第三章 第26話 去来
王都ファスダルグの外郭が遠目に見えるところまで来た。
マガスは、何となく早めに床に就いたものの、眠れずに両膝を両腕で抱え込んで座り、毛布を肩から被っていた。
ぼんやりと考える。
いよいよ、ヴィルの雷撃の強さに対してマガスの磁線の強さが追いつかず、雷貫砲の威力が頭打ちになってきている。クヴェレン橋の強襲戦をきっかけに、また一段とヴィルの能力が伸びたと感じる。
ヴィルが出力を上げると、弾がぶれて砲身が損傷したり、着弾精度が落ちたりする。かろうじて目標にダメージを与えることはできたものの、着弾位置が想定より大きくズレたことだってある。磁線は自分しか制御できないのに、足を引っ張っている形だ。
いや、そんな戦術的なことは、本質的に問題ではないだろう。
何気なく、薄暗く何もない空間を見遣る。
今のヴィルは、小雷ポットなんかではなく弩級の雷撃手だ。最早雷撃ではマガスが敵うはずもない。
直接的な活用方法は乏しいものの、出力を抑えた雷撃を直接連発することだってできる。
誘雷球の雷導尾は蒸発するし、球体も溶けたり変形したりする。ヴィルの雷撃に対して、マガスが磁線で補助的な制御をしないと、味方に危険が及ぶ可能性もあるという状況だ。
雷貫砲がなくとも、敵が絶縁防御をしていても、高出力の存在自体が脅威として機能している。
その一方で、最大出力の向上に伴い、大雑把な出力制御しかできなくなってきているようだ。おそらく、ヴィル自身が一番実感しているだろう。
そして、ヴィルにとってそのことは、相当な精神的負荷になっているのではないだろうか。
感傷と言うべきか、罪悪感とでも言うべきか、すっきりとしない気持ちが、ぼんやりと浮かんでは消える。
目の前の薄闇は単なる虚空なのか、それとも何か有意な空間なのか。
ヴィルにとって、今に至るまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。単に才能や適性だけで、強い力を得た訳ではない。並々ならぬ努力と、幾多の悩みや悲しみを経て、ようやくここまで辿り着いたのだ。そうした経緯も含めて、ヴィルの心を支える、重要なアイデンティティなのだろう。
しかしながら、その強さこそが、複雑な重圧を生み出している。
細やかな制御ができないということは、自制的な行使から遠ざかることになる。また、マガスによる制御が追いつかないとなれば、相互抑制も機能しないことになってしまう。更に言えば、王国軍という、内側でありながら第三者的な監視の目にも、何か感じるものがあるかもしれない。
威力が引き起こす結果に対して、単に是非の葛藤をするだけではない。本当に自分がちゃんとしているのか、という不安にも怯えているのだろう。
仄暗いテントの中で、ゆっくりと目を閉じる。
雷粒レインは、本来細かい調整が不要なものだった。それなのに、ヴィルなりに苦労しながら、敵へのダメージを抑えるよう調整している様子が見てとれる。
いつの頃からかは覚えていないが、作戦が終わると、ヴィルが唇を噛み締めて空を仰ぎ、掌でしばらく目を覆う仕草をするのも知っている。
そして、時折戦場で感じる、肉の焼けたような匂い。ヴィルの鼻孔の奥で、敏感な部分に鋭く突き刺さっているのは想像に難くない。
力あるものの責任などという、陳腐な言葉で表してはならない。そもそも、マガスがヴィルをこの位置に連れてきたのだ。もっと何か、負うべきものがあるのではないか?
ヴィルに全力を出させずに戦況を進められることこそ、負担軽減となるのではないのか?
いや、それは本当にヴィルのためなのか? 単に、自分を何かを正当化する詭弁に過ぎないのではないか?
ヴィルだけじゃない。他の三人だって、結局は自分に巻き込まれたと言えるのではないか?
それぞれに思いがあるとは言っても、軍事行動を好ましく思っている人は誰もいないだろう。そのことに対して、自分は何をやるべきなのか?
結局は何もまとまらず、薄闇で目を開いて軽くため息をつく。
すると、テントにカールが顔を覗かせてきた。
「何だ? 今日は早めに寝るのかと思ってたらまだ起きてたのか」
「ええ、何だか眠れなくて……」
カールが微かに笑みを含んだ表情をすると、マガスの腕を掴んだ。
「オーケー、ちょっと付き合え」
少し強引に引っ張られるが、マガスも特に抵抗することなく外に出た。大剣を模した大きめの木刀を差し出される。
「よし、こいつを振ってみろ」
「え? これをですか?」
流石に少し驚く。
「マガスみたいなタイプは、たまにはこういうことをしたほうが良いんだよ。嫌なら無理にとは言わないが、どうする?」
「いえ! 振らせて頂きます!」
自分を奮起させるように少し大仰に答え、無骨な木刀を手に取る。
カールが檄を飛ばす横で木刀を振った。
「実物より軽いんだ! もっとしっかり腰を入れろ!」
「はい!」
二人とも必死なのか楽しんでいるのか、よくわからない雰囲気で教練が続く。
段々と崩れそうになる姿勢を何とか維持していたが、ついには、マガスが疲れ切って腕が止まってしまう。息が上がり、両肩が大きく上下する。
「よし! 大の字で体力回復だ!」
「はい!」
最後の力を振り絞るようにして声を出し、木刀を放り投げて大の字に寝る。カールもその横に寝転がった。
激しい鼓動が全身に伝わり、不思議と地面との接触を強く感じる。
「たまにはこういうのも良いもんだろ?」
「ぷっ、あははは!」
「楽しめたようで何よりだ」
「ええ、おセンチな自分に活を入れられて楽しかったです」
「まだそのネタ使うのかよ?」
星空に二人の笑い声が響く。そして後でレナに怒られた。




