モヤモヤと葛藤
「ひぇっ!!」
飛び上がって、思わず変な声が漏れてしまった私は、慌てて取り繕う。
「ユ、ユリウス様……こ、こちらにいらしたのですね」
取り乱す私を前に、ユリウスは冷たい表情を崩さず、しばし沈黙したままだった。
「公爵様、たった今、フェンネルと昔話に花を咲かせていたところです。
夜も更けてまいりましたので、私はこれで失礼させていただきます」
エドワードは、先ほどの衝撃的な告白などなかったかのように、至って冷静な口調で言い残すと――
そのまま踵を返し、静かに去っていった。
一人取り残された私は、ユリウスとの気まずい沈黙に耐えるしかなかった。
「フェンネル。……先程、エドワードが君に掴みかかっているような光景が見えたのだが」
ユリウスの低い声でうなった。その視線には、説明を求めるような冷ややかさがあった。
まるで責められているようで、胸がざわつく。
「わ、私を疑っておられるのですか?
ユリウス様には関係のないことです」
思わず、反射的にそう跳ね除けてしまったが、
よくよく考えれば、それも当然のことと思えた。
だって、そもそもこれは私達にとっては仮初めの婚約で、彼だって他に良き伴侶が見つかれば
私はお払い箱になる運命なのだ。最初に会ったときにそう言っていた。
だから、こんなことは彼にとって関係のないはず。
それなのに、ユリウスは怒ったような顔をして、更に一歩詰め寄ってくる。
「君は……私の婚約者としての自覚がないのか」
「それを言ったら、ユリウス様だって――」
そこまで言って、言葉を飲み込んだ。
別に言う気は無かったが、本音を言えば
私はエルミールと部屋で何を話していたのかが気になっていた。
「一体、何のことだ?」
少し沈黙があってから、ユリウスは思い出したように言葉を継いだ。
「ああ……さっき、エルミールが私の部屋に来たのを見ていたのか。
あれは何でもない。彼女が“君の攻撃手としての能力”が私に危害を与えるかもしれないと心配していたから
その必要はないことを説明していただけだ」
ユリウスは、どこか言い訳めいた口調で取り繕う。
「……誤解を与えるようなことをしていたのなら、すまない」
「いえ、いいんです。私のほうこそ……ムキになってしまって、すみません。
エドワード様とは本当に何もありません。
彼も私のことを心配していた節があったようですが、その必要はないと伝えておきました」
そう言いながらも、胸の奥のもやもやは晴れなかった。
ユリウスの言葉が、どこか遠く感じる。
(彼は――私をどう思っているのだろう)
* * *
昨晩のユリウス様とのやり取りがあってから、私は少しだけ気まずい気持ちで朝を迎えた。
最近、ユリウス様に関することで心が揺さぶられることが多い気がする。
昨日の彼の言動についても……なんだか“言い訳”を聞かされたようで、いまひとつ真意が読み取れなかった。
でも、私たちは所詮“仮初めの関係”。
お互いに割り切って、深いところまで踏み込まない――そのほうが良い。
だから、昨日のことなんて、わざわざ気にする必要はない。
……そう自分に言い聞かせることにした。
すでに婚約しているエルミールが、今さらユリウス様のお相手になるとは思わないけれど――。
それでも、もしこの先ユリウス様に素敵な方が現れたなら、私はそれを祝福して差し上げようと思う。
ここでの生活や、魔力の実践を積めたことだけでも、私には大きな収穫だったのだから。
だから私は、これからは少しでも自立した生活を送れるように、
“自分磨き”“魔力量の向上”など、自分自身にウェイトを置いていこうと思った。
(もう少ししたら、攻撃手としての実践も……能力を磨く訓練に挑戦してみてもいいのかもしれない)
そんなことを考えながら朝食を終え、部屋へ戻ったとき――。
ふと、テーブルの上に見覚えのないメモが置かれているのが目に入った。
手に取ってみると、それはエルミールからのものだった。
“親愛なるお姉様へ。
ユリウス様のことで、お姉様に二人きりでお話したいことがあります。
朝食の後、屋敷裏の納屋の前で待っています。
エルミール”
私は首をかしげた。
(ユリウス様のことで……? 一体、何を話したいのかしら)
気にはなったが、呼び出しを無視するわけにもいかない。
私は屋敷を出て、納屋のほうへと足を向けた。
納屋のある屋敷の裏手にやってくると、そこにはエルミールの姿はなく、他にも人影らしいものは見当たらなかった。
「……エルミール?」
秘密の話があると言っていたので、私は小声で周囲に呼びかける。
しかし、返事はない。
不審に思い、辺りを訝しんでいると――
不意に、後ろから何者かが現れ、私を羽交い締めにした。
「っ――!?」
何が起こったのかわからない。
抵抗しようとするより早く、私の視界は真っ暗になり、そのまま意識が途切れてしまった。




