南部の魔物の噂
その後も、エルミールとエドワードは数日ほど滞在し、のんびりと北の地を満喫していた。
ある時、エドワードがふとこんなことを言い出した。
「最近、南部のある地域に魔物が出現したらしい。王室付きの討伐隊たちが捜索して駆除に乗り出しているが、近頃は攻撃士や魔物ハンターの数もどんどん減っていているから、対応できる人手が不足しているらしい。」
「怖いですわね。南部にはわたくしたち伯爵家の所領もありますのに_。」
エルミールは顔を歪めてエドワードに擦り寄り、大げさに怯えている。
「魔物討伐? ついこの間、フェンネルと私で北に潜んでいた魔物を討伐したところだ。
南にも出没していたとは驚きだが、何か役に立てるかもしれない。」
聞いていたユリウスが声を上げた。
「えっ、お姉様が?」
エドワードとエルミールは顔を見合わせた。
「ああ、君たちも知っていると思うが、フェンネルは優秀な攻撃魔法の持ち主だ。
そのおかげで私もこうして今の生活がある。」
ユリウスは、私が洞窟に住まう魔物に対峙したときのことを思い返しているのだろう、どこか誇らしげに言った。ユリウス様と妹夫婦では、私の魔力に対する認識が全く異なることを知っていたので、隣で聞いていた私は、思わず冷や汗を流してしまった。
「お、お姉様が魔物を討伐?
ユリウスさま、冗談はおよしになってくださいまし。」
エルミールは、ここぞとばかりに嘲笑った。
「お姉様がそんな優秀な魔法使いなわけありませんでしょう。
家ではお荷物として育って来ましたのに……それどころか、姉は私やこのエドワード様にまで魔力を暴走させて、迷惑を被ってばかりだったのですから。」
「そんなはずはない。前にも言ったが、フェンネルは優秀な魔力の持ち主だ。
君たちは何か勘違いをしているのではないか?」
ユリウスは憤慨してきっぱりと言い切ったが、視線を向けられた私は、どう返してよいのかわからず戸惑ってしまう。
「ええ、確かに、ユリウス様の言う通り魔物は倒したのは事実です。」
私は同意する。
「エルミールとエドワード様は誤解しているのです。
確かに、私の持つ力は物を破壊することのできるもので、ときに危険も伴いますが、でも、私は魔力をコントロールできますし、今回のように有用に用いることもできるのです。」
「何を言っているんですの? 私たちを危険な目に合わせたことを誤解だとおっしゃるのですか?」
エルミールはわざとらしく憤慨してみせた。
「ですから、私はあの時エドワード様にもきちんと説明しようと……」
そう言いかけたところで、エルミールが被せるように口を開いた。
「そこまで言うのであれば、一つ私から提案がありますわ。
お姉様が、その魔物を退治なさればよいのです。すでにこの地で魔物討伐を経験なさっているのでしょう?」
「エルミール、いくらなんでもそれは……フェンネルには荷が重いのではないか?」
エドワードは流石に反論したが、エルミールは聞き入れない。
「わかりました。」
そこで、私は声を上げていた。
「フェンネル、本気か?」
「はい。私も、このまま皆さんから誤解されたままでは納得がいきません。
無事に魔物を討伐することができたら、私の実力を認めてくださいますか?」
私はエルミールをまっすぐに見つめ、静かに問いかけた。一度実績のあることをもう一度やって見せるだけだ。私には自身があった。そう思ってユリウス様の方を見ると、彼はなんだか難しい顔をしていた。
* * *
昼間のやり取りがあった後、夜になってユリウスが私の部屋へやってきた。
「フェンネル、昼間のやり取りだが、やはり、わざわざ君を危険な目に遭わせるのは得策とは思えないんだ。考え直してもらえないだろうか。」
ユリウスは、心底私を案じているような目でそう言った。
「ユリウス様_。 心配をおかけしているのは百も承知です。
でも、ここで引き下がるわけにはいきません。」
私の意思は固かった。
今まで何度も誤解され、疎まれ、傷ついてきた。でも、今の私は自分に自信のない過去の私とは違う。今こうして挽回の機会があるのなら、今度こそ逃したくない。
「妹や周りの人たちに、自分を認めてもらうチャンスなのです。
なんとか外出を許していただけませんか? もちろん、無理はしないと約束しますから。」
静かにそう告げると、ユリウスはしばらく考え込むように視線を落とし、やがてゆっくりと口を開いた。
「……わかった。私は君に恩がある、だから君の意思を尊重しよう。
その代わり、その魔物討伐には、私も同行させてもらう。」
「えっ……ユリウス様も?」
思わず声が裏返ってしまった。
「私がいなければ、誰が防御や治癒のサポートをするというんだ。
生身では、君は対処しきれないだろう。」
確かに、魔物討伐では通常、討伐隊を組み、”攻撃・防御・治癒”の三つが揃ってようやく成立する。
ユリウスはそのうち二つ、”治癒と防御”を兼ね備えている。私にとって、これ以上ないほど心強い味方だった。
「そんな、でもユリウス様にまで負担をかけるわけには……」
「いや、君が行くのであれば、私にサポートさせてほしい。
君は、私の大事な婚約者なのだから。」
ユリウスは柔らかく微笑んだ。
心強いその言葉と優しさに、私は心から彼に感謝した。
* * *
同じ頃、寝室に戻っていたエルミールも、昼間の姉の破天荒な発言に少なからず驚いていた。
(お姉様があんな大胆なことを言い出すなんて。)
魔物を討伐するなんて、本気なのかしら。あのお姉様にそんなことができるとは思えない。でも、お姉様やユリウス様の言い振りも、あながち誇張しているとも思えなくて、エルミールは訝しんだ。
(でも_。どっちにしても、私には好都合だったわ。)
エルミールがああやって姉を焚き付けたのはある思惑があったからだ。
最初に、姉からユリウス様を奪う作戦を考えついたのはいいものの、その後の数々のアプローチはほとんどが失敗に終わってしまっている。それどころか、ユリウス様と姉の仲は前よりも一層深まっているとさえ思えてきた。
(なんてしぶといのかしら…。 でもそれもこれまでよ。)
あの出来損ないの姉に、強大な魔物を討伐する力があるなんてありえない。きっと失敗して面目を潰すか、大怪我をしてしまうに決まっている。どちらもエルミールにとっては好都合だった。
そうして姉があえなく失脚したら、今度こそ私が姉に成り代わって、ユリウス様を奪還すればよいのだ。エルミールはほくそ笑んだ。




