夜会にて(エルミールと遭遇)
私たちは汽車の一等旅客席に乗って、王都近郊の街へと向かった。
そこは、この国でも一、二を争うほどの大都市。高級なブティックやホテルが軒を連ね、煌びやかな繁華街の通りには、貴族や裕福な商人たちが行き交い、平日にもかかわらずお祭りのような賑わいを見せていた。
ユリウスが丁寧な動作で右手を差し出し、私は彼に導かれるように汽車から降り立つ。
この日、私はユリウスから授かった上等なドレスを身にまとっていた。
私の翡翠色の髪に合わせてしつらえられた、真珠のような光沢を放つ純白のドレス。裾や襟元には緻密な刺繍が施されたレースがふんだんにあしらわれ、シンプルなデザインながらも、用いられている素材の上質さがひと目でわかる。
身についている宝石類がどれもまばゆいばかりなので、ドレスはシンプルなデザインになっている。
それでも、使っている素材から一流品であることは容易に見て取れた。
季節は秋の終わり。
私はそのドレスの上から、濃紺のケープを羽織っていたが――
それでも通りを歩けば、人々の視線を集めるほどに目立っていた。
新品のドレスを汚さぬよう慎重に汽車を降りて会場へ向かっていると、まだ何もしていないというのに、すでに周囲の視線が私たちへと向けられていた。
「……あれは、新しいハイデルベルク公爵のユリウス様?」
「まぁ、珍しいわね。このような社交の場に顔をお見せになるなんて。」
「私も初めてお目にかかりましたわ。なんて見目麗しい方……。」
「お隣にいるのは、婚約者の方かしら?」
「どこのご令嬢なのかしら。あまり見覚えのない顔ね……。」
会場へたどり着くと、すでに唐尺していた他の貴族たちのささやき声がこちらまで届く。
ユリウスは完璧な所作で私の手を支え、そのまま自然に会場へと導いていく。私は彼の腕にそっと手を添え、足をもつれさせないよう、ただ懸命にその後を追った。
眉目秀麗なユリウスが注目を集めるのは当然だ。
だが、今はその隣に――ほかでもない“私”が立っていることが問題だった。彼の顔に泥を塗るようなことだけは、絶対にしてはいけない。けれど、周囲の視線が自分に向けられていることを、嫌でも感じ取ってしまう。
* * *
会場に入ると、屋敷の中にはたたくさんの貴族たちでごった返していた。
クロークにコートを預けてから戻ってくると、ユリウス様は早速古い友人たちや親戚たちに捕まってしまったようで、彼らにかかりきりになっている、仕方なく私はひとりロビー方へ渡ってきて、隅のソファに腰を下ろして息をついていると、見覚えのある人物が会場の入口から姿を現した。
「あら……お姉様ではありませんか。こんなところでお会いするなんて。」
「……エルミール。」
伴侶のエドワード伯爵とともに入場してきたのは、妹のエルミールだった。
彼女は私に気づくと、にっこりと愛想のいい笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
このとき、周囲の貴族たちの視線が彼女に釘付けになった。
それもそのはず、この日のエルミールはひときわ派手な装いだった。リボンやレースを惜しげもなくあしらった鮮やかなドレス。首や腕には、光を反射してきらめく宝石がいくつも散りばめられている。
一歩動くだけで、視線を独り占めにしてしまうほどの華やかさと派手さだった。
「お姉様、お元気そうで何よりでしたわ。
突然いなくなってしまって、わたくしたちとても心配しましたのよ。」
そう言って愛おしそうに抱きつき、身を寄せるエルミールであったが、なぜだか少しだけ言い方にトゲがあるような気がするのは気のせいだろうか_。
「私もあえて嬉しいわ。あの時は心配をかけてしまいごめんなさい。」
私が素直に謝ると、エドワードとエルミールは目に涙を浮かべるような仕草をした。
「まさか誘拐されて炭鉱に囚われてしまっていたなんて、なんて災難だったのでしょう。
それに崩落の事故も…。 一歩間違えればお姉様がなくなってしまったかと思うと、胸が張り裂けそうですわ。」
妹はそう言って私に見を寄せてくる。私が「今度埋め合わせをさせてほしい」というと、彼女は笑って許してくれた。
「元気なお顔を拝見できただけで十分ですわ。
それに、私今日の夜会はとても楽しみにしていたんですの。主催のヴィクトリア公爵夫人は、社交界でも大物の令嬢でいらっしゃるとか。是非お近づきになりたいと思いまして。」
この日、エルミールは張り切っていた。社交界の華として知られるエルミールは、こうした場が何より得意だ。すでに多くの貴族と親しくしており、挨拶を交わすたびに笑顔を返されている様子からも、それがよくわかった。
「ところで――お姉様の婚約者のユリウス様はどちらに?
ご一緒なら、ぜひご挨拶に伺いたいのですけれど。」
「彼は今、他のご友人方の相手をしていると思うわ。
私は……あまり、こういう場には慣れていなくて。」
私がそう打ち明けると、エルミールは意味深な微笑みを浮かべる。
「まあ、それは残念ですわね。またユリウス様にもご挨拶させてくださいませ。」
そう言って、エルミールとエドワードは立ち去ってしまった。
* * *
姉のフェンネルの後ろ姿を見送りながら、エルミールは密かに唇の端を噛み締めた
(まったく、お姉様もしぶといわね_。)
せっかく、彼女を誘拐して厄介払いができたと思ったのに、彼女はあそこからどうにかして逃げ出したらしい。それも、あの洞窟で数日間肉体労働をしていたという。労働階級のように働かされるなんてエルミールには考えられない行為だった。
しかし、彼女はそこを抜け出しただけでなく、あろうことかその採掘場で宝石があたったという。おかげであの炭鉱周辺は最盛期を迎えているとも。
(今日だって、柄にもなく夜会に顔を出すなんて。)
ユリウスに誘われたのだろうということは分かったが、陰キャで目立たない彼女がこのような場所に顔を出すなんて、エルミールには意外だった。
(でも、お姉様は相変わらずね。なれない場に出てくるからよ。)
一瞬は怪訝に思ったが、姉の頼りなげな様子を見て、すぐに安心する。
「全く、お姉様は昔のままでしたわ。
ドレスも地味で、あの場では浮いていましたもの。
あんなに緊張して……本当に心配になりますわ。」
あくまで“姉を思いやる妹”のような声音で、
エルミールは隣のエドワードに小声で話しかけた。
「そうだろうか?
私は、フェンネルの婚約者であるハイデルベルク公爵は流石だと感心してしまったよ。」
「えっ? どうしてそう思うのですの?」
珍しくエドワードが彼女に反論したので、エルミールは目を丸くして首をかしげる。
「彼女のドレスは一見シンプルだが、仕立てと素材が見事だった。
それに、彼女の身につけていた宝飾品――あれはすべて北部産の一級品だ。
国王陛下やそのお妃方が愛用するものと同等の価値がある。
あんなものを揃えられるなんて、さすが公爵家だな。」
エドワードは腕を組み、感心したように頷いたが、
そばで聞いたエルミールは絶句して、空いた口が塞がらない様子だった。




