第8章「終焉の光 ― そして、月は昇る」
1.灰の空 ― 最後の座標
朝の空は、まるで世界の終わりのように灰色だった。
雲が重く垂れこめ、太陽の光さえ届かない。
ルナたちは黒い山道を進んでいた。
目的地は、“Ω”の本拠――北岳研究所。
かつて氷室が育てられ、母・真澄が命を落とした場所。
風に乗って、焦げた鉄と薬品の匂いがした。
「……ここで、すべてが始まったんだね。」
ルナが呟くと、蓮が横目で見た。
「そして、ここで終わらせる。」
アリアが肩をすくめる。
「まったく……最終決戦って感じね。
ライトノベルなら“ここでOP流れるとこ”よ?」
彩音が小さく笑う。
「その冗談、今だけは救われるね。」
氷室は黙ったまま、廃墟を見上げていた。
「――俺の罪も、ここに置いていく。」
2.“Ω” ― 狂気の科学者
研究所の中央ホール。
壁一面にコードと管が絡み合い、
中央のポッドに巨大な脈動体が蠢いていた。
その前に立つのは、白衣の男。
“Ω計画”主任、九条慧。
「おや、予想より早かったね。
まさか、試作体002がここまで来るとは。」
九条は淡々と笑った。
「君の母、真澄も優秀だった。
――だが“感情”が邪魔をした。
だから我々は、感情を排除した“新しい生命”を創ったんだ。」
「それが、“第三の月”……!」
ルナの声が震えた。
九条は指を鳴らす。
壁の中で機械音が鳴り響く。
金属の拘束具が破裂し、
ポッドの中から**第四の試作体――“Ω-Λ(ラムダ)”**が姿を現した。
それは、ルナと同じ顔をしていた。
ただし、瞳は完全な“闇”だった。
「血を超えた“神代の完成体”。
ルナ、お前の進化は、ここで終わりだ。」
3.崩壊の始まり ― 光と影の狭間で
Λが咆哮を上げる。
その声は機械と獣の中間のようで、
耳をつんざくほどの衝撃波を生み出した。
ルナが飛び出し、爪を振るう。
金と黒の光がぶつかり、
廃墟の天井が崩れ落ちた。
蓮はその隙に九条へ向かう。
「お前の理屈に人の心はない!」
銃声が響く。
蓮の肩をかすめた弾丸が、壁に突き刺さる。
九条は冷笑した。
「心? そんなものは脳の錯覚だ。
だが“愛”という錯覚が、
最強の進化を導くとしたら――面白い実験だと思わないか?」
「お前の実験は……ここで終わりだ。」
蓮が引き金を引く。
銃弾が九条の胸を貫き、
そのまま背後の装置を撃ち抜いた。
電流が走り、施設全体が激しく振動する。
「やばい! 自爆シークエンス起動してる!」
彩音が叫ぶ。
Λの咆哮が再び響く。
ルナの足元の床が崩れ、二人は奈落へと落ちていった。
4.奈落 ― 月の裏側で
暗闇の底。
壊れたガラスと血の匂い。
Λが立ち上がる。
「あなたは……“光”を選んだのね。」
Λの声は、どこか悲しげだった。
ルナは息を切らしながら立つ。
「光も闇も、どっちも“わたし”だよ。
でも――愛された“わたし”が本物なんだ。」
Λは笑う。
「そう……なら証明して。」
再び、二人の爪が交差する。
爆光。
金と黒のエネルギーがぶつかり合い、
空気が震える。
ルナの中で、蓮の声が聞こえた。
――ルナ、戻ってこい。お前は、ひとりじゃない。
その瞬間、ルナの瞳が金から白に変わる。
光が体からあふれ出し、Λを包み込んだ。
Λは涙を浮かべ、笑った。
「ありがとう。……ようやく、“月”は満ちたね。」
光が静かに弾け、Λの姿が消えた。
5.崩壊の果て ― 愛の記憶
地上では、研究所が崩壊を始めていた。
炎の中、蓮が必死にルナを探す。
「ルナ! どこだ!」
瓦礫を掻き分けたその先――
白い光の中に、彼女がいた。
髪は乱れ、瞳は穏やかに輝いている。
「……レン。」
蓮が駆け寄り、彼女を抱きしめた。
「よかった……!」
ルナは微笑んだ。
「終わったよ。もう、誰も傷つけない。」
その背後で、施設の天井が崩れ始める。
蓮が振り返る。
「行こう!」
だが、ルナは静かに首を振った。
「ごめん。――もう、動けないみたい。」
「バカ言うな、立て!」
ルナは蓮の頬に手を添えた。
「ねえ、覚えてて。
あなたがくれた“光”が、わたしの生きた証だから。」
蓮の目に涙が滲む。
「約束しただろ。
どんな夜でも、隣にいるって。」
ルナが微笑む。
「うん。だから、次の夜も――見ててね。」
光が二人を包む。
音が、色が、すべてが消えていった。
6.暁 ― 新しい月の下で
数日後。
崩壊した北岳の地に、新しい研究拠点が建てられていた。
彩音とアリアが花を手向ける。
「……ここが、終わりであり始まりね。」
氷室が小さく頷く。
「彼女は、もう“実験体”じゃない。
――希望そのものだ。」
風が吹く。
空には、白い月が浮かんでいた。
その下で、蓮が立っていた。
胸元には、小さなペンダント。
中にはルナの髪が一筋。
「……見てるか、ルナ。」
風が頬を撫でた。
まるで、彼女の手のように。
蓮は空を見上げた。
「俺は、まだ生きる。
お前が見たかった世界を、ちゃんと見る。」
そして、静かに歩き出した。
月が彼の背を照らしていた。
「夜明けの光に消えても、
心は、ちゃんとここにある。」
――終わり、そして始まり。




