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目覚め #7

 

(嘘、だろ・・・)


 目の前のその光景は、あまりにも信じ難いものだった。

 ボスが振るう一撃は、まさに災厄そのもの。

 風を”業”と唸らせ、周囲の木々を粉々にする様子は味方であっても畏怖するものだ。


 それに相対するのは、少女といって良い見た目の体躯。

 華奢な腕はとてもではないが、ボスの一撃を耐えれるようなものではない。

 にもかかわらず、


(かわす、どころか受けてやがる・・・あっちも化け物か)


 一合目。

 ボスが振るった大剣を少女が持っていた剣で受ける。

 黄金の剣はそれだけで灼熱を宿しているのか、ボスの大剣を容易く溶かした。

 相当の衝撃であったはず。だが少女の身体には微塵の揺らぎもなかった。


 二合目。

 代わりにと振るわれたボスの爪。

 それを最低限の身のこなしでかわした少女は、返す刀でボスの腕を斬りつける。

 咄嗟にかわしたものの浅く斬りつけられたそこから煙が立つ。

 流石に他の奴等とは違い、即座に灰になることはなかったものの斬りつけられた部分は痛々しく炭化していた。


 三合目。

 ボスの一撃が地面を砕く。

 ひらりと身を捻り、今度はボスの頭部に脚を叩き付ける。

 巨体であるボスの身体が傾く。間髪入れずに振るわれる剣。

 合わせるようにボスは地面をえぐり取り、大量の土砂を叩き付ける。

 一瞬で熔解した土砂が赤々と彼女の周りで散る。

 振られた剣は空を切る。今の一瞬でボスはその場から離脱していた。


 両者が再び対峙する。

 初めとは違う、明らかな警戒の目でボスは眼前の少女を睨みつけていた。


(勝てるか?)


 マジの化け物だ、と冷や汗が垂れる。

 今の一連の動きの中で、少女は息切れ1つしていない。どころか、まだ余力があるようにさえ見える。

 どうするか、そんなことを考えていると、


「「「オォォオオオオオ!!!」」」


 奥の方から響く鬨の声。

 圧されていたはずの人間たちだったが、少女の登場により完全に息を吹き返していた。

 呆然としていた化け物たちも慌てて応戦する。

 しかし完全に動揺していたため、動きが緩慢になっていた。

 1匹、1匹と何もできないまま沈んでいく。


(不味いな───ッ)


 内心で舌打ちをしつつ、どうするべきかを考える。

 あの2人の戦いに混ざるべきか否か。


(アイツは・・・強いな。だが2人がかりなら、あるいは)


 そんな思考を他所に、対峙していた2人の戦いが再開する。

 周囲の者たちも巻き込まれまいと、その場所から離れる。

 援軍はすぐには来ない。というか割って入ることは出来ないだろう。

 ならば、


(行く───)


 その瞬間だった。

 ゾクリと背筋を走る悪寒。

 直感に身をゆだねて、大きく後ろへ飛ぶ。

 直後、


「───ッ!?」


 轟音が響き、何かが目の前に落ちてくる。

 砂煙が立ち込め、思わず目を細めると、


 ニュッ、と


 砂煙を破り、突き出された剣先。

 ギリギリ顔を傾け、回避に成功する。

 剣と共に現れたのは大柄な男の姿であった。


(コイツ───ッ!?)


 攻撃をかわされた男に動揺はなく、飛び出してきた勢いのまま身体を叩き付けてくる。

 身体が吹き飛ばされる。何とか両足で着地したものの想像以上の衝撃で、思わずむせた。

 口の端から垂れた唾液を拭い、敵を観察する。


 全身が鎧で覆われており、辛うじて顔だけ露出した格好。

 鈍色の鎧は見るだけでその頑強さを表しており、生半可な攻撃は通用しないことが窺える。

 脚ほどの長さのある剣の先を後ろに下げて構える姿は、素人目線ながら堂に入っているものだと分かった。


「■■■■■!■■■■■■■■■■■!」


 男が視線はこちらに向けたまま、何かを怒鳴る。

 うっすらと笑いを浮かべていることから、明らかな挑発だと分かった。

 分かってはいるが・・・


(チッ───)


