魔物との戦闘
私は後退りし、一目散に出口を目指そうと駆け出しかけた。けれど、既のところで足を止めた。
(……だってもし、ここで私が逃げ出したら。
洞窟の外にいる村人や警備の人たちはどうなるの_?)
洞窟の奥にいる魔物は、きっと私を追って外へ飛び出すだろう。そしたら、私のせいで今度は本当にユリウス様やその兵たちがこの強大な魔物と真正面から対峙しなければならなくなる。なんの武器も持たない村人たちも危険にさらされるのだ_。
(ここでわたしがこの魔物を放ったらかしにして、逃げ出す訳にはいかない_。)
まあそれも、私があえなく魔物に倒されてしまえば状況は同じことになるので、あまり変わらない気もするが…。
外の警備の様子を見る限り、まだ全員の避難は終わっていないはず。であればわずかな間でも時間を稼がなければならない。
(ああ……助けに行くつもりだったのに、まさか私自身がこの災厄を目覚めさせてしまうなんて――。)
一瞬、頭の中が真っ白になりかけたが、私はなんとか気を取り直した。
(今はそんなことを考えている場合じゃない。
みんなを危険にさらさないために、私がここでこの魔物を引き止めなければ。)
魔物はゆっくりと首をもたげ、赤く光る瞳でこちらを見下ろした。その目は、まるで小さな獲物を嘲笑うかのように細められている。ヘビのような舌が、ぬらりと伸びて空気を舐めた。
(……ただのヘビだったら、どんなに良かったかしら。)
目の前にそびえるそれは、もはや「魔物」という言葉すら生ぬるい。鋼鉄のように硬そうな鱗。前足には大地を砕くような鋭い爪。背には闇のように黒い翼が折りたたまれている。絵本の中でも見たことのないような、まさに“絶望の化身”だった。
胸の奥で絶望が広がる。そんな私をあざ笑うように、魔物は前足を上げて爪を振りかぶった。私は反射的に手を掲げ、攻撃魔法を放ちながら後方へ飛び退く。
――バチンッ! ドゴォンッ!!
地鳴りのような轟音が響き、衝撃で体ごと吹き飛ばされた。私は咄嗟に破壊魔法を放って、攻撃雨を交わしながら後ろに飛び退いた。土煙が立ち込める中、私はどうにか地面に手をつき、身を起こす。まだ自分の手足があることに、ほっと胸を撫で下ろした。
咄嗟に放った一撃は確かに命中していたようで、魔物は前足を訝しげに見つめるしぐさをした。
私は間を置かず、今度は連続で魔力を放った。炸裂音と共に光弾が爆ぜ、辺り一面に濃い土煙が広がる。その隙に、私は低い岩陰に身を潜めた。魔物は立ち上がり、ドスンドスンと足音を響かせながら周囲を探っている。
岩陰に身を隠しながら様子を伺う。ふと思い立って、この前裏山で鹿に遭遇したときに行った、相手の核を見定める目を使ってみることにした。
魔物との距離をとって目をつむり、意識を集中させて目を見開く。すると、前回のように魔物の体は薄く透けて見えた。そのまま目を凝らすと、魔物の前足の間、ちょうど心臓のあたりに怪しく紫色に光る塊を見つけた。
(_あれが……核。)
直感でそう確信した。あれを破壊できれば、この魔物を倒せる。しかし。それは前回鹿を監視したときに見た核とは比べ物にならない大きさだった。色は深紫色に怪しく輝いており、遠目でもそれがどんなに固くて強靭なものであるかは察しがついた。
到底自分にはどうにもできないような代物であるが、あいつを物理的に倒すためには、あれを破壊しなければならないだろう。私は息を詰めて岩陰から身を起こし、狙いを定めた。
__その瞬間。
「ギャオォッ!!」
魔物の咆哮が洞窟に響き渡り、鼓膜を突き破るほどの衝撃が走った。
(み……見つかった!?)
考え事をしている間に、魔物は私の姿を捉えていた。巨大な前足が私の方へ振り下ろされる。私はとっさに魔力を展開し、攻撃を攻撃で弾いてそれを受け止めた。
しかし、今度は衝撃波の風圧に押され、体ごと吹き飛ばされてまった。
「くっ……!」
背中を岩に打ちつけ、息が詰まった。
それでも私は歯を食いしばって立ち上がり、再び手を前に掲げる。深く息を吸い、もう一度、瞳の力を使って魔物の核を見据えた。
その紫に光る塊に、全神経を集中させる。
(ぎゅっとして、ドカーン!)
その核を握り潰し、内側から粉々に破壊する光景を頭に思い浮かべる。渾身の力で魔力を込めて、一撃を放った。
「ドゴッ! バキバキッ!!」
魔物の内側から何かが軋んむような音を立てて、同時にあたりに衝撃が走る。私の放った一撃は核を捉えはしたものの、魔物の核は私が想像していたよりも固く強靭だった。魔物は悲鳴のような鳴き声をあげて身を捩ったが、それでも倒れることはせずに、逆に激昂してあたり構わず尻尾や前足をばたつかせて暴れ回る。
(しまった――!)
耳をつんざく咆哮とともに、がむしゃらに放たれた魔物の前足の一撃が私の方に振り下ろされて、目の前にせまった。
(避けきれない――。)
そう思って反射的に身をかがめたが、すぐに全身に鋭い衝撃が走った。私は衝撃で後ろに投げ出される。視界をぐるりと回転させながら、私の体は宙に放り出されていた。
終わった_。
空に吹き飛びながら、死を覚悟した私は呑気にそんなことを考える。
地面に叩きつけられる衝撃に備えて反射的に身を屈めるが、しかし、なぜだか想像していたような衝撃や痛みは襲ってこなかった。逆に何か、柔らかくも力強いものが私の体を受け止める。
(……え?)
薄く目を開けると、土煙のに霞んで、目の前に見覚えのある顔が見えたような気がした。




