夜会準備
ある日のこと、いつものように屋敷で過ごしていた私のもとにユリウスがやってきた。
「_実は、君に相談があるんだ。」
「何でしょう?」
私は首をかしげて彼の顔を見つめる。
「魔物の呪いが解けて、ようやく自由に出歩けるようになった。
それを聞いた王都の親類が、久々に夜会へ招待してくれるそうなんだ。祝いの席も兼ねてね。」
「まあ、それは良いことですね。」
これまで社交界にほとんど顔を見せたことのない彼である。そのせいで、私がここへ来るまでにあらぬ噂がたくさん囁かれてしまっていた。これはとても良い機会だと思った。
「もしよければ、君も同行してくれないか。親戚や古い友人たちにも君を紹介したいと思っている。」
「はい、もちろんお供します。」
言ったものの、私は少し緊張してしまっていた。
かくいう私も、今まで社交界の経験はほどんどない。あってもいつも妹の影に隠れて自分の存在感は薄れてしまっていた。なので、ユリウス様とともに参加するにあたってうまく振る舞えるのか一抹の不安があった。
「よかった。君にそばにいてもらえると心強いよ。
それに、夜会にはエルミールとエドワードも招かれているそうだ。二人も君のことを案じていたので
顔を見せてあげたら喜ぶと思う。」
エルミールという言葉を聞いて、私は少しだけ心臓がどきりとした。
彼女とは、私が疾走して洞窟に閉じ込められてから会っていない。それに今までの社交界経験上、彼女と並んで比べられることが多かったので、更にプレッシャーが跳ね上がった。
* * *
夜会に招かれることが決まってから、屋敷の中急に慌ただしくなった。
翌日、突然屋敷に大勢の商人たちが押し寄せてくる_。聞いてみると、彼らは皆――王都でも名の知られた、貴族御用達の仕立て屋たちだという。彼らは、夜会で着る私の衣装を仕立てるために、わざわざ王都やその周辺から、遠路はるばるやって来たのだそうだ。
早速私は彼らの取り囲まれて、採寸やドレスの色や形についてあれこれ言われるのにつきあわされる事になった。呆気に取られている私をよそに、ユリウスはまるで当然のことのように言った。
「夜会には、私の親類をはじめ、国王陛下に近しい有力貴族たちも大勢集まる。
君には、私の婚約者としてふさわしい装いをしてもらわなければならない。」
「そ、それはそうですが……。
あまりにもスケールが大きすぎませんか?」
私は、仕立て屋たちに取り囲まれ、まるで着せ替え人形にさせられているような気分で訴えた。
「なんということはない。
君には、夜会で誰よりも輝いてもらいたいんだ。」
「そ、それは嬉しいのですが……。」
仕立て屋たちは布地の見本や装飾品を次々と広げ、どれが最も映えるかを議論しはじめる。
助けを求めるようにユリウスへ視線を向けたが――
「あとは頼んだよ。」そう言い残して、無慈悲に部屋を去ってしまった。
* * *
また明くる日。
今度は、屋敷に重そうな箱を抱えた老人がやって来た。
その箱は厳重に施錠されており、見るからにただならぬ品が中に収められていることがわかる。
執事のアルフレッドが老人を丁重にもてなしながら、奥の部屋へと案内した。
ユリウスに呼ばれて、私たちもその部屋へと同行する。
南京錠で何重にも封じられた箱の鍵が外されると――
中から現れたのは、まばゆいほどの宝石や装飾品の数々だった。
「ここ北の地には、各地に鉱脈が豊富にあって、昔から宝石や金銀の採掘が盛んなんだ。
君が攫われたあの洞窟もその一つだった。」
洞窟で見かけたのは、まだ加工もされていない原石たちだったが、こうして装飾品として加工されたものを見ると、その価値がバク上がりしているように思える。精巧にカットされて、美しい台座にはめ込まれて輝いている宝石たち、首飾り、や髪飾り、ブローチなど。こわごわと手にとって見れば、どれもが目を奪われるほどの輝きを放っており、ひと目でそれらが途方もない価値を持つとわかった。
私は、見たこともない高級な装飾品たちに呆然と立ち尽くし、どこか夢を見ているような気分にさえ思ってしまう。
「君が気に入ったのなら、これらを全て君に送るよ。
次の夜会で、ぜひ身につけてほしい。」
「えっ……!こんなにたくさん……!?
よろしいのですか?」
たとえ曲がりなりにも婚約者とはいえ、これほど高価なものを受け取るなんて信じられない。
しかし、ユリウスはさも当然といったように言った。
「いいんだ。それにこれらは君があの洞窟で採掘した宝石ではない。あれらはまだ加工前だからそのままにしてあるよ。これらは我が公爵家に代々伝わるものだ。私の婚約者として受け取ってもらえたら嬉しいよ。」
私はこわごわと、高そうな装飾品の品々を手にとってみる。
(これ以外に、洞窟で採掘された宝石たちもまだあるんだ・・・。)
「それから」と彼は不意に宝石商を下がらせ、おもむろに懐から小さな古びた箱を取り出した。
蓋を開けると、中には銀細工の指輪が一つ、静かに輝いていた。
中心には濃い青のサファイアが埋め込まれ、リングの側面には緻密な彫刻が施されている。相当年季の入ったものであることは察しがつくのだが、いまだその輝きは失われておらず、ある種の歴史と威厳を感じる。
「これは、我がハイデルベルク公爵家に代々伝わるものだ。
その…夜会には、私の近しい親族も参列する。だから――この指輪を持っていてほしい。」
そう言うと、ユリウスはぎこちない手つきで、そっと私の左手を取り、指輪をはめた。
されるがままにその指輪を受け取ると、その指輪はずっしりと重く、見た目の豪華さとも相まって、私は改めて彼の婚約者としての責任の重さを感じた。




