。二つの巨大な商業組織が、小倉の覇権を巡って争っていた……」


 すーずーが、灰色のカーテン──コンクリートの壁役だから──を頭から被った状態で、マイクに向かってボソボソと語り出す。


 そのシュールな絵面に、観客席からさっそくクスクスと笑いが漏れた。


「そこへ現れたのは、門司港のバナナ組を束ねる狂犬、ロミオである!」


 美咲が【天上天下唯我独尊】の刺繍が輝く白特攻服で、ジャンプしながら舞台中央に躍り出た。


「待たせたなァ! 小倉の街が、俺の情熱で沸騰しとるぜ! 邪魔する奴は、全員まとめて領収書なしで経費精算してやるァ!」


「美咲先輩、マジでカッコいいっちゃけど!」

「特攻服、似合いすぎやろ!」


 生徒たちの歓声が飛ぶ。

 美咲はノリノリで、おもちゃの刀を振り回した。


 そこへ、跳びバルコニーの上にスタンバイしていた田中(ジュリエット)が登場する。


「……ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの? 私が黒龍商事の令嬢だって知ってて、どうして昨日の合コンに来たのよ。気まずくてデザートのプリンが喉を通らなかったじゃない」

「ジュリエット! 組織の壁なんて、俺の特攻一番機で突き破ってやる! 俺と一緒に、旦過市場で大学芋を食べ歩く未来を夢見ないか!」

「そんな炭水化物だらけの未来、重すぎるわよ!」


 絶妙な掛け合いに、会場は爆笑の渦に包まれた。

 教頭先生だけが、額に青筋を立ててプルプル震えている。


 そこへ、サトちゃん(ティボルト)が、口にパンパンに食べ物を含んだ状態で乱入してきた。


「待てコラァ! ロミオ! うちのジュリエットに手ぇ出すとは、ええ度胸しとるやんけ! 門司港名物、焼きカレーの刑に処してやるっちゃ!」

「サトちゃん、台詞が食べ物ばっかり! ほら、武器ポテチを使いなさい!」


 美咲のアドリブ指示に、サトちゃんは「あっ、そうやった!」と、巨大なポテチの袋を振り回した。


「くらえ! コンソメ味の波状攻撃ィィ!」


 サトちゃんが袋をバキバキに踏み潰すと、中から粉々になったポテチが舞台上に飛び散った。


 その瞬間、サトちゃんが勢い余って、田中が乗っている跳び箱に激突した。


「わっ、ちょっと!? サトちゃん、揺れてる! 構造的に不安定だってば!」

「ああっ、ジュリエットが崩落する! すーずー、BGM! 悲劇的なやつ!」

「えっ、えっと……あ、あった! バンバーン!(セルフ銃声)」


 すーずーが焦ってボタンを押すと、流れてきたのは【北九州市歌】のアップテンポなアレンジVer.だった。


「なんで市歌なのよ! ……うわああああ!」


 ド派手な音と共に、五段の跳び箱が崩れ、ドレス姿の田中が美咲の上にダイブした。


「グハッ……! か、完全な……不意打ち……」

「美咲! 大丈夫!? ちょっと、これどうすんのよ!」


 田中がパニックで美咲の胸ぐらを掴む。

 しかし、美咲は意識が飛びかけながらも、客席に向かって親指を立てた。


「……お、重い。これぞ……愛の、重みか……。ジュリエット、貴様、さては昨日、資さんうどんで『肉ゴボ天うどん』を食べたな……?」

「……(アドリブ!?)あ、当たり前よ! デザートにぼた餅も二個食べたわよ! 文句ある!?」

「……最高だ。その重量感……一生、俺のバランスシートで、負債として抱えてやるぜ……」


 客席はもはや爆発的な大爆笑。

 生徒たちは腹を抱えて椅子から転げ落ち、教頭先生はついに頭を抱えて机に突っ伏した。


「いけるわ……これ、伝説になる!」


 美咲は、特攻服の襟で汗を拭いながら、物語をクライマックスへと強引に引き摺り込んでいった。



 ◇ ◆ ◇



 体育館のボルテージは最高潮に達していた。

 跳び箱の崩落、ポテチの散乱、そして謎の北九州市歌BGM。


 もはやこれがシェイクスピアの悲劇だと認識している者は、会場に一人もいない。


「……ああ、恐ろしや。ロミオは勘違いした。ジュリエットが、あまりの空腹に耐えかねて、サンプル食品のロウを食べて仮死状態になったと思い込んだのだ……」


 すーずーがコンクリートの壁(カーテン)を被り直しながら、震える声でナレーションを入れる。


「そんな死に方あるかァ!!」


 舞台中央で横たわっていた田中(ジュリエット)が、小声でツッコミを入れるが、美咲ロミオは止まらない。


「ああ、ジュリエット! なぜだ、なぜお前は俺を待たずに、ロウを溶かして作った天ぷらなんぞに手を出したんだ! 貴方のいない世界に、貸借対照表のバランスなど存在しない! 俺の人生は、常に赤字だ! もはや債務超過、自己破産まっしぐらだァ!」


