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目覚め #6

 

 知りたいことは山ほどある。

 次の日から早速行動に移した。


 まずはレベルアップについて。

 奥に転がっていた繁殖用の人間を1体食べてみる。

 それは私に腕をかみ砕かれても声を1つ上げることはなかった。


 咀嚼し、嚥下する。

 しばらく待つも、特に自身の身体に変化は見られない。

 無駄にしてしまったと、冷たくなった死体を担ぎ、外へ出る。


(まぁついでだ)


 死体を横へ置き、腕に力を籠めて土を掘り起こす。

 まるで豆腐を砕くように地面が掘り進められる。


(凄まじいな・・・)


 とんでもないほど力が強くなっているのを感じる。

 出来上がった穴に死体を放り込む際も、土をもとに戻す際も、全くと言って良いほど疲労は感じられなかった。


 ついでいつものトレーニングをこなす。

 これもまた、いつもの倍以上をこなしても尚体力と時間が余っていた。


(パワーだけじゃなくてスピードも上がっている。マジでレベルアップだな)


 ここまで劇的に変わるとは正直思っていなかった。

 同時に疑問が浮かぶ。


(俺はここまで強くなった。が、他の奴等は?)


 幹部連中は明らかにレベルアップを経験した奴等だろう。

 しかし、正直奴等を強者と思ったことはあまりない。

 初期の頃ならいざ知らず、負けることはないと感じられるほどの強さだった。


(隠している・・・いや、そこまでの知能はないはず)


 となると明確に違う点が1つ。


(人間を食べたかどうか。それもただの人間ではなく、戦士のような)


 そして、ボスにはその経験がある。


(ボスは人間を知っている。そうなると今までの行動に説明がつく)


 自分が表に出ない理由。

 住処を転々とする理由。


 人間が報復に来ることを知っている。そして、人間が強い存在であることも。


(いずれ、真っ向からぶつかる日も来るだろう)


 ミスったと今更悔やまれる。

 襲ったのは明らかに地位がある人間。どれほどの立場の人間かは分からないが身にまとっていた衣服は見るからに高価そうなものだった。

 であれば報復はいずれ来る。血眼で探してくる人間が襲ってくる。


 化け物生活が長すぎたせいで人間側に立って考えることを怠った、と言い訳は出来る。

 しかし、したところで意味がない。

 あとどれほど猶予があるかは分からないが。


(ボスに進言だけしておくか)


 伝わるかはさておき。

 そこまで考えた私は再度洞穴へ戻る。

 記憶の限りの道をたどり、時には鼻をつかいボスの寝床へ。

 幸いにもお楽しみ中でもなく、睡眠中でもなく、ボスは飯を食っていた。


(どっちかを邪魔したら殺されそうだしな)


『ボス』


「・・・」


 呼びかけた私に、ボスは横目を向けるだけで咆えることは無かった。

 そのことに安堵しつつ、簡潔に伝える。


『敵 来る 多分』


「・・・」


 ピクリと耳を動かしたボスが今度は顔ごとこちらへ向く。

 ジッと私の目を見つめるその姿は、間違いなく知性を感じさせるものだった。

 咀嚼していた肉を嚥下し、ボスが立ち上がる。

 そうして私の横を通り抜けていったボスはそのまま洞穴の外へ出ていった。


「Lou」


 そばに寄ってきた幹部へ一言だけ。

 それだけで察した幹部が動く。近くにいた化け物へ、更に次の化け物へ。

 一言を告げ終わったボスが、後からついてきた私へ振り返り目で問うような仕草を見せる。


 これで良いか、と。


 私は静かに頷く。


 人間が私たちの住処()()()場所を襲ったと知ったのは、その2か月後だった。







 ◇◆◇







(想定以上に速い!)


 ギリッと歯を食い縛る。

 情報を掴んだのが今日。移動を始めて2か月が経った、この日。

 情報の伝達にラグがあるため、実際に見つかったのはそれよりも前だ。


 今、どのあたりまで人間の捜索の手が広がっているかを知るために、部下を走らせる。

 隠密に関してはまるで期待していないため。派遣できるだけの部下を送った。

 情報がつかめれば良し。最悪死んでも、殺す相手が周辺にいることが判明する。


 それから1週間程度が経った。何匹かの部下が戻り、他はそのまま。

 こいつらは住処の特に近場を探らせた奴等だ。

 特にそれらしき影はなかったと聞き、安堵の息を吐く。


 さらに1週間が経つ。

 依然、人間が見つかったという情報はなかった。その間に大型狩りを2回終わらせる。


 さらに1週間。

 杞憂だったか、と思い始めた時だった。

 棍棒を振っていた私の元へ一匹に部下が駆けこんでくる。

 そして、一言。


 ───来た、と。


 棍棒を投げ捨てた私はボスの元へ駆ける。

 再度進言するのだ。逃げるべきだと。


 だが、今度の判断は違った。


『否』


「───ッ!?」


 メスを片手に、荒ぶった様子で私を強く睨む。


『逃げる ない 戦う 示す』


『無理 負ける』


 そう言うが否や、見えない衝撃に吹き飛ばされた私の身体が宙を舞う。

 地面に叩き付けられた身体をよろよろと起こし、ボスの方へ見る。

 その立ち姿を見て、さきの一撃がボスのものであるとようやく理解した。


(強い───ッ。間違いなく)


