公爵の呪い
また別の日、いつものように夕食を終えると、私は突然ユリウスに呼び出された。
今まで彼に私用で部屋に呼び出されることはなかった私は、この間のこともあり、少し緊張した面持ちで彼の部屋の戸を叩いた。
ユリウスの私室は、書斎や寝室が連なった2部屋構造になっていて、意外にも質素でものが少なく、整然としている印象を受けた。しかしよく見れば、質素な中にも飾り気のない上質な調度品がそこかしこに設えられていて、しかもフェンネルの使っている客間とは比べものにならないほど広い。
ユリウスは奥の長椅子に腰掛け、何か書類を読んでいたようだが、私が入ると静かに視線を上げた。
「約束した通り、私も君に打ち明けようと思う。
――私の身にかかっている“呪い”のことについてだ。」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がぴんと張り詰めるのを感じた。たしかに、今までユリウス様の呪いの詳細については聞かされていなかった。町で約束してくれた時のことを覚えていてくれたのだろう。
私は緊張しながら椅子に腰を下ろし、ユリウスの言葉を待った。彼は少しの沈黙のあと、まず自身の出自について静かに語り始めた。
「私は由緒ある公爵家の嫡子として生まれた。
何不自由のない暮らしを与えられ、幼い頃から将来を嘱望されていた。
また、幼いながら魔力の才に恵まれ、国王をはじめ多くの重鎮たちからも期待を寄せられていた。
しかし、私がまだ幼いうちに、父である先代の公爵が病で命を落とした。私が家督を継ぐことになり、そして、父が任されていたこの北の地の統治を、そのまま引き継ぐことになったんだ。」
ユリウスは更に続けた。
「まだ父がこの地を治めていた頃、もともとこのあたりには魔物がはびこり、北の厳しい気候のせいで土地は痩せ、民は厳しい生活を強いられていた。
父は兵を率いて魔物を討ち、やせ細った土地を蘇らせて、人々の生活を取り戻させた。気候は厳しいが、この地の人々は誠実で勤勉だった。人々の暮らしは見る間に豊かになっていった。
私が父の跡をついでこの地を引き継いでからも、彼の教えにしたがいしばらくは平和な日々を享受していたんだ。」
若い頃から当主としての頭角を表して、こうして一人辺境地を開拓して統治するのは、並大抵ではできないことだろう。私が一人感心して聞いていると、ユリウスは腕を組み、わずかに顔を曇らせた。
「だが、三年ほど経った頃、ある異変が起こった。
北の山奥――深い霧に包まれた閉ざされた谷に、“魔物”が現れたのだ。」
_”魔物”、それは国においてそれは災厄をもたらす恐ろしい存在として忌避されている。
”魔物”はよくいう”魔獣”とは異なる。魔獣は、所詮は一般的な野生動物の上位種であり、国内にも広く分布していて、エドワードのようにときに飼いならす事のできる魔獣も多くいる。
魔力を持たない人間でも対処できないものじゃない。でも”魔物”はそれとは別次元のものだ。巨大で強力な魔力を秘めており、軍を率いたり、優秀な狩人によってしか討伐することはできない。
しかし、魔物はすでにこの国ではその大部分が討伐されているはずだった。平和なこの国では、人々は今やそれを脅威だとは思っていない。私もまた、彼にこの話をされるまでは伝説に過ぎないと思っていた。
「もともと、この北方には、かつて王の権威に仇なす者たち――反逆の勢力がはびこっていた。
長き戦の末、彼らは我々公爵家の手で国境付近まで追いやられたが……生き残りがいたようだ。」
彼らはあろうことか、山に潜む強大な魔物と契約を結んだ。そして、恐ろしい魔力をその身に宿し、再び町を襲ったのだ。
我々は兵を率いて応戦した。なんとか追い詰め、反乱を鎮圧することには成功したが――敵の主将であるその一人の男は、我々の予想を超える力を持っていた。」
ユリウスは過去の悲惨な戦いを思い返すようにゆっくりと続けた。
「彼を追い詰め、その息の根を止めたとき――周囲にはびこっていた魔物の呪いが解き放たれた。
それはこの地に疫病や災害をもたらし、人々の命を奪うほどの恐ろしいものだったんだ。」
そう言って、彼はおもむろに懐から何かを取り出した。
手のひらに乗っていたのは、古びて黒ずんだ水晶のような石の塊に見える。
「これは、?」
私が首をかしげると、ユリウスは続けた。
「これは、反乱軍の首領――魔物と契約した男が持っていた“呪いの石”だ。
石には魔力がこめられており、奴はこの石の力を借り、魔力を操って我々の軍を幾度も退けた。
ようやく討ち倒したが……この石とそこに宿った呪いそのものは、打ち消すことができなかった。」
ユリウスは石を掌の上で転がしながら、訝しげに見つめる。
「この石には悪しき力が宿っている。常人が手にすれば、たちまち精神を蝕まれるだろう。
放っておけば、この地に再び災厄を呼ぶ。
私は、この石の力を封じ込めるため、絶えず魔力を注ぎ込んで呪いの拡散をふせいでいるんだ。
だが、その代償として……自らの身に、その呪いを受けてしまう。」
それが、彼の身に起こっている数々の異変のことを指しているのだろうか。
「私に触れた者、あるいは長くそばにいる者は、皆この石の影響を受け、怪我をしたり身体を蝕まれてしまう。皆が私を恐れ、忌避するのはそのせいだ。」
彼の言葉を聞きながら、私は息をのんだ。
故郷での私も、自身の境遇を悲観することがあった。しかし、彼の背負っている重圧や責務の大きさは、私の想像を遥かに超えていた。彼は命と引き換えに、この地を守ってきたのだ。
私が言葉を失って立ち尽くしているのを見て、彼は思い出したように呟いた。
「意外だったのは、君だけがこの石の呪いを受けない例外だったことだ。
君が私に触れても平気なのは、君の“破壊の力”が、この呪いを無意識に打ち消しているからだろう。
だが、それでも危険であることに変わりはない。」
「……なにか、私にお力になれることはないのでしょうか。
もしかしたら、私の力でその石を破壊できるかもしれません。試させてください。」
私はそう言って、彼の持つ石のペンダントに手を伸ばしたが、ユリウスはこれを拒んだ。
「――いや。」
ユリウスは首を振った。
「私も、あれから何度も調べた。だが、これは単なる呪いの“器”にすぎない。
石を壊しても、呪いそのものは消えず、むしろ解き放たれて国中に拡散してしまう。
呪いを根本から絶つには、契約の源となった“魔物”を倒すほかない。しかし、魔物はあれ以来行方をくらましてこの来た後に潜んでいる。
それに私はこの石の封印に力を費やしていて……もう討伐に赴く余力は残されていない。」
「そんな……」
「また、この呪いは治癒や回復の力では癒せない。
私も自分の魔力で試したんだ。呪いは傷や病気とは性質が異なる。怪我は直せても根本的な解決にはならないということだ。」
ユリウスは、静かに視線を落とした。
私もまた、その可能性について考えていた。
妹のような“治癒”の力があれば、と一瞬考えていたので、私は少しだけそっと胸を撫で下ろした。