 美咲は、特攻服の懐から学校指定・十二桁大型電卓を抜き取った。


「見てろジュリエット……この想い、今ここで一括精算してやる! 減価償却できないこの愛を、俺の命を懸けて計算し尽くしてやるぜ!」

「美咲、それ毒薬の代わり!? 意味わかんないって!」


 寝たふりをしながら、田中が必死に笑いをこらえる。


「うるさい、これは『デス・カリキュレーター』よ! すーずー、最後のカウントダウン、スタート!」


 美咲の指示を受け、すーずーがマイクを握りしめた。


「……ロミオは、複利計算の迷宮に迷い込んだ。一分間に三百回、指が電卓を叩く。カチカチという音は、彼の鼓動、それとも倒産へのカウントダウンか……」


 美咲の指が、光速で電卓を叩き始める。


「……くっ、計算が合わない! なぜだ! 繰越利益剰余金が、愛の重さ分だけズレている……! うおおおおお!」

「ロミオ! 無茶よ! その電卓はソーラーパネル式じゃない! 電池がもたないわ!」

「黙れ! 俺は……俺は……一円の狂いもなく、貴方を愛したかった……! 全キー……クリアァァァァァ!!」


 美咲が電卓のACボタンを親指で力いっぱい押し込んだ瞬間──。


「サトちゃん、今よ!」

「よっしゃ! 爆破スイッチオンっちゃ!」


 サトちゃんが、舞台裏で仕掛けていた“百均のクラッカー二十連発“を一斉に引き抜いた。


 爆裂音と共に色とりどりの紙吹雪と、火薬の匂いが舞台を包む。


「ぐ……はっ……。いい、計算結果……だったぜ……」


 美咲は、特攻服をはだけさせ、白目を剥いて豪快に倒れ込んだ。


「……ロ、ロミオォォォォ!」


 絶妙なタイミングで跳ね起きた田中(ジュリエット)が、カツラが半分ズレた状態で美咲の遺体(?)に取りすがる。


「死なないで! ロミオ! まだ今年度の決算報告も終わってないし、あんたが部費で勝手に買ったそのリーゼントの領収書、まだ通してないわよ!」

「……ジュリエット。来世では……普通科の女子校で、部費が潤沢にある、そんな世界で出会おうぜ……。さらば……小倉……」


 ガクッ──。

 美咲の首が垂れる。

 すーずーが最後の力を振り絞って、市歌のボリュームを最大にした。


「……こうして、二人の不器用な愛は、商業高校の闇へと消えていった。完。」


 幕がゆっくりと、静かに閉じていく。

 体育館は、一瞬の静寂に包まれた。

 あまりの衝撃に、観客の脳が処理落ちを起こしたのだ。


 ……一秒。

 ……二秒。


「……ぷっ、あはははは!」


 一人の生徒が吹き出したのを合図に、体育館が爆発した。


「ワァァァァァァァ!!!」

「最高! 美咲先輩、最高すぎるっちゃ!」

「演劇部、廃部にするなー!」


 地鳴りのような拍手と、腹を抱えて笑い転げる生徒たちの声。

 舞台裏で、四人の女子部員は互いの顔を見合わせた。


「……ねえ、美咲。私たち、今、歴史作ったんじゃない?」


 田中の問いかけに、美咲はリーゼントを真っ直ぐに直し、最高の笑顔で答えた。


「当たり前じゃない。これが、小倉中央商業演劇部の『決算』よ!」



 ◇ ◆ ◇



 鳴り止まない拍手。

 アンコールの代わりにかかる「演劇部! 演劇部!」という謎のコール。


 幕が完全に閉まった舞台裏で、四人の女子部員は、泥沼の抗争を終えた戦士のようにその場にへたり込んでいた。


「……やりきった。一円の狂いもなく、出し切ったわ……」


 美咲は、汗で顔に張り付いたリーゼントのカツラを力任せに剥ぎ取った。

 その下からは、湯気が立ち上りそうなほど熱くなった頭が現れる。


「美咲、やりすぎよ……。見てよ、私のドレス。サトちゃんが激突したせいで、脇のところが完全に“損壊“してるわよ。これ、弁償してよね」


 田中がジャージに着替えながら、ボロボロになったピンクのフリルを指差した。


「いいじゃない、田中。あの瞬間のあんたのダイブ、時価総額で言えば一億円以上の価値があったわよ。観客のあの顔、見た? 教頭先生なんて、泡吹いて倒れるかと思ったわ」

