第三章 第19話 行使
キャンプ地で、夕暮れの日がもうすぐ落ちようとしていた。
ヴィルは焚き火の前に立ち尽くし、揺れる炎を見ながらぼんやり考えていた。
自分達は、力を力で返している。もっと言えば、抑え込もうともしている。こればかりは、否定のしようもない。ただ、抑制的な行使であり、守るために必要なことのはずだ。
両親だけでなく、多くの町の人達も犠牲になった。アルスタッドやポスリンカに限らず、献槍隊という名の悪漢に苦しめられている人達も多くいた。それを救うためには、力が必要だったし、有効に機能していると思っている。
ただ、ずっと同じことを繰り返しているだけではないか?
直面する暴力を排除できても、躍起になって再び暴力がやって来る。タイルやデレクとの経験から、何かが変わる訳ではないのはわかっている。
パチ、パチ、と焚き火が音を立てる。目の前の炎が強弱を繰り返しながら絶えずうねり続けている。
新しいことへの好奇心が満たされ、自分の能力が何かの形になっている充実感があった。そしてマガスと達成を喜び、それを共有することができた。
その、目先のことしか見なかった自分が発端で、力の応酬が繰り返されているのではないのか?
両親の敵討ちは大義名分とはなるが、個人の感情に過ぎないのではないか?
同じ悲しみを繰り返さないために、というのは詭弁ではないか?
だって、力のイタチごっこを繰り返しているだけだから。
いやいや、自分の気持ちを大事にして何が悪い?
進んで力を振るっている訳ではないのに、責めを受けるべきなのか?
当然のように振るわれる暴力を、そのまま受容しなければならないのか?
様々な状況を見てきて、そのたびに覚悟を決めてきたはずなのに、答えなんて出ないことはわかっているのに、得体の知れない何かが頭の中を巡っている。
伸びては千切れて消える火が、視界の中で繰り返し踊っている。
すると、マガスがスープの入ったカップを差し出してきた。
「作りすぎたから」
ヴィルの気持ちを知ってか知らずか、マガスが優しい口調で言う。
「ありがとう、嬉しい……」
そう答えて一口啜ると、マガスはわずかに微笑んで後ろ姿を見せて去ろうとしていく。ヴィルは、思わずマガスの足を後ろから軽く蹴った。
「いて! え? 何?」
「いや、何となく……相変わらずマギーはズルいなと思って……」
ヴィルは口元を緩めながら、呟くように言ってまた啜る。
「えぇ……」
静かに日が落ちていった。
*****
義勇軍が、エストブランへ補給に向かうことになった。
エストブランは、全体的に治安が保たれているとの情報がある。エストブラン製の宗教装飾品というのも多数あり、最近王都ファスダルグで完成したという黙示の門でも、多く採用されているらしい。
また、中央教団としても、必ずしも国内全域で事を荒立てすぎるのは得策ではない、との判断があるのかもしれない。産業的なことも含めると、エストブランを乱すのを避けているといったところなのだろう。
義勇軍としても、ある程度近付いたら武装解除するべきだと考えていた。
そうして、エストブラン間近というところで、不意に献槍隊の姿を捉えた。まだ距離はある。もしかしたら、こちらを認識していない可能性だってある。
それより何より、気掛かりな点がひとつあった。
今までと見た目が大きく違うのだ。おそらく献槍隊と思われる部隊であろう、と言うのが正確なくらいだ。盗賊などと思う者はいないだろう。
これまでの献槍隊との共通点は、掲げている軍旗に例の赤い右掌の鳩のシンボルが描かれている、くらいしかない。官製と見紛うかのような装備が、非常に高い統一性を醸し出している。
こんな言い方も愚かかもしれないが、どう見ても軍隊の献槍隊である。
「おそらく、本来の献槍隊ですね……一旦退きましょう。ただし、いつでも衝突しうる覚悟をしておいてください」
シリルの言葉で緊張が走る。
距離や状況から、相手にとっても予期せぬ事態かもしれない。少なくとも今すぐに対峙すべきではない、という判断には誰も反対しないだろう。
全体でジリジリと後退してると、突然、近くの物陰から数人が現れ間髪入れずに鉄球を撃ってきた。
辛うじて直撃は免れたものの、すぐに突っ込んでくる。
「落ち着いて防衛! 背は向けないで!」
シリルの声が通る。
逃げるより一旦は受けないと危険、そういう緊急事態との判断だ。そして、あっという間に全体が応戦状態となる。献槍隊は、むしろ待ち構えていたとさえ思える機敏さだ。
「構えながら下がれ!」
誰が誰に言っているのか?
そんなことは誰もが理解している
自身への奮起なのか?
これまでの悪漢どもとは、比較にならない統率の取れた攻撃で襲ってくる。マガス達も二度三度と雷粒レインを当てるものの、退くことなくあの手この手で押し返してくる。
そして遂には雷粒レインの威力を悟ったのか、当たるリスクを低く見積もった動きで迫ってきた。
その戦略的な動きが、倒すことを目的とした争いであることを強く実感させる。
義勇軍全体が、敗色濃厚の雰囲気に飲まれようとしたその時、後方側面からラッパの音が鳴り響いてきた。
武装した団体が、義勇軍の間を割って染み入るような動きで献槍隊へ突撃していく。
「押し返せ!」
凛々しい声と共に、怯んだ献槍隊を戦列を成して押し返していく。
官軍としての旗印が見える。王国軍の小隊だ。しかしながら、献槍隊もそのまま退くようなことはしない。乱れた隊列を整えながら応戦してくる。
それでも、ようやく義勇軍が献槍隊から距離を取る余裕が生まれた。
王国軍と献槍隊が、お互いに容赦なくぶつかっている。今まで耳にしたことも無いような密度の金属音が響く。まさに武力と武力が衝突していると表すべき有り様だ。
「退きながら立て直しを!」
慌ただしい状況の中で、混乱しつつある義勇軍にシリルが一喝する。王国軍が形成する戦線の背後で、義勇軍が落ち着きを取り戻して立て直しを進めた。
もっとも、義勇軍が戦線に復帰する必要もなく、王国軍が優勢を維持して献槍隊を退かせることができた。
交戦後の空気は、これまでとは異質な、冷たく重いもののように感じられた。