 男はこちらを逃がす気がないのは明白。

 挑発されなくても挑むほかないだろう。

 こちらも姿勢を低くし構える。


「GaaAAAAAA!!!」


 大地を蹴り、飛び込む。

 男は一転、驚愕の表情を浮かべ私の一撃を大剣で受ける。

 拳と大剣がぶつかり、ガツンと大きな音が響く。

 更に一撃。空いた手に握られていた剣を振りぬく。


「■■■■■!」


 男が何かを呟く。

 同時に振り抜かれた剣が男の身体に叩き付けられる。

 斬る目的ではなく、叩くため。

 何せ全身鎧だ。衝撃は殺せないだろう。


 鈍い音が響き、男の身体が後方へ飛ぶ。

 しかし、ダメージは無かったのか。男は両足で着地し、こちらを強く睨みつけていた。

 先程まであった余裕さが消えていたのが唯一の成果だろうな、と内心でぼやく。


(そして、負けない相手であることも分かった)


 スピードはこちらが上。

 さっき受けた攻撃から考えて、膂力もこちらが上。

 あとは奴の耐久力とあの謎パワーがどれだけなものか。


「■■■■■!■■■!」


 仲間の1人だろうか。

 こちらに寄ってきたそいつを男は片手で制し、再び構えを取る。

 どうやら一対一がご所望らしい。


(ついている、というべきか)


 勝てると思われているならそれで良い。それはこちらも同じなのだから。

 だから油断はしない。あの謎パワーが人間の力を劇的に上げるのは知っている。

 構えることもなく、再度駆ける。

 先程よりも速く、男の元へ到達した私は拳と脚を振るう。


 この鎧の前ではあまり剣は使えない。

 拳なら多少砕けても、この身体の再生力ならすぐに復活する。

 有難いことに痛みも感じることはなかった。


 乱打を前に男は防御態勢を取らざるを得ない。いや、あるいはそれが彼の策か。


(息切れ狙いか?生憎と走り込みは毎日やっていてな───ッ!)


 振りぬいた拳が男の防御をすり抜け、腹部に当たる部分を強かに打ち付ける。

 無論、鎧阻まれその一撃は胴には届かない。

 それでも衝撃は伝わり、男は小さく声を漏らす。


 いける、そう確信した私は更に攻撃を速め、


 ───次の瞬間、身体が宙を舞っていた。


「───ッ!?」


 背中から地面に叩き付けられ、衝撃が肺を潰す。

 咳き込みながらも、急いで膝をついて痛む身体を無理矢理起こす。

 何があったと視線を男へ向けた。


 鎧を着こむ男の姿に変化は見られない。

 しかし、身にまとう雰囲気が明らかに変わっていた。

 というより、何と言うべきか


(オイオイオイ。マジでファンタジーだな)


 男の身体から立ち昇っていたのは青いモヤ。

 青く揺らめくそれは、まるで炎を思わせるものであった。


「■■■■■■■■■■■・・・」


 男が何かを語りかけてくる。

 相変わらず分かんねぇよと内心で吐き捨てた。


(漫画とかで見る化け物に語りかけるシーンがあるが・・・まさか化け物視点が分かるとはな)


 そんな下らないことを考えつつ、拳を構える。

 息を1つ吐き、男へ詰め寄る。

 拳を振るう。呼応するように男もまた拳を振るう。


 ぶつかり合った瞬間は一瞬だけ。


 結果は、予想外のものだった。


(嘘、だろ───ッ!?)


 手首から先。

 その部分が、まるで爆ぜたようになくなる。

 驚愕のまま、身体が吹き飛ばされる。

 これまでのどの一撃とも違う、確かなダメージがあった。


「───ッ!?!?」


 強い。

 シンプルな一撃だからこそ感じた男の強さ。

 隠していたのか、あるいは何か条件があるのかは定かではない。

 しかし、これまでの思考を書き直すには十分すぎるもので───


(ク───ッ!?)


