図書室で資料収集
「すまない、遥々、遠方から嫁いできてくれたというのに……君にはいらぬ心労をかけることになってしまった。これを聞いて、君もここで暮らすことに対して、思うところがあるだろう。」
ユリウスの声は、いつになく静かで真摯だった。
「気に入らなければ、いつでも婚約を破棄して構わない。私もこのまま君と婚約生活を続けるつもりはないし、君が安全なうちに家に帰ることを止めるつもりはない。」
「いえ、それは困ります!」
思わず私は、勢いよく反論してしまった。
「えっと、つまり……そんな、お気になさらないでください
心配なさらずとも、今のところ私に実害はありませんから。」
慌ててとりなして、いい添える。
だって――私には、もはや帰る家などないのだ。
それにユリウスの呪いは、破壊の力を持つ私には通じない。
だから、彼の恐ろしい告白を聞いても取り急ぎ自分には実害がないと思えた。それよりも行き場のない私にとっては、ここを追い出されることのほうが、よほど恐ろし行ことのように思えた。
「しかし、このままではユリウス様が浮かばれません。
なにか、私にできることがあればいいのですが。」
自分に実害はないとはいえ懸念は残る。私は、彼が抱える苦しみを解決できるわけではない。破壊魔法で呪いを解くことまではできない以上、どうすることもできない。せっかく心を打ち明けてくれたのに、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。
少しの沈黙のあと、私は顔を上げた。
「そういえば、この屋敷には魔力に関する書物がたくさんあるとおっしゃっていましたね。
もし許されるなら、私にもそれを調べさせていただけませんか?」
故郷にいたころ、妹は魔法の英才教育を受けていたけれど、
私は“破壊の力を持つ娘”として疎まれ、特にこれと言った教育も受けずほとんど放っておかれていた。
でも、書物を読むのは好きだった。
独学で調べた知識を頼りに、少しでも自分の力を理解しようとしたこともある。だから、ここでも。
せめて何か手がかりを見つけられるかもしれない。
ユリウスは少し考え込んだあと、短く頷いた。
「……構わない。
だが、私も見られる範囲はあらかた調べた。
役に立つものがあるかどうかは、保証できない。」
そう言いながらも、彼は立ち上がり、私を図書室の方へと案内してくれた。
* * *
彼に案内されて、屋敷の奥にある図書室へ足を踏み入れると、そこはまるでコンサートホールのように広大だった。高い天井のもと、壁という壁には所狭しと書棚が並び、無数の蔵書がぎっしりと詰まっている。
「これらの本のほとんどは、もともとこの屋敷にあったものだ。
歴代の城主や領主たちが、世界各国から珍しい書物を集めては寄贈してきたそうだ。」
ユリウスは、広い室内を見回して目を丸くしている私を横目に、淡々とそう言った。
「たしか――魔法や能力に関する蔵書は、このあたりだったはずだ。」
彼が指差したのは、図書室の一角。
そこには、分厚い魔導書や古文書のような本がずらりと並んでいた。
「実は、私……今まで一度も自分の能力について、まともな教育を受けたことがなかったのです。」
フェンネルは、少し恥ずかしそうに打ち明けた。
家では妹ばかりが優遇され、魔法の高等教育を受けていた。一方の私は、力を持たぬ凡人として扱われ、見て見ぬふりをされてきたのだ。だから、これまでの人生で力を使ったのは、実は発動条件などはよくわかっておらず、無意識的に行っていることが殆どであった。
「それは意外だな。」
それを聞いて、ユリウスは少し眉を上げた。
「君は、よく力を制御しているように見える。器用に使いこなすことにも長けているようだから、きっと相当な訓練を積んでいると思っていたよ。破壊の魔力は、使い方を誤ればときに危険を伴うこともあるんだ。」
言いながら、彼は棚から一冊の本を取り出し、私の方へと差し出した。
「これは“破壊”や“攻撃系”の魔力について書かれた専門書だ。
狩人や騎士の訓練用に使われることが多いが――
入門編の章には、力の制御や発動の理論についても詳しく書かれている。君にも役立つだろう。」
「ありがとうございます。」
私は両手で本を受け取り、思わず微笑んだ。
この本を読み込めば、自分の力の新しい使い道が見つかるかもしれない。
「そういえば……ユリウス様が言っていた“呪いの石”や、
あの魔物に関する記述は、この図書室にも残っていないのでしょうか?」
思い出したように尋ねると、ユリウスは表情を曇らせた。
「ああ……それについては、何も残っていなかった。
この石を生み出した魔物に関する記録も、どこにも見当たらない。
私も独自に調べてはいるが、いまだ有力な情報は掴めていない。」
「そう……なのですね。」
「君は心配しなくていい。
今は自分の力をどう活かすかだけを考えるんだ。自分のことは、自分でなんとかする。」
短くそう言い残すと、ユリウスは少しだけ微笑んで、そのまま踵を返し静かに図書室をあとにした。