「教頭先生、最後の方は白目剥いてたよね……。私、カーテンの隙間から見ちゃった」


 すーずーが、まだ体に巻き付いた灰色のカーテンをゴソゴソと脱ぎ捨てながら言った。


「おう、最高やったっちゃ! みんなが笑ってくれて、ポテチ投げた甲斐があったね!」


 サトちゃんは、すでに()()()()と称して、小道具の残り──という名の私物──のせんべいをボリボリと食べ始めている。


「……さあ、撤収よ。廃部になる部活に、余韻に浸る時間なんてないわ。この視聴覚室を、明日には()()()()()として明け渡さなきゃいけないんだから」


 美咲が少しだけ寂しそうな顔をして、壁に貼られた【演劇部】の看板を見上げた。


 三年間、ここで馬鹿なことばかりしてきた。

 資格試験の勉強に追われる日々の中で、ここだけが唯一、自分たちが“数字の狂信者“ではなく“人間“でいられる場所だった。


 その時、控え室のドアが、トントンと控えめに叩かれた。


「はいはい、教頭先生ならもう謝罪の準備はできてますよー」


 美咲が投げやりにドアを開ける。

 そこに立っていたのは、教頭ではなく、一人の小柄な一年生女子だった。

 後ろには、さらに二人の女子生徒がモジモジしながら控えている。


「あの……演劇部の、波多野先輩……ですか?」

「ええ、そうだけど。ごめんね、サインなら今のうちに書いてあげるけど、もうこの部活、今日で終わりなの。解散、倒産、清算よ」

「……違うんです! 今日の劇、私、一生忘れません!」


 後輩が、身を乗り出すようにして叫んだ。


「私、中学まで演劇やってて、この高校に入ったんですけど……周りがみんな電卓と検定の話ばっかりで、演劇部も廃部だって聞いて、諦めてたんです。でも、今日の先輩たちの舞台を見て、震えました! 商業高校でも、こんなに自由で、無茶苦茶で、熱いことができるんだって!」

「え……?」

「私、入部したいです! この子たちも……あっ、私の友達で、簿記より劇がしたいって言ってます! だから……部を、続けてください!」


 美咲は、手に持っていたリーゼントのカツラを床に落とした。

 田中は着替えの途中で固まり、サトちゃんはせんべいを喉に詰まらせて「ゴフッ」と悶絶している。


「……ちょっと、田中。今の、聞こえた?」

「……聞こえたわよ。計算外もいいとこね。私たちの葬儀に、まさかの蘇生措置が入ったわ」


 美咲は、ゆっくりと一年生たちに向き直った。

 そして、いつもの不敵な、自信満々の部長スマイルを浮かべた。


「……いいわ。入部届は、明日までに三枚用意しなさい。ただし、うちの稽古は厳しいわよ。電卓の叩きすぎで脳を爆発させる覚悟、あるかしら?」

「はい! よろしくお願いします!」


 一年生たちが嬉しそうに去っていく足音を聞きながら、美咲は窓の外に広がる小倉の街を見つめた。


「……さて、田中。廃部確定のシナリオ、全ページ差し替えよ。今すぐ修正予算案を組んでちょうだい」

「また無茶苦茶なこと言い出したわね……。次はどんな演目にするつもり?」

「決まってるじゃない。今回のヒットを受けて、シリーズ化よ! 次回作は……【シンデレラ〜義理の母は実は凄腕の公認会計士!? ガラスの靴を資産計上せよ〜】よ!」

「「「まだやるのかよ!!」」」


 夕暮れの視聴覚室に、四人の笑い声が響き渡る。


 小倉中央商業高校演劇部。

 彼女たちの物語は、幕が閉じた瞬間に、新しい第一幕を上げたのだった。



 おしまい


とある企画でタイトルをいただいて書いた作品です。

(長兄 きみろん(kimiron)さん、ありがとう)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたなら★やいいねで応援していただけると嬉しいです。


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