第二章 第15話 変わらないもの
卓上のランタンが放つ仄かな光が、デレクが立ち去っても、変わらず皆を照らしていた。
「やっちまったな。良かれと思ったんだが、すまない」
カールが皆に謝意を示す。そしてレナも続く。
「私も、ごめんなさい。一番は、タイルさんに言うべきなんだろうけど……」
ランタンの炎が、ホヤがあっても、無風であっても、わずかに揺らぎ続ける。
「いや、二人が謝罪する必要はない」
ジョンが仕切り直すように言った。
「傷ついた者に、追い打ちをかけるような真似は言語道断だが、今回はそういうことじゃなかった。残念ながら、不幸な部分を刺激してしまった。誰だって、どちらの立場にもなりうる」
こう言っても誰かの何かが和らぐものではない、ジョンもそれを重々承知している。白けた気持ちになるかもしれない。それでも、口に出すべきだと思ったのだ。
一方で、デレクは誰よりも沈痛な面持ちをしていた。
すると、ヴィルが少し弱い口調で言い始めた。
「デレクさん、人それぞれなので、あくまでも、私の場合ということで聞いてください」
デレクが、ゆっくりとヴィルのほうへ顔を向ける。
「私達の町でも献槍隊の騒動があって、私の両親はそれで死に、いや、殺されました」
ヴィルは、盗賊まがいの集団、異端の指摘、両親への殴打、などを説明した。
「両親に手を下した盗賊の人は、もう居ません。じゃあもう憎しみはないか、今でもわかりません」
ヴィルは、努めて冷静にそう言った後、少しおどけるように続けた。
「中央教団の偉い人が、どうにかなったら何かが変わるんですかね?」
そして、胸元に手を当てながら一息つき、ヴィルはマガスを軽く指した。
「マギーは大きな負担を背負って、両親を傷つけた盗賊に力を使ってくれました」
マガスが軽く頷き、ヴィルの視線が次にカールへ移る。
「カールさんは、若い頃から両親と懇意にしてくれていました」
カールは腕組みをしたまま親指を立てる。最後はマルセス兄妹へ。
「ジョンさんとレナさんは、町と私のことを考えて一緒に来てくれています。きっと両親のことでも、心を痛めているんだと思います」
二人が居を正す。
「皆がそれぞれに、私の両親の死に対して感じることが、あるんだと思います。でも、押し付けられることもないですし、かといって、必要以上に同情されるようなこともありません」
ヴィルの顔に、柔らかな表情が浮かぶ。
「皆のそうした気持ちがあるということが、今でも整理のつかない私にとって、心を和らげるものになっています」
ここで少し間を置いて、ヴィルが少し照れくさそうに自分の頬を撫でた。
「え、えへへ……私にしてはちゃんと話せてるな、って我ながら思います」
複雑な感情が入り乱れた表情のデレクを余所に、ヴィルは照れ笑いをした後に続ける。
「おそらく、デレクさんにとっても、レイさんはとても大きな存在だったのだと思います。ただ、タイルさんから見ると、また別の存在なのでしょう。でもそれは、どっちがどうと言うことではないと思うんです」
デレクが唇を嚙みしめる。
「だから、デレクさんにとってのレイさん、タイルさんにとってレイさん、というのを大事にしてあげてください」
この言葉で、デレクの目から涙が零れた。
「うっ、ぐっ、はい……」
「あー、いやいや、私なんかの言うことなので! 参考程度にしてください!」
ヴィルが、デレクを止めるかのように、慌てて両手を振りながら言う。
ランタンは、同じようにわずかな明滅を繰り返していた。
*****
キャンプから少しだけ離れた岩の上に、タイルは腰を下ろしていた。
キャンプの微かなざわめき、そのほとんどが夜に溶けていきながらも、一部がタイルの耳に響く。
失態を演じてしまった。
自分でも呆れるくらい感情的になって、不条理極まりないことをぶつけてしまった。
口には出すまいと思っていた、レナの名前からくる劣等感とも何とも言えない感情を、理屈も筋も通らない気持ちを、よりによって本人の前で言ってしまった。
しかも、デレクに酷い言葉をぶつけてしまった。デレクだって、ポスリンカのことは色々なものを抱えているはずだ。確かに、押し付けがましい面があることは否定できないが、根幹にある気持ちを踏みにじって良い訳じゃない。
自己嫌悪に苛まれて、思わず顔に手をやると、聞き慣れた声がした。
「タイル! すまん、俺を殴ってくれ」
ゆっくりと、声の主へと顔を向ける。
そこには、デレクが立っていた。深く考えていなかったのか、自分の第一声に戸惑っているようだった。
「あー、いや、違う、そうじゃなかった……」
デレクが、自分を落ち着かせるように呼吸を整える。
「俺は、お前の気持ちを考えているつもりだった。でも、自分のことしか見てなかった。タイルの悲しみは、俺とはまた違うんだ」
ここまで言って、再び戸惑っている。
「あー、いや、どっちも悲しみは同じで、えーと、どう思うかとか、どう感じているかとか、どうしたいとか、そういうのが違うんだ。そう、人それぞれ!」
デレクなりに、伝えようと奮起している姿勢が見える。
「そういうのを考えずに、自分のことばかりで、結果としてタイルをより傷つけていたんだと思う。本当にごめんなさい。だから、俺を殴って気を晴らしてくれ。いや違う! これも俺の我儘だ。俺のために殴ってくれ」
そう、デレクというヤツは、愚直で無駄に熱い男だ、タイルはしみじみと思い直した。そして立ち上がる。
「デレク、こっちこそ申し訳なかった。すまない」
タイルも謝意を示した。
「俺のことをまるで見てくれないで、思いを一方的に当て擦られている感じがして、つい、かっとなって罵るようなことを言ってしまった」
タイルは自分の考えを伝えた。それぞれに気持ちや思いがある。だから、押し付けるようなことは駄目だ。そして、それと同じように、相手のものを否定することも許されてはいけない。敵討ちはいけないと言いながら、打ち返すような真似をしてしまった、と。
デレクも一歩も引かない。
「それはわかった。でも、もとはと言えば、俺が最初に酷いことをやっている。許せとは言わない。殴れ」
タイルはため息をついた。
「力で返すのは駄目だ、と言ってるのに……わかった、歯を食いしばれ」
覚悟を決めたデレクにタイルが振りかぶる。
パシィ!
頬をはたく音が響く。
「いった……平手かよ……」
デレクが頬をさすりながら、愚痴のように呟いて言った。
「俺みたいな素人が拳で殴ると、殴るほうもダメージがでかいんだよ。さあ、お前も殴れ」
「まったく、お前というヤツはいつもいつも、頭でっかちなことばかり……」
夜空に平手の音が再び響いた。