 いつの間にか追いついていた男が手にした大剣をこちらに向けて振るう。

 横へ飛ぶ。轟音が響き、割れた土砂が体に叩き付けられた。

 転がりながら、腕の様子を見る。

 既に再生が終わりかけており、指も動く。


(マジで強ぇえ!油断していると一瞬で持っていかれる!)


 余力を残している場合ではない。

 長い息を吐き、四肢に力を籠める。

 ビキビキと音が鳴り、力が満ちるのを感じた。


「GhoOOOOOO!!!」


「オォオオオオオ!!!」


 雄叫びを上げた両者がぶつかり合う。

 拳と大剣がぶつかるも、今度は砕かれない。

 膂力はほぼ同等か。両者の身体が後ろへ揺らぐ。


(な、めんな!)


 踏ん張った足に伝わる力をそのまま勢いへ。

 もう片方の拳を振るう。

 咄嗟に剣から離した手で受けられる。衝撃で男の身体が揺らいだ。


「OooOOOOOO!!!」


 拳が男の身体を捉えた。と同時にこちらも衝撃で身体が浮き上がる。


(蹴りか───ッ!?)


 体勢が悪かったのかそこまで威力はなかった。

 しかし、間合いを離すには十分。

 数歩分の隙間があれば、体勢を整えるには十分だろう。


(奴の防御を破る!)


 再生力に物を言わせ、雄叫びを上げながら遮二無二に拳を振るう。

 男から放たれる一撃が私の肩を砕く。お返しと、男の胸部を叩く。

 大剣がかすめる。伸ばされた腕を側面から叩く。

 放たれた蹴りをかわし、こちらも頭部へ蹴りを入れる。直後に顔面を打ち据えられる。


(タフな奴だ───ッ!?)


 この身体の再生力も無限というわけではない。

 このダメージを受け続ければいずれ限界が来るだろう。


 鎧には先ほどから何度も攻撃を加えているものの、僅かなへこみ程度で壊れた部分はない。

 その異常なまでの頑丈さに舌打ちをする。


(岩程度なら砕けるんだが・・・流石に鉄は無理か?)


 あるいはこれもまら不思議な力由来か。

 曲がった鼻を治し、ペッと口に溜まった血を吐く。

 痛みには慣れている。折れた指も既に完治していた。


 チラリと、ボスの方へ視線を向ける。

 戦いは激化しており、辺り一帯はもはや荒野と化していた。

 すでにいくつも斬られた跡があり、身体のあちこちから煙を出している。


 対する少女はまるで無傷。

 赤く、紅い髪を揺らしながら剣を振るう姿は、敵ながら美しいと思わせる程であった。


(不味いな・・・)


 他方では化け物たちが人間と戦っている。

 人間たちも数を減らしていっているが、それよりも明らかにこちら側の減るスピードが速い。


 たった2人の登場。

 それだけで、場が完全に人間側に支配されていた。


(いや、それはこちらも同じだったか)


 私とボス。

 その登場で場の流れはこちらのものだった。

 あの少女と、今目の前にいる男が私達よりも強いだけ。

 それだけだ。


 なんて、


(分かっていてもむかっ腹が立つな───ッ!)


 駆ける。拳を振るう。

 今出来ることはそれだけだ。ならば、全力でそれに費やす。


「■■■■!■■■■■■■■!」


 男が叫び、大剣を振るう。

 風を唸らせ迫るソレを逸らし、返答の拳を振るう。


 2度、3度と。

 拳と剣が交差する。

 身体を襲う攻撃が次第に弱まってきている。

 男の息が徐々に上がってきているのを感じた。


(いける───ッ)


 身体のあちこちを切り裂かれながらも、致命的なダメージはまだない。

 このまま押し切る、そう思った時だった。


「OhhoooOOOOOO!!!」


「───ッ!?」


 一際大きな雄たけび。

 音がした方を横目で見る。

 それが怒号ではなく、悲鳴であることを理解した。


 剣を振り上げた姿の少女。

 対して右腕の先を失ったボスの姿。

 勝負が決したのだと、直感が告げる。


(不味い───ッ)


