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一輪の花

〈小春日を、と云ひかける哉彼岸前 涙次〉



【ⅰ】


さて、* 伊逹剣先とその妻・お登勢である。作者にとつては、折角自分の造り出したキャラクターを、むざむざ忘却してしまふのは惜しいもの。と云ふ譯で、剣先・お登勢もその再生組の一環なのであるが...。剣先は元々、江戸時代末期に生きる剣客であつた。まだ伊逹九右衛門と名乘つてゐた頃は、眞つ当な武士(浪人だが)だつた。何せ、**「武の名門」尾崎一蝶齋道場に関はりがあつた程である。だが、剣先と改名した後がいけなかつた。



* 前シリーズ第43話參照。

** 前シリーズ第41話參照。



【ⅱ】


剣先は何を間違つたか、身を持ち崩してしまつた。侠客に交はり、酒と博奕の無頼の日々を過ごした。彼の地元・上州を處領とする* 上州藩の密命で、藩の叛逆者の暗殺を手掛けたりしてゐたらしい。今、彼がこゝにあるのは、【魔】に依りロボットとして蘇生させられたからであり、最愛の妻・お登勢も、安保さん製作のアンドロイドなのである。人造夫婦だ。で、嘗てカンテラと(詳しくは參照に当たつて慾しいのだが、カンテラ・剣先には曰く分かち難い因縁があるのだ)熾烈な闘爭を繰り擴げた日々が、まるで全くなかつたかのやうに、今では剣を棄て、お登勢と都内某處のアパートに、ひつそり隠棲してゐる身なのであつた。



** 前々シリーズ第59話參照。



【ⅲ】


お登勢には、自分の造り主である安保さんに、特別な「思ひ」があつた。だが、その「思ひ」を剣先は誤解した。所謂「不義」だと勘違ひしたのだ。江戸時代、夫婦間の倫理は、今では考へられないぐらゐ、重いものだつたのである。「不倫」だ何だと色々騒がしい現代(前回參照)とは比べものにならない。剣先、極端だが(武士道と云ふものは、謂はゞ「極端の美學」である)、お登勢を斬り、自分も腹を切る覺悟をしてゐた。



【ⅳ】


それにはまづ安保さんを討たねばならない。さうしないと、不義密通の疑ひは晴らせない。だが、カンテラ一味のメンバーである安保さんを斬れば、カンテラが出張つて來るのは、目に見えてゐた。「刀だ」と、剣先は思つた。彼には自分とお登勢との爲に、肉體勞働をして稼いだ、些少なものだつたが、貯へがあつた。それを切り崩さうと云ふ譯だ。カンテラを斬るには、生半かななまくら庖丁では役に立たない。銘刀が慾しいところだつた。



【ⅴ】


だがその銘刀は、剣先の持ちガネでは贖ふのに到底足りなかつた。「恥を忍んで」骨董品屋に盗みに入つたのは、安保さん憎し、の一途な氣持ちからである。然しその本質は侍であつて、(怪盗もぐら國王のやうな)職業的犯罪者ではない剣先である。簡單に警察に逮捕されてしまつた。刀さへあれば少しは抵抗出來たゞらうが、その刀がないのでは、だうにもならなかつた。



※※※※


〈まだまだよまだと云ひつゝ絶唱をむざ殺さぬは歌人の努め 平手みき〉



【ⅵ】


剣先拘置所入り、のニュースは、「魔界健全育成プロジェクト」(彼らもまた警察組織の一部である)に拠つて、カンテラ・じろさんに齎された。じろさん「だうする、カンさん?」-カンテラ「ま、助け出すさ。奴とは腐れ縁だが、その縁がまだ續いてゐるのは確かだ」。じろさん黑装束に着替へ、カンテラと共に剣先を破獄させた。見張りの警官はじろさんが「古式拳法」で倒し、鉄格子はカンテラが斬り放した。



【ⅶ】


「何故、俺を助けた?」と剣先。「あんたが安保さんに寄せた確執については、お登勢さんに聴いた。だがな、俺はあんたに、嘗て俺が* 造り主・鞍田文造と、その愛人・日々木斎子を斬つたやうに、あんたを造つた【魔】は兎も角として、捻ぢくれた愛情を以て安保さんに向き合ふのは、だうかと思つてな」-カンテラは剣先を諄々と諭した。安保さんは善良な人柄である。鞍田がカンテラにさうさせたやうに、お登勢を惡用したりはしない。



* 前シリーズ第20話參照。



【ⅷ】


だうやら剣先のわだかまりは解けたやうだつた。「俺の薄ら汚れた人生に咲いた、一輪の花だ」と、お登勢を大事にする事を、カンテラ・じろさんに誓つた。



【ⅸ】


で、仕事料である。カンテラがそんなのいゝよ、と云ふのに関はらず、刀を買ふ筈であつたカネを、剣先は差し出した。「あんた方の流儀については、良く知つてゐる積もりだ」と。カンテラ一味にとつては、ほんのはしたガネであつたが、それでも剣先が侍のプライドをかなぐり捨てゝ稼いだカネだと思ふと、仇や疎かには出來なかつた。



【ⅹ】


そんな譯で、剣先・お登勢の仲は、今日も安泰である。夫婦仲の惡い安保さんは、それが羨ましかつた・笑。安保さんはだが、優しい「父親」でゐやうと、お登勢に對して思つたと云ふ。目出度し目出度しのハッピーエンドは、前回とは眞逆である。本來、カンテラの狙ふところは、これなのだ。彼も丸くなつたものだ。カンテラ、鞍田を斬つた過去を、束の間だが忘れられた。お仕舞ひ。



※※※※


〈誰が刈る?百姓ジャパンだ草萌える 涙次〉



PS: お登勢の清楚な美貌については、前シリーズの第140話を參考にして貰はう。物語のヒロインよ美しくあれ、とは、作者の身勝手な思ひ込みではあるが... 擱筆。


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