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死闘 #1

 

 あの日。

 無様に逃げ、そして復讐を誓ったあの日から何日が過ぎたか。

 数えきれないほどの勝負に勝利し、

 数えきれないほどの骸を重ねた。


 飽きることはなく、ただ一心不乱に私は駆け抜けていた。

 思うに、こういった目標に向かってがむしゃらに走ることが得意だったのかもしれない。

 思い出すことの無い前世を瞼の裏に浮かべる。

 今しがた仕留めた獣の肉を裂きながら、僅かに目を細めた。


(だが、このままでは、な)


 戦闘に飽きることはない。

 しかし、今感じている停滞感は無視できない。

 あの日から幾分か強くなっているはず。

 レベルアップも、感覚としてはしているはずだ。


(それでもまるで届いている気がしない。

 あいつどころか、ボスにも勝てないだろう)


 強敵が望ましい。

 命の瀬戸際。そこで張り合えるほどの強敵が。


 無論、死にたいわけではない。

 だがそうしなければならないだろうと、直感で理解する。


(いるはず、なんだよなぁ・・・)


 森の奥から感じる気配は濃い。

 それを頼りに彷徨っているわけだが、一向に出会うことはなかった。

 あるいはこれだけ暴れたのだ。向こうから来ても良い頃だと思うが、


(うぅむ。この一帯に来てから15日ぐらいか?

 主的な存在だったら、よそ者が暴れているのが気になると思ったんだが・・・)


 それとも小虫は気にしないと。

 私のような存在は歯牙にもかけないか。

 フン、と鼻を鳴らす。


(それだったら構わない。

 油断しているなら、そこを突くだけだ)


 勝負はしたい。

 技量を高めるためには実践に勝るものはないだろう。

 しかしそれはあくまで副次的なものに過ぎない。


(喰えれば良い。その血肉、魂の一片すら私の力にする)


 獣を食い切り、口の端についた血をこそぐ。

 地面に広がる血の池に、骨や内臓は一欠けらもない。

 ───腹はまだ満たされない。


(次だ───)


 地を蹴り、駆けだす。

 まだ見ぬ強敵を求め。

 奥へ、さらに奥へ。


(徐々に濃くなってきたな)


 足を止め、周囲を見渡す。

 植生に変化はない。しかし纏う雰囲気が変わりつつあるのを感じる。


(聞こえてくる息遣いも少なくなってきた)


 ようやくかと舌打ちする。


(随分奥にいやがる・・・まぁ、王様は城の真ん中にいるもんか)


 更に奥へと進んでいく。

 そこに先ほどまでの速度はない。

 何が来ても良いように構えつつ、慎重に、されど臆することなく。


(───ッ!?)


 やがて見えてきた影。

 白い体毛に覆われ、黒い肌の顔だけが見えている。

 筋骨隆々とし、短い後ろ足と長い腕で体を支えた姿はゴリラに近いだろうか。

 決定的に違うのはその腕が左右で4本あることだが。


(いや、違うな)


 背筋を伝う悪寒は、標的はもっと奥にいると知らせてくる。


(だが、強い。間違いなく)


 長い息を吐き、膝を曲げる。

 殺気を感じ取ったのか。ゴリラが不意に顔をあげる。

 場所までは察知できなかったのだろう。完全に違う方向を向いていた。


「───ッ!」


 瞬間、弾丸のように飛び出す体。

 ゴリラが慌てて振り向き、腕を振るう。

 しかし遅い。わずかに振り上げられた拳は振るわれることなく、その肩から根元をえぐり取られた。


「GhooOOOOO!!!」


「GhaaAAAAAAA!!!」


 絶叫を上げ、逃げるように駆けだしたゴリラに、容赦なく拳を振り下ろす。

 果物が割れたような水っぽい音とともに、血肉が散る。

 頭部を割られたゴリラは不自然に体を震わせ、地面に倒れた。

 一瞬で死体となったそれに、私は躊躇うことなく牙を突き立て貪る。


 血で喉を潤し、肉で腹を満たすことにも慣れてきた。

 日々人であった頃の意識が薄れていくのを感じつつ、私はひたすらに喰らう。


(もっとだ・・・もっと・・・)


