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第5章「夜を裂く声 ― 氷室涼の来訪」

1.黒い車と銀の瞳


 夜。

 街外れの古い橋の上を、黒い車が静かに走る。

 ヘッドライトの光が霧の中を裂き、川面を銀色に照らした。


 運転席の男は無言だった。

 コートの襟を立て、無線機に短く言葉を落とす。


 「……対象、依然として街に潜伏中。

  三上蓮、および神代ルナ。確認次第、保護または排除。」


 男の名は――氷室 涼。

 “組織”の現場指揮官にして、蓮の元・相棒。


 ふと、彼の瞳がルームミラーに映る。

 暗闇の中、銀色に光っていた。

 それは、人間ではない証。


 「……人狼、か。

  あるいは、俺と同じ“半端者”か。」


 声は冷たい。だが、その奥にかすかな哀しみが宿っていた。


2.月明かりの街角で ― ルナと蓮の平穏


 その頃、カフェ・ルミナリエでは穏やかな時間が流れていた。

 雨の夜の騒動から数日。

 ルナの体調も戻り、今は店の手伝いをしながら人間の生活を学んでいる。


 「いらっしゃいませ!」

 笑顔で声を張るルナに、常連客が微笑む。

 「最近、明るくなったねぇ。前よりずっといい顔してる。」


 ルナは少し照れたように笑った。

 蓮は奥からその様子を静かに見つめている。


 (こうして笑えるなら、それでいい――)


 そう思った瞬間だった。

 店のベルが鳴る。


 「……」


 音もなく入ってきた一人の男。

 黒いコート。無表情。

 その銀の瞳を、ルナは見て息を呑んだ。


 「氷室……」

 蓮の声が低く響く。


 涼は軽く首を傾け、

 まるで旧友に会ったような穏やかな笑みを浮かべた。


 「久しぶりだな、蓮。……元気そうで。」


 「ここに何しに来た。」

 「少し、話をしに。君と――そして、その子と。」


 ルナは背筋が冷たくなるのを感じた。

 彼の視線が、まるで魂を透かすようだったから。


3.真夜中の取引 ― 涼の過去


 閉店後の店内。

 テーブルの上にはコーヒーが二つ。

 だが、空気は凍りついていた。


 「……君が裏切った理由、上はまだ納得していない。」

 氷室が淡々と口を開く。

 「それに、あの娘――神代ルナ。

  彼女の存在が、均衡を崩しかねない。」


 蓮は黙ったまま煙草に火を点ける。

 青い煙が、二人の間をゆっくりと流れた。


 「涼。……お前もあの組織に囚われたままなのか。」

 「囚われた? 違う。俺は“帰る場所”がないだけだ。」


 その言葉には、静かな絶望があった。

 彼は袖をめくり、手首の内側を見せた。

 そこには、古い焼き印のような痕が残っていた。


 「これが、あの実験の証だ。

  人間の兵器として作られ、感情を消された。

  ……お前と違って、俺は逃げ損ねた。」


 ルナは息を詰める。

 氷室の指がわずかに震えているのを見逃さなかった。


 「涼……」

 「哀れむな。」

 彼はその言葉を切り捨てるように言い、立ち上がった。


 「俺は君たちを捕まえに来た。

  けれど……本気で抵抗するなら、命までは奪わない。」


 「……それは、昔の“友情”か?」

 「違う。――俺はまだ、人間でありたいだけだ。」


 涼の銀の瞳が、月光に照らされて淡く光る。

 その光は悲しく、どこか優しかった。


4.月下の衝突 ― 炎と影


 外で風が鳴る。

 次の瞬間、窓ガラスが砕け、黒装備の部隊が突入してきた。


 「対象確保! 生体反応確認!」

 「待て、撃つなッ!」氷室の制止が届く前に――


 銃火が閃く。

 ルナの胸の奥で、抑えていた力が再び暴れ出した。

 目が金色に光り、風が爆ぜる。


 「ルナ、だめだ、抑えろ!」蓮の叫び。

 だが、もう止まらない。


 床が割れ、空気が震え、影が走る。

 狼のような咆哮が夜を切り裂いた。


 「くっ……!」

 氷室が前に出て、ルナを庇うように腕を広げた。

 光と風の衝撃が、彼の身体を包む。


 ――静寂。


 ルナが目を開けると、氷室のコートが裂け、肩口から黒い血が流れていた。


 「どうして……わたしを……?」

 「……俺も、同じだからさ。」


 彼は微笑んだ。

 その笑みは、氷のように冷たく、同時に人間らしかった。


 「“半分”の者同士だろう? 俺も、お前も。」


 月光が差し込む。

 血の粒が宙を漂い、まるで紅い花びらのように舞った。


 蓮が駆け寄る。

 「涼……お前……!」


 「心配するな。生きてる。」

 彼はゆっくりと立ち上がり、背を向けた。


 「今夜は見逃す。だが次はない。

  ――“夜の均衡”が崩れれば、俺は敵になる。」


 その言葉を残し、涼は闇の中に消えた。


5.夜明け ― 残された光


 夜が明け、空が白み始める。

 ルナは屋上で、風に吹かれながら月の消えていく空を見上げていた。


 「ねえ、蓮……涼さん、ほんとは悪い人じゃないよね。」


 蓮は静かに頷く。

 「悪い奴じゃない。……ただ、もう戻れないだけだ。」


 「戻れない、か……」

 ルナはそっと胸の上に手を置いた。

 そこに刻まれた“月の印”が、微かに光る。


 > “半分の者同士だろう? 俺も、お前も。”


 その言葉が、胸の奥に残響のように響いていた。


 彼女は微笑む。

 「……なら、私は“半分の世界”を守る。

  人間でも、狼でもない。

  神代ルナとして。」


 風が髪を揺らす。

 遠くで朝の鳥が鳴き始める。


 その光の中で、ルナの瞳が静かに金色に輝いた。


 「夜は怖くない。だって、あの人も、わたしも――

  まだ“光”を探してるから。」

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