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聖女の囁き

無事に魔獣を倒し終えた後、

再び私がひとりで洞窟の入口に戻ったとき、外で様子を伺っていた家来やエドワードの友人たちは、驚きと当惑の表情で私を出迎えた。


エドワード伯は家来たちによって救助され、そのまま屋敷へと運び込まれた。ちょうどそこへ後から屋敷に向かっていた妹エルミールが到着し、彼女はすぐにエドワードに治療を施すことを買って出る。


私は、緊急事態宣言だったとはいえ、禁じられていた力を使ってしまったことを負い目に感じていた。


だからエドワードが意識を取り戻して彼と離す機会を伺っていたけれど、エルミールや他の救護人はエドワードに付き添ってかかりきりだったので、全く私には近寄らせてもらえなかった。


本当は――少しだけでも、彼に自分の力のことを理解してもらいたかったのに。


やがて目を覚ました彼が最初に放ったのは、耳を疑うような冷たいひと言だった。


「フェンネル。君は私の前で、禁じられた魔法を使ったのか。」


寝台の縁に腰掛けた彼は目を吊り上げていて、その傍らには当然のようにエルミールが寄り添っている。私がお見舞いの言葉をかけるよりも先に、彼は私を睨みつけてそう言い放った。


「そんな、エドワード様、話を聞いてください。

 これには理由があるのです。」


私は必死に洞窟での出来事を説明しようとした。


「いいや、話はもうエルミールからすべて聞かせてもらった。」


「どういうことですか……?」


嫌な予感がした…。


「君の力は呪われた破壊の魔法だというではないか。

 危険だから人前で使うのを禁じられていたはずなのに、私は危うく君に殺されかけた。」


「そ、そんな誤解です!」

私は必死に弁解しようとしたが、それをエルミールが遮った。


「いいえ、お姉様。たとえ魔物が迫っていたとしても、軽はずみに力を使うことは許されませんよ。

現にエドワード様は、あなたの魔法で吹き飛ばされて気を失っておられたのではないですか。」


「そんなはずはないわ!

 私はエドワード様を助けようと…」


私は確かに魔物に向けて力を放った。でもエドワードに当てた覚えなどない。


「私には治癒の力があります。だから、エドワード様がどのような傷を負ったのかもわかるのです。


お姉様は以前にも力を暴走させ、私に危害を加えようとなさいましたよね。それなのに、あろうことか今度はエドワード様にまで危険を及ぼすなんて……。」


エルミールはずっと昔から私を危険因子とみなして疑わない。そして周りは気立の良い妹ばかりを立てるのだ。


「ち、違う! 私はただ、あなたを助けようと――」


私は言いすがったが、エドワードはそれ以上は耳を貸そうとはしなかった。


「エルミール……君がいてくれなかったら、私はどうなっていただろう。君のおかげでここまで回復できた。なんと礼を言えばいいか。」


エドワードはうっとりとエルミールのことを見つめる。


「礼には及びませんわ。私は自分の務めを果たしたまで。たまたまお屋敷に伺おうとしていたのが幸いでしたわ。」


「もう、君なしでは、ぼくは生きてはいけないよ。」


彼が甘い言葉を囁けば、エルミールもまたまんざらでもない様子で微笑みを浮かべた。


「フェンネル。この件は父君にも報告させてもらう。

 今度ばかりは、私も見逃すわけにはいかない。

 残念ながら、君との婚約は破棄させてもらう。」


その瞬間、私の視界は真っ暗になった。

足元から崩れ落ちるような感覚に、ただ立ち尽くすしかなかった。


* * *


そんなわけで、私は冒頭のように――めでたく婚約破棄され、北の辺境へと厄介払いされることになった。


目的地へ向かう汽車の中で、私は小さくため息をついた。

同行する付き人や使用人は一人もいない。エドワード伯の屋敷での一件以来、私には誰も近づこうとはせず、当然のように辺境地である北への旅路に付き添いを買って出る者などいなかったのだ。


さらに、これから向かう北の国にはもう一つ、恐ろしい噂があった。それは、私が嫁ぐことになった辺境のハイデルベルク公爵にまつわるもの。


人々の間で、はこう囁かれていた。

(公爵は人食い鬼であり、これまで何人もの花嫁を迎えては、若くして食らい殺したらしい)


彼は、若くして北方をまとめ上げた名手と呼ばれる人物だったが、ある呪いに侵されていて、ついには正気を失ってしまったのだと……。



確かに、言われてみればこの縁談には少し不審なところがある。

本来、公爵位は王族に近い血筋に与えられる高位の爵位であり、その妃もまた大貴族の娘が選ばれるのが常。それなのにこんな末端貴族の我家にまで縁談が来るなんて通常ではありえない。


たとえ北の辺境の地の公爵であったとしても、あまりにも格差のあるこの婚約を受け入れるだろうか。男爵家としては言う事無しなのだろうが、わたしは不安が拭えないでいた。


とはいえ、故郷にはもはや味方はいない。家族すらも。居場所のない場所にしがみつくより、いっそ見知らぬ土地へ出るほうが、今の私には気が楽に思えた。


そんなことを考えているうちに夜は更け、窓の外には寒々しい気配が漂い始める。

北の地は夏が短く、冬が長く雪深い。


生まれて初めて故郷を離れた私は、肌に突き刺さる冷気に緊張も重なり、思わず身震いしてしまった。


――そして翌朝、汽車は北の地へと到着した。


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