第7章「暁の獣 ― 第三の月、覚醒」
1.静寂の夜明け ― 予兆
夜明け前の街は、奇妙な静けさに包まれていた。
風の流れが止まり、空の色が灰から紅へと変わる。
カフェ「ルミナリエ」の屋上で、
ルナは膝を抱えて空を見上げていた。
金色の瞳が、わずかに揺れる。
「……あの夢、また見た。」
隣で、蓮が小さく息を吐く。
「母親の声?」
「うん。今度は“第三の月”が目を覚ますって……
それがわたしを呼んでるって、言ってた。」
蓮の表情が曇る。
「……組織の実験体、か。」
「ねえ、レン。もし、わたしが――」
ルナは言葉を詰まらせる。
「もし、わたしが“人じゃなくなったら”……どうする?」
蓮は黙っていた。
けれど次の瞬間、ゆっくりとルナの頬に触れる。
「――そん時は、俺が取り戻す。」
ルナは目を見開いた。
「……殺す、じゃなくて?」
「お前を“殺す”のは誰でもできる。
でも、“取り戻す”のは、俺だけだ。」
夜明けの風が吹き抜け、二人の髪を揺らした。
その瞬間、遠くの街で爆音が響いた。
2.“組織”襲来 ― 燃える街
閃光が走り、建物が崩れ落ちる。
空には、黒い飛行機の影がいくつも浮かんでいた。
機体には赤い紋章――“Ω(オメガ)”の刻印。
アリアがカフェの窓を蹴破って飛び込む。
「ルナ! 外、やばいわ! あれ、軍じゃない!」
彩音も息を切らしながら叫ぶ。
「電波が……完全に遮断されてる! 通信できない!」
蓮はルナの手を引く。
「逃げるぞ!」
しかし、屋根を飛び越えて降りてきた影が一人。
白衣に黒のコート。
瞳は紅――氷室涼。
「逃げても無駄だ。……“彼女”が来る。」
「彼女?」
蓮が眉をひそめる。
その瞬間、空が裂けた。
雷鳴のような轟音とともに、
巨大な影が月を覆い隠した。
街全体が震える。
そして、光が降る。
3.“第三の月” ― もう一人のルナ
瓦礫の中に、白い少女が立っていた。
髪はルナと同じ銀色。
けれど、その瞳は紅蓮に燃えていた。
「やっと……会えたね、ルナ。」
声も、顔も、姿も――ルナと同じ。
それは、彼女自身の**複製体**だった。
「あなたは……誰?」
少女は微笑む。
「私は“ルナ・コード03”。
あなたの完成形。“第三の月”よ。」
ルナの背筋に冷たいものが走った。
「完成形……?」
「そう。あなたは実験の“試作”。
でも私は――血と記憶のすべてを継ぐ存在。」
ルナ03の背後で、氷室が唇を噛む。
「……あれが、“母体計画”の最終形だ。」
「母体計画?」
蓮が低く呟く。
氷室は静かに言った。
「“人と獣の血を完全融合させ、
戦闘兵として制御可能な生命体を創る”。
それが、俺たちを造った理由だ。」
ルナは目を見開いた。
「そんな……わたしたちは兵器なんかじゃない!」
03は、穏やかに笑った。
「でも、血がそう望んでいるの。
あなたも、すぐわかるわ。」
その瞳が紅に光り、周囲の空気が歪む。
次の瞬間、瓦礫が浮かび上がり、風が爆ぜた。
4.暁の戦い ― 銀と紅の獣
爆音が響き渡る。
ルナの体が反射的に動いた。
爪が伸び、瞳が金色に変わる。
「やめて……! もう、誰も傷つけたくないの!」
「ならば力を制御してみせて。」
03の声が風に混じる。
衝突。
銀と紅の閃光がぶつかり合い、
夜空を裂いた。
ルナの爪が空を切り、
03の腕がそれを受け止める。
まるで鏡に映る自分との戦い。
蓮が叫ぶ。
「ルナ! 落ち着け!」
「無理っ! ……力が暴れてる!」
03が笑う。
「ほらね。あなたも“獣”じゃない。」
ルナの瞳が一瞬、紅に染まる。
その瞬間、蓮が飛び出し、彼女を抱きしめた。
「――帰ってこい、ルナ!」
静寂。
時間が止まったように感じた。
蓮の体温、鼓動、声。
そのすべてが、ルナの中で光になった。
「……だめ。あなたを傷つけちゃう……!」
「構わない。お前を失うよりマシだ。」
ルナの瞳が、再び金色に戻る。
風が止み、紅い光が霧散した。
5.崩壊と覚醒 ― 暁の獣
ルナ03は膝をついた。
「まさか……制御できるなんて……」
ルナは息を切らしながらも立っていた。
金色の光が体を包み、
彼女の背に白い狼の影が浮かび上がる。
「……これが、わたしの“月”。」
03は涙を浮かべた。
「そう……それでいいのね。
わたしたちが、生まれた意味は――あなたに託す。」
そう言って、03の体は光に溶けた。
空に、ひとすじの紅い軌跡を残して。
ルナはその光を見上げながら、
静かに目を閉じた。
「ありがとう。……もう、ひとりじゃない。」
蓮が近づき、そっと彼女の肩に手を置く。
「終わったな。」
ルナは微笑む。
「ううん。――ここから、始まるんだよ。」
東の空に、暁の光が昇り始めていた。
夜が終わり、
新しい“月”が、また生まれようとしていた。
「血じゃない。
わたしは、“誰かを想う心”で生きてる。」
――そして、暁の獣が微笑んだ。




