魔物の再来
「フェンネル、後でまた私の部屋に来てくれないか。話しておかねばならないこともある。
それから、君に渡したいものがあるんだ。」
ある日、いつものように午後のお茶の時間を満喫していると、ちょうど公務から戻ったばかりのユリウスに声をかけられた。
言われて屋敷へ戻ると、どうしてだかさっきまでのんびり仕事に励んでいた使用人たちの様子が落ち着かず、どこか物々しい空気が漂っている。胸騒ぎを覚えながらユリウスの部屋へとついていくと、彼はソファにもたれかかり、静かに息を吐いた。
「……実は、これからまたすぐに遠征に出なければならなくなった。」
低く響いた声は、どこか重たかった。
「……それは、また急ですね。」
せっかく屋敷に戻ったところだったのに、私は思わず言葉を詰まらせた。
少し多忙すぎではないかと、胸の奥に不安が広がっていく。
「今度は、どちらへ……?」
問いかけようとしたところで、ユリウスは顔を上げ、真剣な眼差しで続けた。
「実は、辺境に潜んでいた魔物が再び目覚め、農民たちに被害を与えているらしい。」
「まさか……!」
「私がこの石を抑えている間は大人しくしているはずだった。
しかし――どうやら、いよいよ私の力をもってしても抑えが効かなくなってきたようだ。
私は、これからその地へ赴き、やつの動向を探ってくる。だが……今回は兵を投入しても太刀打ちできるかどうか。」
それを聞いて、私は思わず声を荒げていた。
「そんな……危険です。行ってはいけません。
ただでさえ、あなたは“石の呪い”を受けたままなのに……!」
「しかし、黙って見ているわけにはいかないんだ。
放っておけば、やつはやがて市街地へ――いや、南部にまで進行するかもしれない。」
その声には焦りと、深い悲痛が滲んでいた。
「それは……そうですが……。」
私は唇を噛んだ。
「ならば、私も――一緒に行かせてください」
前から思っていたことだった。私の攻撃師としての力を彼のために役立てたい。
だが、ユリウスは当然のようにこれを拒否した。
「だめだ、危険すぎる。
君には、これまで通り屋敷を任せたい。辺境での噂が広まれば、街の人々も動揺するだろう。
君には、この地を安心させる“よう努めてもらいたいんだ。」
そう言われてしまえば、もう何も言い返すことはできなかった。
「留守中を任せるために、というわけではないが
君に渡したいものがあるんだ。」
ユリウスはふと立ち上がり、机の引き出しから小さな化粧箱を取り出した。
箱の蓋を開くと、中には薄緑色に光る小さな宝石が嵌め込まれた、繊細な銀のペンダントが収められていた。
ただの宝石ではない、魔力を持つものにはわかる。この石はなにか魔力を秘めていることが一目で分かった。
「私が不在の間、これを身につけていてほしい。
君が無事でいることが、これで分かるようになっている。……お守りのようなものだ。」
そう言って、ユリウスはそっとそのペンダントを私の首にかけた。
透き通るような新緑の輝きが、ランプの灯りを受けてきらめく。なんだか本当に今生の別れみたいだ。
納得できないと思い私が再び顔を上げると、ユリウスもまた真剣な顔をして私の方を見下ろしている。
「すまない_。君が屋敷にやってきてから、君には苦労をかけてばかりいる。
もし私にこの呪いがなければ、ここまで気負わせることもなかっただろう。」
彼はそう言って思い詰めていた。そんなことを気にする必要はないのに。彼は一見寡黙で冷静そうに見えて、優しいところがある。使用人たちや町の人達に対してもそうだ。それに、私はといえば彼の呪いに対処できるという利点がなければそもそも彼の婚約者になることも無かったので、一概に言うこともできなくて複雑だった。
そんなことを考えているとき、不意にユリウスが私の頬を包みこんで彼の方に向き直らせる。
そのまま顔を少しだけかがめて、私の額に優しく口づけをした。
仰天して目を見開く私をよそに、彼は珍しく少しだけいたずらっぽく笑って
「無事に呪いを解いて君のもとに戻ってこれたら、この続きがしたい。」
そう言って、彼は返答を待たずに部屋を後にしてしまった。




