エルミールの策略
治癒魔法のアピールがうまくいかなかったエルミールは、すぐさま次の作戦に出た。
夜、ユリウスが休んでいる私室の戸を静かに叩くと、
中にいたユリウスは戸口に立っているエルミールを見て首をかしげた。
「ユリウス様、夜分に申し訳ございません。
実は、姉のことで――ユリウス様のお耳に入れておきたいことがあるのです」
エルミールは憂いを帯びた瞳で、力なく訴えた。
彼女の様子を察したユリウスが、エルミールを部屋に招き入れると、
エルミールはいつものように、今にも泣き出しそうな声で告げた。
「実は……姉の持つ“呪われた力”のことなのです。
家族の禁忌として、誰もが口をつぐんでおりましたが……。
婚約者であるユリウス様には、知っておく権利があると思いまして」
「呪われた力?」
ユリウスは真剣な表情で問い返す。
「ええ。実はお姉様は、私と同じく魔力を持っております。
ですがそれは、とても危険なもので……家族も親族も皆、あの子に怯えて暮らしてきたのです。」
エルミールは青ざめた顔で、上目遣いにユリウスを見上げた。
「最初は私、その次はエドワード様でした。
姉は魔力のコントロールがうまくいかず、手当たり次第に周囲の人を傷つけてしまうのですわ」
震える手を胸にあて、言葉を続ける。
「姉のためを思い、これまで黙っておりましたが……。
ユリウス様が危険にさらされるなんて、私には耐えられません。
どうか――今すぐ、彼女から離れてくださいまし」
エルミールは、危機迫った迫真の演技で訴えた。
この告発を聞いて、今まで姉になびきかけていた誰もが、目の色を変えて姉から離れていった。
今回もそのはず。と意気込んだエルミールはだったが
しかし、その訴えに対するユリウスの反応は、想定外のものだった。
「――それは、フェンネルの“攻撃手”としての能力のことを言っているのだろうか」
「攻撃手……?」
聞き慣れない言葉に、エルミールは首をかしげる。
「ああ、フェンネルが自分から説明してくれた。
自分の力を“危険”と恐れられて育ったのだと。
だから人前で力を使うことを避けていたようだったが。」
彼の思いも寄らぬ言葉に、エルミールは一瞬眉を顰めた。
「しかし、私はフェンネルの魔力を間近で見たことがある。
私は、彼女を“危険な存在”だと感じたことは一度もない。
彼女は力を完全に制御しており、むしろ有能に使いこなしている。
――ひょっとすれば、私よりも優れた魔力を秘めているかもしれない」
ユリウスは穏やかに、しかし確信をもって言葉を重ねた。
「そんな姉を陥れるような発言をするとは……。 私には理解できないな」
ユリウスがあまりにもズバッと、エルミールの訴えを切り捨てたので、エルミールは返す言葉を失った。
「で、でも……本当のことなのです。
私もエドワード様も、彼女に怪我を負わされ、命の危険さえ――!」
必死に訴えるが、ユリウスはピシャリとはねのけた。
「私はフェンネルに命を救われた。
彼女がいなければ、今も私は“呪われた身”のままだった」
(どうして……? 知り合ってまだ日の浅いユリウス様が、
どうして、こんなにも姉に強い思いを抱いているの……?)
エルミールは、衝撃とともに――受け入れ難い現実を突きつけられたのだった。
「そういう君こそ……。
昼間の治癒魔法の実演で、何やら怪しげな小細工をしていたようではないか。
魔力のある者から力を奪って使う――そんな術を、フェンネルは了承しているのか?」
エルミールが姉から魔力を盗んでいたことはユリウスにはバレていたのだ。
「あっ、あれは……その……。
魔力を禁じられているお姉様の代わりに、私が有効に使って差し上げようと……」
言い訳は、あまりにも苦しいものだった。
エルミールは突きつけられた事実の前に、どうすることもできずに立ち尽くす。
「フェンネルによく言っておかねばならないな。
――“君の妹には気をつけるように”と」
そう言われてしまい、エルミールは引き下がるしかなかった。




