第4章「影の契約 ― 月と血の約束」
1.月下の静寂、揺れる灯
夜のカフェ・ルミナリエ。
窓の外には、満月が静かに浮かんでいた。
店内の明かりが月光に溶け合い、
まるで空と地上がひとつになったように見える。
ルナはカウンターの奥で、手を止めていた。
視線の先では、蓮がカップを磨いている。
彼の動きはいつも通り静かだけれど、
どこか緊張が漂っていた。
「ねえ、蓮……昨日の“組織”って、何?」
彼の手がぴたりと止まる。
静寂。
ミルクの泡がひとつ、カップの中で弾けた。
「……あの夜、見たんだな。」
「うん。あなた、誰かと話してた。」
蓮はしばらく沈黙して、窓の外を見た。
「俺が昔いた場所だ。“異種”を研究してる政府の非公式機関。」
「……異種?」
「吸血鬼、人狼、デーモン、妖……。
表には出ないが、今もこの街のどこかで生きてる。
“彼らを監視し、人間の秩序を保つ”ってのが、その名目だ。」
ルナは息をのむ。
アリアが言っていた言葉が頭をよぎる。
> “人間は、普通を好む生き物よ。”
蓮は続けた。
「俺は……そこを裏切った。」
「どうして?」
「……“彼ら”の中に、守るべき命を見つけたからだ。」
ルナの胸が、静かに熱くなった。
2.血の契約 ― アリアの警告
その夜、アリアは珍しく真剣な顔をしていた。
カウンターの上に古い書物を広げ、何かの紋章を指でなぞっている。
「ルナ。――あなた、完全な人狼じゃないわね。」
「え……?」
「あなたの血、どこかで人間と混じっている。
だからこそ、制御が難しいの。」
ルナは黙って自分の手を見つめた。
雨の夜、あの瞬間の恐怖が蘇る。
――暴れたくなかったのに、身体が勝手に動いた。
「もしこのまま力を抑えきれなければ、
“組織”に感知されるわ。蓮も危険になる。」
アリアの瞳は、紅く光っていた。
「だから……私があなたに“契約”を施す。」
「契約?」
「あなたの血に、月の加護を刻むの。
完全な人狼ではなく、“月の徒”として存在を偽装できる。」
ルナは迷った。
けれど、その背後で聞こえた蓮の声が、彼女の心を動かした。
「やれ、ルナ。……俺が、守る。」
月光が差し込む。
アリアが指先を噛み、ルナの額に血の印を描く。
その血は、光の粒となって宙に舞った。
――風が止まり、世界が静止する。
アリアの声が遠くで響いた。
> 「この契約をもって、彼女は“夜と月のあいだの者”となる。」
ルナの身体に柔らかな光が流れ、
まるで新しい命が宿ったようだった。
3.夜明け前の影 ― 迫る足音
夜が明けきる前。
街の裏路地に、黒い車が数台止まった。
スーツ姿の男たちが降り立ち、無線で何かを確認している。
「対象:神代ルナ。出現反応を確認。」
「三上蓮も同行中。優先捕縛対象に変更。」
風が吹き抜け、街の灯が一瞬揺らめく。
その頃、ルミナリエではルナがまだ、契約後の熱にうなされていた。
額に汗が滲み、胸の奥が焼けるように痛む。
「ルナ、しっかりしろ!」
蓮が手を握る。
ルナは薄く目を開けた。
「れ……ん……」
「俺だ。大丈夫だ、もうすぐ――」
突然、外から金属音。
扉が叩き壊され、黒い影が雪崩れ込んだ。
「三上蓮、対象確保!」
蓮が立ち上がる。
目が、静かに光る。
「……またお前らか。」
彼の動きは静かだった。
だが次の瞬間、空気が変わった。
まるで時が止まったかのように、男たちの動きが鈍る。
銃声。
閃光。
ルナの瞳が、再び金色に染まる。
「やめて……!」
叫びと同時に、風が爆ぜた。
ガラスが砕け、月光がなだれ込む。
光と影がぶつかり合い、空間が歪む。
ルナの身体から放たれた光が、黒い装備の男たちを包み込み、
彼らを一瞬で外へと弾き飛ばした。
静寂。
粉塵の中、蓮がゆっくりと彼女を抱きしめた。
「もういい。……お前は、俺が守る。」
彼の声は震えていた。
ルナは小さく頷く。
「わたしも、もう逃げない。」
窓の外。
夜明けの空に、月がまだ残っていた。
その淡い光が、二人の影を重ねて照らす。
「蓮……。わたし、人間にもなれない。人狼にも戻れない。」
「それでいい。――お前は、神代ルナだ。」
その瞬間、ルナの胸の奥で、何かが確かに変わった。
“逃げる”ための力ではなく、“誰かを守る”ための力へ。
そして、物語は“夜の戦い”へと歩き出す。




