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クマの襲撃

「きゃああっ!!」


突然、背後からけたたましい悲鳴が響き、私は驚いて振り返った。見ると、山の斜面の下でメイドが何かに怯えたように立ち尽くしている。


彼女の視線の先を追っていくと、農園の端のほう――そこに、人の背丈の二倍はあるだろう巨大な野生の熊が姿を現していた。熊は作物を荒らしに来たのか、全身を膨らませて唸り声を上げ、メイドを睨みつけている。


「熊を刺激してはだめよ! そこから動かないで!」


私は叫びながら斜面を駆け降りようとした。しかし、メイドは恐怖に駆られてフェンネルの声など耳に入らない様子で、踵を返すと来た道を目散に走り出す。それを見た熊が、怒りに満ちた咆哮を上げて彼女を追いかけていった。


(このままでは危ない……!)


フェンネルは咄嗟に手を前に差し出し、魔力を発動した。近くにあった栗の木のその一本に向かって衝撃波を放ち、木を粉砕する。


「バキバキッ!」と衝撃音があたりに響いて、メイドを追いかけていた熊が動きを止めた。そして今度はフェンネルの方へと振り向いた。巨大な熊は、今度は私に狙いを定めて突進してくる。


私は一瞬迷った_。

もし、ここで下手に能力を使えば熊を殺してしまうかもしれない。攻撃師としての能力について学んだからと言って、私はむやみに力を破壊や殺生のために使うのは反対だった。また今回の場合、やりようによってはクマだけでなくメイドやものを巻き込む危険もある。


(慎重に対処しなければ_。)


私は神経を集中させたさせて両手を掲げた。熊が目前まで迫り、そして二足で立ち上がり、前足を振り上げたその瞬間、私は再び衝撃波を放った。


「ドスンッ!」


轟音とともに、熊の体が後方へ吹き飛んだ。

巨体は斜面を転がり落ち、土煙を上げながら谷の方へ消えていく。


私が魔力を調整して放ったため、熊は後ろに弾け飛んだだけで致命傷には至らなかったようだ。転がって延びていた熊はしばらく呻いていたが、やがてのそのそと起き上がり、そのまま一目散に森の奥へ逃げていった。


「なんとか助かったわ…。」


私は安堵して大きく息を吐き、次に逃げていったメイドの安全を確かめようと辺りを見渡した。出口の方では、どうやら転んで気を失ってしまったのか、メイドがのびて倒れていた。


「_大丈夫? 怪我はない?」


私はそう言って自分も斜面を降りて様子を確かめようとした。だがその瞬間――足元の木の根に足を取られ、バランスを崩す。


「きゃっ!」


そのまま体勢を崩して斜面を転がり落ち、頭を打ったまま自分も気を失ってしまった_。


* * * 


「__フェンネル、しっかりしろ。」


はっと目を開けると、眼の前になんだか見覚えのある顔が至近距離に迫っている。


「ユ、ユリウス様!?」


驚きのあまり身を起こそうとして、私は再びバランスを崩してしまった。よく見れば、ユリウスは倒れていた私を抱き起こした状態で、心配そうに顔を覗き込んでいた。


「ど、どうしてあなたがここに……?」


気が動転していた私は、状況がうまく掴めず尋ねた。

確か、彼はしばらく外遊に出ていたはずではなかったか_。


「ああ、さっき屋敷に戻ってきたところだった。それで、君が裏山に行ったと聞いて探しに来た。

 一体何があった? メイドも入口の方で気を失っていたようだが。」


その言葉でようやく、熊が出没した件を思い出した。

私は記憶をたぐりながら、ユリウスに先程起こったことを話して聞かせた。


「まったく……こんなところに女二人で来るのは危険すぎる。誰か森番か護衛を連れて行くように言われなかったのか?」


「ご、ご心配をおかけしてすみません……。」


ユリウスは眉間に皺を寄せ、心配そうに私を見下ろしているが、その横で私は、彼がこんなにも至近距離にいることに動転していて、しどろもどろに答えるしかなかった。


「全く_。見たところ、大きな怪我はないようだが……立てるか?」


ユリウスはそう言って、私の腕を支えながらそっと立たせようとした。しかし、足に力を入れた瞬間――ぐらりと体勢を崩してしまう。


「いたっ……!」


立ち上がろうとした瞬間、くるぶしのあたりに激痛が走った。どうにも立ち上がることができないでいる私を見て、ユリウスは心配そうに眉をひそめる。


「やはり足をくじいているようだな。――捕まって。」


そう言うや否や、ユリウスは私の肩と膝の下に腕を回し、そのまま軽々と抱き上げた。


「わ、わわっ!? な、なにをなさるのです!? 

 私、立てますからっ!」


抱え上げられたままの私は顔を真っ赤にして慌てふためくが、彼はしっかりと私を抱きとめたまま離さない。


「じっとしていろ。

もう一度、地面に叩きつけられたいのか。」


低く抑えた声でそう言われ、私は言葉を失った。

密着しているので、私のけたたましい心臓の音が彼に聞こえてしまわないかヒヤヒヤした。


まりに動転していたので、一瞬だけ彼に能力を使って物理的に距離を距離を取れないか。という良からぬ考えが頭をよぎったが、そんなこと彼にできるわけがない。


私は諦めて顔から火が出そうなほど緊張しながら、私はユリウスの腕の中でおとなしくなり、そのまま屋敷へと運ばれていった。


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