 なぜこれほど固執しているのか、正直自分でも分かっていない。

 ただ胸の奥からどす黒い欲望が、際限なく湧き出るのを感じる。


(───)


 血の匂いにつられてか、木の陰からのそりと狼に似た奴らが出てくる。

 2匹、3匹と次第に数を増やしていく狼は、私を取り囲むように構えていた。

 ちぎった腕を放り捨て、私は低く唸る。

 呼応するように狼は毛を逆立てながら唸り声をあげた。


 こういった連戦は珍しくない。

 よくも悪くもこの森にいる獣どもはそろって戦闘好きだ。

 雄たけびを上げ、駆けだす。

 迎え撃つかのように、狼どもも飛び出してきた。


 最初の1匹目を虫のように払い落とす。

 2匹目。足を振り上げ顎を砕く。

 そのまま振り上げた足を下に。足についた血肉が周囲に振り撒かれ、後続の足を僅かに止める。


「───ッ!」


 前へ拳を突き出す。3匹目の頭蓋を粉砕する。

 技も駆け引きもない。文字通り獣の如き動き。

 この体は便利だ。頑丈で傷つきにくく、威力も乗りやすい。

 振るわれる拳が脚が、敵の体の一部を容易く貫き、砕く。


(もっとだ)


 血の嵐を巻き起こしながら、その中心で吼える。

 これでは足りぬと。


(もっと強敵を───!)


 強くならなければ敗ける。

 強くならなければ奪われる。


「GhuOOOOOOO!!!」


 気付けば狼たちの姿はなく、辺りには血の匂いが充満していた。

 足元にあった肉を無造作に口に入れる。

 不味い。何度喰っても慣れることはないだろう。


(あいつらは美味そうに食ってたんだが・・・)


 同じ種族で味覚が異なるのだろうか。

 それは人も同じかと嘆息し、ひたすら貪る。


 戦闘で息が上がることも少なくなってきた。

 着実に力はついてきている証拠だろう。


(ま、全然足りないんだが)


 少女が作り上げたあの光景を思い出し、腹のうちからせり上がってきたナニカが食欲を止める。

 グッと奥歯を噛み締め、無理やり肉とともに腹の奥へ押し込む。

 ガツガツと。

 いつしか不味いという感想も消え、ただ腹に収める作業に没頭する。


 散らばっていた骸はものの数分で消えた。

 顎についていた血を拭い、森の奥へ目線を向ける。

 この状況になってもなお揺らぐことなく感じられる不気味な気配。


(さて・・・)


 時間は夕暮れ時。

 敵も腹が減った頃だろう。


(夜飯になるのはどっちか・・・)


 長い息を吐き、伸びを1つ。

 準備運動は十分だろう。

 森の奥へ進むほど気配が濃くなってくる。

 同時に、進むごとに自身の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。


 知らず力が籠められていた拳を開閉する。

 柄にもなく緊張しているのか、と鼻を鳴らす。


 こんな状況でもなお森の見せる顔は変わらない。

 夕焼けが木肌を照らし、赤茶に染め上げる。

 鳥の声は聞こえなくなった。間もなく巣に帰り、寝る準備を整えるのだろう。


 開けた場所に出た。

 オレンジに染め上がったその場所で、それはいた。

 狼だった。さきほど戦闘したものとは比べ物にならないほど大きく、禍々しかった。


 夕日に照らされ黄金に輝く双眸がこちらを射抜く。

 黒々とした毛先からは確かな殺気が漏れていた。

 狼が立ち上がる。自身のテリトリーに入ってきた侵入者を排除せんとすべく動き出す。

 四肢を伸ばした姿は私より頭一つ分大きい。


 黒いモヤが狼の全身を薄っすらと覆う。

 戦闘体勢に入ったのだと直感で理解した。


(最低限、敵には見られてるか・・・)


