エルミールの来訪
私が返事の手紙を書いてからほどなくして、エルミールは本当に、夫のエドワードを連れて北の地までやって来た。
彼女は、長期滞在に備えた大荷物をこれでもかと携えており、その物量と規模から、伯爵夫人としてどれほど豪奢な生活を送っているのかが見て取れた。
馬車を降りるなり、彼女は破天荒なほどの笑顔を振りまき、まるで社交界の舞台にでも立つかのように私の方へ駆け寄ってきた。
「お姉様! 久しぶりにお会いできて感激ですわ。」
エルミールは、よそ行きの愛想を五割増しにしたような上機嫌な様子で、勢いよく私を抱きしめた。
「どれだけ寂しかったか……
私のことを、忘れたりなんてしていませんでしたよね?」
「エルミール、遥々来てくれてありがとう。」
エルミールはいつもの上目遣いで私に擦り寄る。
私は、引きつる頬をなんとか笑みに変えて応じた。
「こちらが……お姉様の婚約者、ハイデルベルク公爵様でいらっしゃいますね。」
そう言って、思い出したようにエルミールがユリウスの方にに視線を向けた瞬間、彼女はなぜだか一瞬だけ動きを止めて、まじまじとユリウスの方を仰ぎ見る。
驚きとも戸惑いともつかない表情を浮かべて、その場に硬直してしまっていた。
「はい、紹介が遅れました。彼が私の婚約者、ハイデルベルク公爵ユリウス様です。」
私がそう紹介すると、エルミールははっと我に返ったように瞬きをした。
「ええ……お噂はかねがね。
でも、なんだかびっくりですわ。ユリウス様って、もっと……その……」
そこまで言って、エルミールは再び口をつぐんだ。
ユリウスが訝しげに首を傾げると、彼女はまるで照れているかのように頬を赤らめる。
(お姉様の婚約者って、あの“呪われた公爵”と呼ばれていた人物ではなかったの?)
エルミールは内心取り乱していた。眼の前にいるのは、精悍な顔つきの、落ち着いた気品をまとった青年。そのどこにも“呪い”など感じられない。
(これが、本当にお姉様の婚約者……?)
呆然と立ち尽くすエルミールを横目に、更に間の悪いタイミングでエドワードが追いついた。
「ハイデルベルク公、お会いできて光栄です。
北の地におけるあなたのご活躍は、かねがね耳にしております。どうぞお見知り置きを。」
エドワードは、エルミールの動揺などまるで気に留めず、貴族として礼節をわきまえた挨拶をした。
ユリウスもまた、落ち着いた態度でそれに応じる。
彼の表情には穏やかな笑みが浮かんでいたが、その裏には、どこか底の読めない静かな威厳があった。
それも当然なのかもしれない。ここでは上級貴族であるユリウスの方が立場が上である。一地方貴族の伯爵家と、王家の血を引く公爵家――その格差は歴然だった。
エルミールもそれを悟り、渋々ながらも姉とその伴侶に対して、“目上の貴族”としての礼を尽くさねばならなくなった。だが、その心中には、どうにも納得のいかない表情がくすぶっていた。
* * *
滞在する部屋の一室に戻ったエルミールは、使用人たちに荷物の荷解きを指示しながら、鬱陶しそうにソファへ身を投げ出した。
(これはどう言うことなの?……お姉様は“呪われた辺境伯”に嫁がされたのではなかったの?)
ユリウス様があんなにも魅力的な男性だったなんて、聞いていない。エルミールは歯痒そうに唇を噛み締めた。
王都での噂では、ハイデルベルク公爵は呪われた“人喰い”で、今まで何人もの婚約者が彼に食い殺されたと囁かれていた。
見た目だって、聞いていた話とはまるで違う。
周囲の貴族たちは、彼を背の曲がった悪魔のような老人だと恐れていたのに…これでは話が違うではないか。
エルミールは、そんな哀れな姉を励まそうと、どれだけ自分が幸福な結婚生活を送っているか。エドワードからどれだけ愛され、贅沢を与えられ、もてはやされているかを、こと細かに聞かせてあげるつもりだったのに。
まるで逆ではないの?興が削がれるどころか、胸の奥に奇妙な苛立ちがこみ上げてくる。
それに、エドワードの態度も気に入らなかった。
公爵だからとはいえ、彼はまるで召使のようにユリウスに頭を下げていた。私の夫が、姉の婚約者にへりくだるなんて_考えられない!
(他でもないお姉様が、私を差し置いて贅沢をしたり、私より良い思いをしているなんて…。)
胸の奥で嫉妬が静かに膨らむ。その一方で、エルミールは別の“焦り”にも駆られていた。
この分ではしばらくお姉さまは帰ってこない可能性が出てきた。挨拶した時の2人の様子は、どこか順調そうにさえ見えた。
でも、お姉様がいないと_私は満足に力を使うことができない。
エルミールはもともと持っている潜在能力が少ない。
だから、無駄に有り余っている姉の魔力を拝借してこれまで魔力を使ってきた。
このままでは、私の治癒魔法の制度が落ちていることがバレてしまう。実際、エルミールは最近治癒魔法を施すのを控えるようになってきた。
どうしようかと思案しているとき、エルミールはふと閃いた_。
(そうだわ……。お姉様の代わりに、私がユリウス様の妻になればいいのよ。)
エルミールの瞳がきらりと輝いた。
だって私は、お姉様よりずっと美しくて、愛想も良い。地味で冴えないお姉様よりも、はるかに魅力的に映るはず。ユリウス様が見る目のある方なら、きっとお姉様なんかより私を選ぶに違いない。
エドワードのことは――そうね、悪い人ではないけれど、今となっては少し物足りないと思えてきた。伯爵という地位も、公爵家に比べればあまりにも低い。
(ユリウス様の心を掴んだあとに、エドワードには離縁してもらえばいいわ。
あの人なら、きっと分かってくれるはず。)
そして肝心のお姉様は……屋敷の使用人としてここに置いてもらえばいい。そうすれば、私はいつでもお姉様の魔力を近くで使えるし、路頭に迷わせることもない。
(なんて慈悲深い私……!)
「そうと決まれば……明日から、ユリウス様に私の魅力を知ってもらわなくては。」
そう呟くと、彼女は一人ほくそ笑んだ。




