表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

エピローグ「月の記憶 ― 光の在り処」

1.春の風 ― 消えない温もり


 春の風が、街を柔らかく撫でていた。

 あの夜の崩壊から、季節が二度巡った。


 街は少しずつ復興を遂げ、

 かつて廃墟だった北岳のふもとには、新しい施設が建てられた。

 “ルミナリエ・ホープセンター”――

 その名には、ひとりの少女の願いが刻まれていた。


 蓮はその入口で立ち止まり、

 胸ポケットにしまった小さなペンダントを指で撫でた。


 中には、銀色の髪が一筋。

 光を受けるたび、まるで生きているように揺れた。


 「……なあ、ルナ。

  春が来たよ。」


 彼の声に、風が静かに答える。

 どこかで鈴のような音がした気がした。


2.カフェ・ルミナリエ ― 再び灯る光


 その日、旧カフェ「ルミナリエ」が復活オープンを迎えた。

 看板はあのまま、木のテラスには新しい花。


 アリアがエプロン姿でカウンターに立ち、

 「はーい! 開店初日からフル稼働だよ!」と声を張る。


 彩音がカプチーノを注ぎながら、微笑んだ。

 「でも、今日は少し静かにしたいね。

  彼女が好きだった音楽、流そう?」


 スピーカーから、ピアノの旋律が流れ始めた。

 あの夜、ルナがよく口ずさんでいた曲。


 蓮は窓際の席に座り、

 カップの湯気を見つめた。


 “香りで気持ちは変わるんだよ”――ルナの言葉が、

 不意に蘇る。


 「……お前、ほんとコーヒーの妖精だったな。」


 蓮がつぶやくと、

 窓の外で白い蝶がひらひらと舞った。


3.風の中の声 ― もうひとつの月


 夕暮れ。

 街の端にある丘の上。


 蓮はひとり、桜の木の下に立っていた。

 その場所には、小さな石碑が建っている。


 > ――ここに、“光”を眠らせる。

 >  その名は、神代ルナ。


 蓮は石碑に手を置き、静かに目を閉じた。


 「なあ、ルナ。

  お前が残したもの、ちゃんと生きてるよ。」


 彼の脳裏に浮かぶのは、

 あの夜に見た“白い光”。

 消えたと思っていたそれは、

 彼の胸の奥に、確かに灯っていた。


 「俺、今でも夢に見るんだ。

  お前が月の上で笑ってる夢を。」


 風が頬を撫でた。

 桜の花びらが舞い上がり、光を反射する。

 その中に、一瞬だけ“彼女の姿”が見えた気がした。


 銀の髪、金の瞳、あの日の笑顔。


 「……レン。」


 確かに、声が聞こえた。

 振り返っても、そこには誰もいない。

 けれど、風はやさしく吹き続けていた。


4.新しい月 ― 光の記憶


 夜。

 空には新月からわずかに満ち始めた月が浮かんでいた。


 その下で、氷室が新しいデータを見つめていた。

 「……神代計画、最終報告。

  “ルナの遺伝子反応、消滅せず。”」


 モニターに映し出された波形が、

 まるで心拍のように穏やかに脈打っていた。


 アリアが画面を覗き込む。

 「ねぇ……これって、まさか。」


 彩音が微笑む。

 「ええ。

  ――彼女、まだ“どこかで生きてる”のかもね。」


 その瞬間、研究所の外の空に

 ひとすじの光が走った。


 月を横切るように、白い尾を引く流星。

 蓮が外に出て、それを見上げた。


 「……おかえり、ルナ。」


 月が、静かに光を増した。

 まるで微笑むように。


5.そして、夜が明ける


 夜が終わり、東の空が淡く染まっていく。

 風に乗って、誰かの声が聞こえた。


 > 「レン――また、会おうね。」


 その声は柔らかく、温かく、確かに“生きて”いた。

 蓮は目を閉じ、微笑んだ。


 「約束する。

  お前が見たかった世界、ちゃんと見届けるよ。」


 朝の光が、彼の頬を照らす。

 ルナが愛した“光”の色。


 空には、新しい月がまだ薄く残っていた。


 >  「消えない記憶は、心の中にある。

 >   たとえ姿がなくても、愛はいつも生きている。」


 ――そして、月は今日も昇る。

『神代ルナ ― 月に祈るもの』は、

 「異形であること」と「人間であること」の間に揺れる少女の物語です。


 最初に構想したとき、ルナは“人狼”という設定でしたが、

 その本質は“異種族の恋愛”でも“アクション”でもなく――

 **「孤独な者たちが出会い、互いを人にしていく物語」**でした。


 彼女は人ではなく、しかし“人であろう”とした。

 それは、誰もが日常で感じる孤独や違和感の象徴でもあります。

 愛されたい。理解されたい。世界に居場所を見つけたい。

 そう願う心こそが、ルナを“人間”にしたのです。


 対照的に、蓮は人間でありながら“心を失っていた”存在。

 彼が再び他人を信じるようになる過程もまた、

 この物語のもうひとつの軸でした。


 アリア、彩音、氷室――

 脇を固めた登場人物たちは、ルナの“人間性”を映す鏡として描かれました。

 彼らもまた、孤独を抱えながら、光に惹かれて動いていたのです。


 そして最終章、ルナが光の中に消えるシーン。

 これは“死”ではなく“昇華”。

 彼女が愛を理解し、世界に“希望”として還っていく瞬間です。


 ――月は、見えなくても、そこにある。

 彼女の存在もまた、夜を照らす月光のように、

 蓮と、そしてこの世界のどこかで生き続けています。


 もしこの物語が、

 あなたの心の中にほんの少しでも“光”を灯せたなら、

 ルナはきっと、笑っているでしょう。


 > 「だって、わたしの願いは――“あなたの夜を照らすこと”だから。」


 読んでくださって、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