 良いことではある。死闘とはかくあるべきだ。

 湧き上がる高揚感。ドクン、と身体の内側が大きく跳ねる。

 別段、戦闘狂と言うわけではないはずだが・・・


(───)


 静かに構える。構えは我流だ。

 片方の拳を前に、片方の拳を後ろに。頭の中にあった、どこかで見たことのある構え。


 合図はない。

 両者が跳ね、互いの武器を振るう。

 拳と爪が交差するも結果は瞭然。

 拳が砕け、視界の半分を血が覆う。

 それは敵も同様。狙いが一瞬、定まらなくなる。


 ここだ。すぐさま判断すると砕かれた拳とは別の拳を振るう。

 掬い上げるような一撃。アッパーとでも言うのだろうか。寸分たがわず狙いに打ち込んだ拳は顎を砕くとまではいかず、身体を大きく震わすに留まる。

 しかしそれで十分。狼はこの瞬間、身体を満足に動かせない。


 再生した拳が敵の頬を打つ。

 体勢が崩れた。畳みかけるならここだろう。

 追撃の構えを見せたその瞬間、ゾクリと背筋に悪寒が伝わる。


(───ッ!?)


 かわすことは出来ないだろう。急所だけでも守ろうと咄嗟に身体を丸める。

 横腹への一撃。鼻から息が漏れる。

 そこまで威力は無かった。しかし、攻撃の正体が分からない。


(見えなかった!?速い───いや違う!)


 感じた重さは肉のそれではない。

 空気を固めた一撃だろうか。漫画などで見たことあるが、現実に起こり得るとは・・・


(いや、今更だな)


 思考を切り替える。

 今の一撃で両者の距離が離れた。

 攻撃を受けた箇所に触れつつ、狼の周囲にも視線を配る。

 何かヒントはないかと探すがそれらしき痕跡はなかった。


(だが効かないなら問題ない───このまま押しつぶす!)


