上級貴族たちの洗礼
会場へたどり着くと、早速“上流階級の洗礼”を受けることになった。
長らく社交界に姿を見せていなかったユリウス様には、会場中の注目が集中した。
もともと悪い噂がまことしやかに囁かれていたこともあり、高名な公爵の実物――それも若く、美しい佇まいの本人を一目見ようと、貴族たちは興味津々といった様子だった。
「ユリウス様、お会いできて光栄です。北でのご活躍、かねがね聞いております。」
「本物を拝見するのは初めてですが……まあ、なんて立派な方。どうぞ今後ともお見知りおきを。」
興味を持った貴族たちが次々と押し寄せてくる。
ユリウス様は慣れた様子で対応していたが、隣の私はてんやわんやだった。
「こちらのご令嬢はどなた?」
「あまり社交界では見かけませんわね。」
「どこかの小男爵家の令嬢と聞きましたわ。ユリウス様の隣に……何か親しい関係?」
「婚約者ですってよ。ユリウス様ほどの方が、どうしてこんな辺境の男爵令嬢を?」
ヒソヒソとした声があちこちから聞こえてくる。
彼らは一様に私を値踏みするような目で見下ろしてくるのだった。
「ユリウス、ごきげんよう。久々に顔が見られて嬉しいわ。体調はもう良いの?」
「叔母様、お久しぶりです。」
ユリウス様は、叔母に当たる侯爵夫人――この夜会の主催者であるヴィクトリア夫人を私へ紹介した。
私は姿勢を正して挨拶をする。
「この方が、あなたが言っていた婚約者なのですか。」
婚約者という言葉に、周囲の貴族たちは一斉にざわめいた。
ヴィクトリア夫人は私を上から下までゆっくりと見回す。
「まあ、とても可愛らしい方ね。」
当たり障りない様子で言った。
それから公爵夫人とユリウスは、何か二人きりでお話したいことがあると言って、二人で奥の部屋に入っていった。一人取り残された私には、取り巻きになっていた他の貴族たちの洗礼が待っていた。
「あなた、どこか弱小男爵家の令嬢なんですってね。」
「どうしてあなたみたいな子が、ユリウス様の婚約者まで成り上がったのかしら。」
「何か汚い手を使ったに決まっていますわ。分不相応な。」
ユリウスが目の前からいなくなったことに乗じて、他の令嬢たちがここぞとばかりに本性を表してきた。私は返答に詰まってしまう。だって、彼女たちの言っていることは、まあ正しいといえば正しいから。あまりにも格差のある婚約を彼が了承しているのは、私も不思議ではあるが、理由がまったくないわけではない。
「どんな手を使ったの? お金で買収したとか?」
「私達になくて、あなたにだけユリウス様の心を射止める何かがあるとでも言うの?」
「えっと・・・そうですね。
私だけにあって、貴方方にはないもの、ありますよ。」
それは魔力だ。彼のために魔物を倒して呪いを解いたこと。ユリウス様が私に対して買っている要素があるとしたら、むしろそれぐらいしか思いつかない。
「はあ? あなた何言っているの?
私はあなたよりもずっと上級貴族の娘なのよ。 一体何が勝っているというの。」
「それは_。」
私は言葉に詰まった。なぜなら私の力は色々誤解を生んでしまうもの…。
「なんて高飛車な子なのかしら。
ふん、分をわきまえるってことを教えてあげるわ。」
言葉に詰まる私を見て、図に乗った令嬢の一人が手を振り上げた。私が目を瞑ってその一撃をこらえようとしたとき_。
「パシンッ!」
乾いた音がしたが、それは私になんの痛みも衝撃も伴わなかった。
恐る恐る目を開けると、眼の前に掲げられた彼女の手のひらを、後ろから誰かが掴見上げて動けないようにさせている。
「ユ、ユリウス様?」
私への一撃を防いでくれたのはユリウスだった_。
「私の婚約者に手を出すとは、一体どういうつもりだ。アンネ伯爵令嬢」
鋭い声で威嚇されて、アンネ伯爵令嬢と呼ばれた女性は竦み上がった。
「フェンネルに無礼を働くものは、この私への不敬と捉える。よく覚えておけ。」
そう言われてしまえば、周りにいた他の貴族たちも、口を噤むしか無かった。
ふと奥を見れば、先程ユリウス様と一緒に出ていった、ヴィクトリア夫人がこちらへやってきた。
「ユリウス、あなたの覚悟は聞かせてもらいました。
あなたの決めた相手なら私も文句は言いませんわ。でも、私は心配しているの。
その子に背負わせるにはいささか重荷になっているのではなくて?」
公爵夫人は、私の内心を見透かしたように言った。
確かに、上級貴族として自然に振る舞うユリウス様の隣に立つ私は、こうして必死に取り繕うしかなく……その場にいる者たちの好奇と警戒の混じった視線に、神経をすり減らしていた。
ユリウス彼のために気を張っていたけれど――無理をしているのかもしれない。私が落ち込んでいるのに気づいたのか、公爵夫人は少しだけ表情を和らげた。
「私はフェンネルを守り、幸せにすると誓いました。
今は理解されなくとも、いつかここにいる方々にも認めていただけるよう努力します。」
「では、婚約者のあなたにも助言をしましょう。
ユリウスとともにいたいのなら、あなたもそろそろ覚悟をお決めになって_。」
そう言い残し、私たちの前から去っていった。