 意識がそちらの方に向いた瞬間、頬から伝わる鈍い衝撃。

 身体が大きく吹き飛ばされ、その直後。


「───ッ!?」


 身体の上に叩きつけられる土塊。

 衝撃で意識が飛びかける。


「■■■■■■■■!」


「■■■■■■!■■■■■■■■■■■■!」


(ク・・・ソ───ッ)


 視界の端では、まだボスと少女の戦闘は続いている。

 しかし、それももはや長くは続かないだろう。


 少女の剣が振られるたびに、ボスの体に刻まれる痕。

 巨岩をも思わせるボスの肉体であっても、彼女の攻撃の前に意味をなさないのか。


「GhooOOOOO!!!」


 振り下ろされるボスの拳。

 その下を縫うように、少女は体を横に折り、剣を振り上げる。

 腹の斜め下から肩口にかけ、新たに刻まれた痕。

 血は流れず。代わりに尋常ではない量の煙が上がる。


 少女と目が合った。


 いや、少女との距離はかなりある。ただの錯覚だ。

 それは分かっている。


 だが、その瞬間背筋を走った悪寒。

 そして脳裏をよぎる単語。


 負ける。


 判断は一瞬だった。


 全身に力を籠め、体を起こす。

 そして、迷いなく私は後方へ向けて駆けだした。


「■■■■■■■■!■■■■■■■■■■■■!」


「■■■■!■■■■■■■!」


 人間たちが何かを叫びながら追ってくる。

 だが───


「Ghow!!Luwf!!」


 周囲に向かって吼える。

 それを合図に飛び出してくる部下たちが、思い思いに追いかけてくる人間に向かって飛びかかっていく。

 この戦いが始まる前に待機させていた部下たちだ。

 飛びかかる化け物を相手取るために立ち止まる人間たち。

 その間も私はひたすら走り続ける。


(逃げるために使うとは───)


 走る。走る。走る。

 命令を忠実に守り、後方へ駆けていく部下たち。

 背後から聞こえる人間たちの悪態と剣撃が次第に遠のいていく。


 それでも安堵はない。


「fu───fu───」


 休むことを考えるな。

 追いつかれれば死。ただそれだけを考える。


 音がどんどん遠ざかっていく。

 それでも足を止めない。


 走る。走る。走る。

 がむしゃらに。意地汚く。


 その日、私ははじめて敗北した。








 ◇◆◇








「クソッ!完全に逃げられた」


「やられたな。まさかあんなに伏兵がいたとは・・・どうする?」


「・・・追う。とりあえずは。あとは国に依頼して懸賞金をかけるぐらいだな」


「まぁ、そうなるか・・・しかし、こいつらは何者だ?」


「緑色の化け物。しかも───チッ。人を犯しやがるクソッたれどもだ。

 見たことも聞いたこともねぇ」


「・・・さっき巣を掃除してきた。

 ・・・ヒデェもんだったよ。久しぶりに胸糞悪い光景を見せられた」


「・・・依頼人の娘は?」


「・・・」


「そうか・・・一番デカいやつの死体は?」


「ギリギリ原型ってところだ。

 そういう意味では彼女は不適だが・・・正直いなければ詰んでいたな。

 実際戦ってみてどうだった?」


「・・・他の個体はそうでもない。

 だが俺が戦ったやつ。あいつは滅茶苦茶強い。

 ここで逃がしたことを将来後悔するかもしれない、ってぐらいには。

 ・・・だが、()()ほどかって言われるとそうでもないな」


「”色冠(イーリス)”か・・・いや、まぁあれは別格だろ。

 あのデカイのを一人で倒しきる奴だぞ?」


「まぁ・・・それもそうだな。

 さぁて。こっから後処理か」


「・・・随分死んだな」


「・・・あぁクソほど実入りの悪い仕事にもなった。

 あれを使ったせいで数日は動けなくなるだろうし。

 最悪だぜ」


「ハッ───リーダーは大変だな」


「うるせぇぞ副リーダー。

 ・・・はぁ、行くか」



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