 振り抜かれた拳を最小限の動きでかわす。

 さらに身体を半回転させ、敵の側面へ。

 息を吐くと同時に拳を前に。肉を叩く衝撃が伝わる。

 同時に不可視の一撃が頬を叩く。体が僅かに傾くも、怯むほどではない。


 地を蹴り、更に前へ。

 握っていた拳を開き、敵の皮膚へ爪を食い込ませる。

 その直前で狼が大きく身体を捻った。振るわれた尾が一瞬のうちに迫る。


「Ga───」


 防御する間もなく、尾の一撃を受けた身体が吹き飛ばされる。

 ダメージはそこまでない。急いで立ち上がる。

 同時に振り下ろされた爪。振り上げた拳で側面を叩き、攻撃を逸らす。


「───ッ!」


 短く息を吐く。足をボールを蹴るかのように振り上げる。

 つま先が僅かに毛先を捉えた。かわされたと判断するのは一瞬。すぐさま次の攻撃に転じる。

 攻撃手段は殴る蹴るの二種類のみ。リーチの差は歴然で、体術なんてものはありはしないので、そこは無理矢理ねじ込む。

 致命傷だけは避け、それ以外の傷は無視する。

 再生力に頼る戦い方は、はたから見るに汚いが、自身の強みを活かさない理由もないだろう。


 爪が、牙が。私の身体を抉る。

 痛みには鈍い身体だ。多少の傷もすぐさま治る。

 お構いなしに殴りつけてくる私の姿は敵にどう映っているだろうか。


「OhuooooOOOO!!!」


 狼が一際大きく叫ぶ。

 同時に奴の影が急に伸びてきた。


「───ッ!?」


 完全に予想外の一撃。

 不意をつかれた私の体を、質量を帯びた影がいくつも貫く。


「Gu───ga───」


「GhoOOOOU!!」


 攻撃の手を止めた私に、狼は好機と飛び掛かる。

 距離は数メートル。

 刹那の判断。


 目前まで迫った狼の顔へ、こみ上げた血を噴きかける。

 視界を奪われた一撃は命までは届かず、私の耳元を僅かに抉るだけ。

 ここだと、私はあらん限りの雄たけびを上げて拳を振り上げた。


 バガン!と岩が割れたような音が響く。

 私の体を貫いていた影が消え、自由を取り戻す。


 すぐさま私は狼の下へ駆ける。

 視界は定まっておらず、足元もふらついていたがそれでも奴は生きている。

 とどめを刺す。

 思考が殺意に塗りつぶされる。

 音が鳴るほど拳を握りしめた。


「GhaaaAAAAAAA!!!」


 咆哮ののち一閃。

 放たれた拳は狙い違わず敵の胸を穿つ。

 僅かな静寂。そして、


「Go───fu───」


 巨体が震え、口から大量の血が溢れ出てくる。

 貫いた腕が支えとなり、倒れることは許さない。


「───ッ!」


 頭から血を被りながらも私は動くことなくいた。

 これを抜いたら反撃がある。

 命の散り際にしてなお、目の前の獣からはそれだけの気配を感じていた。


 やがて頭上から聞こえていた息遣いも無くなり、ゆっくりと腕を抜く。

 重い音とともに巨体が倒れこむ。

 それを見下ろしながら、そこでようやく私は自身の呼吸の荒さに気付いた。


(思っていた以上に疲弊しているな)


 その場で崩れ落ちるように座りこみ、自身の具合を確かめる。

 癒え切れていない外傷がいくつも見られるが、大きなものはない。

 異常なまでの治癒力に感謝しつつ、先の戦闘を振り返る。


(久しぶりの激闘だった)


 そもそも傷を負うことすら最近ではほとんど無かった。

 間違いなく強敵と言える相手だった。


(あの不可視な攻撃の正体は影による攻撃だったか・・・この世界特有のものなんだろうな。

 魔法、って言えばいいのか?

 しかし人間だけじゃなくて獣?まで使えるのか)


 あれが普通の獣ではないことは明らかなのはさておき。

 人が持つ特有の技能でないことが分かった。

 誰もが使える力、ということであればこの先注意が必要だろう。


(だがボスは使ってなかった。

 何かしら特別な才能が必要なのか?適性みたいな)


 思えば人間たちが襲い掛かってきたときも使っている奴といないやつがいた。

 ・・・はずだ。


(使えるようになると強くなるような・・・うーむ)


 無いものねだりをしても仕方ない。

 息を吐き、思考を切り替えて巨体の方へ目を向ける。

 さてどこから手をつけようか。ある程度美味しいと良いんだが。

 そんなことをぼんやりと考えていた時だった。


「───ッ!?」


 不意に。

 夕暮れの中に影が差す。

 咄嗟に視線を頭上へ向けた。


 何かが上を通った。

 巨大な。とてつもなく巨大な何か。


 残り僅かな体力を振り絞り、付近の木を蹴り上がる。

 頂上までついた私は、そのまま彼方の方───影が消えた先へと目を向けた。


(あれ、は───)


 視線の先に見える大連峰。

 雲すら突き抜けて聳え立つその姿に向かって進む一つの影。

 すでに距離は離れ、その全容を見ることは叶わない。

 だが、それでもなおその影を見ることが出来るということ───すなわちそれだけの巨体を持つということ。

 そして感じることのできる圧力。


 肌が粟立つ。

 相手はこちらを視認していない。意識すらしていない。

 にも関わらず呼吸が乱れる感覚。


 瞬間、自身の中で何かのスイッチが入った音がする。


 あれがあの少女よりも強いかは知らない。

 しかし、勝つことが出来れば間違いなく遥か高みへ昇れる。


 死にたいわけではない。


 戦闘が大好きというわけでもない。


 目的は少女に勝つという下らなくも壮大なもの。

 それだけのために、今は生きている。


(行くか)


 お前がどう感じるかは知らんがな。


 相手にとって不足はない。




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