 この世界にこれ以上の生物がいるのだろうかと思わせられるほどの存在。

 遺伝子に刻まれた恐怖も合わさり、鼻から勝てない存在だと思う。

 しかし、それでも。


『敵 強い 負ける!』


 返答はない。

 握られていたメスを投げ捨て、荒々しい足音とともに住処の外へ向かう。


 その様子を見て、私は地面の土を握り締める。


(クソ───ッ。いや、確かに可能性はある。アレが負ける姿は、正直想像できん)


 しかし仮にだ。仮に銃器のようなものが存在したら。


(あのときは偶々持っていなかっただけ。なんてことも考えられる)


 果たして、鉄の剣を耐えられるこの身体は銃器に勝ちうるのか。

 試す術はなく、そうなれば一発本番だろう。

 命を懸けるには、あまりにも分が悪い勝負だ。


(───逃げるか?)


 ふとそんな考えがよぎる。

 実際、生き抜く力は十分にあるだろう。問題は時折やってくる獣欲だが、それ以外は問題ない。

 ボスが死んで部下が散り散りになる。それを人間たちがどこまで執拗に追うかは分からないが。散ったあとの奴等を集めて再起は可能、かもしれない。


(だがそうなる保障はない。最悪なのはボスが勝利し、逃げた私を追うパターン・・・)


 どうすべきか。起こりそうな状況を全て思い浮かべ、てんびんにかける。


 遠くの方から雄叫びが聞こえる。

 ボスのものだろう。呼応するように様々な化け物の声が聞こえる。


 どいつか連れていくことは不可能。逃げるならこの身一つだ。

 義理なんぞあるわけはなく。捨てる判断をすればそれまで。


(勝てば大量のレベルアップ。負ければ死)


 死。

 それを思うだけで恐怖で身がすくむ。


 ───はずだった。


(ハッ───)


 無論、恐怖はある。

 しかし、今それ以上に感じるものがあった。


(結局は)


 私も化け物だということ。

 顔を上げ、振り向き、歩く。

 声が徐々に近づいてくる。


「・・・」


 知らず知らずのうちに握り締められていた拳を開き、頬を掻く。

 そこで、自身の頬が吊り上がっているのを感じた。


 愚かだと、理性が止める。

 しかし、化け物としての本能が叫ぶ。


 試したいと。

 この溢れんばかりの力を振るいたいと。


(クソ───ッ)


 歩み始めた足は止まらない。

 ただ前へ進んでいく。







 ◇◆◇







 その数日後だった。

 森のざわめきを感じ取った私はいつものトレーニングを止め、部下たちを集める。


『いた』


 一体がそう告げる。

 分かっている、と私も頷く。


 何グループかに分け、それぞれに指示を出す。

 作戦は当然、潜伏からの奇襲だ。

 本来なら罠をしかけたかったが、とてもじゃないが1人では無理だった。

 各グループが配置へ向かったのを確認し、そのままボスの方へ向かう。


 ボスもまた感じ取っていたのだろう。

 すでに臨戦態勢を取っていた。

 目を惹くのは、片手に握られていた大剣。そう、鋼で鍛えられた大剣だ。

 あのときの傭兵が持っていたものだったが、ボスが持つと何かが違う。それも、私がボスに感じる恐れが所以だろうか。


 外のざわめきが次第に大きくなってくる。

 振り返った私は急いで外へ出る。


「「「ォォオオオオオ!!!」」」


「「「GuooooOOOOOO!!!」」」


 既に戦闘は始まっていた。

 思い思いに拳や棍棒を振るう化け物たち。そしてそれに相対する人々。

 互いが雄たけびを上げながら、命がけで武器を振るっていた。


 人間側の数はそこまで多くはない。しかし予想通りというべきか、彼らの振るう一撃は化け物のそれとは比べ物にならない程強力で、容易く命を狩る。

 対して化け物の一撃は身体を揺らす程度。しかし、それが10、20と重なれば別。

 体勢を崩した1人の戦士に4体ほどの化け物が襲い掛かり、出鱈目に殴りかかる。


 数はこちらに分があり、質は向こうが上。


(分かりやすくて結構)


 私も雄叫びを上げ、手にした()を振るう。


「ガッ───!」


 横を向いていた1人の戦士を切る。

 ブチリと音が鳴り、首が千切れるように飛んでいく。

 食う暇がないのは残念だな、と首がなくなった死体を蹴り飛ばし次の標的へ。


 場の雰囲気が変わる。

 それは私と言うイレギュラーの存在。

 私の存在はこの中で頭一つ抜けているといって良い。

 強力な適の出現に人間たちが戸惑ったのを感じる。


 当然、化け物たちに手心というものはない。

 戸惑う彼らを無視し、傍にいた敵目掛けて闇雲に武器を振るう。


 それで僅かに崩れたように見えたが、そこは流石というべきか。

 1人の男の声が響き、体勢が戻る。それどころか、先ほどまで無秩序であった動きに統制のようなものだ見える。


(アイツがリーダーか)


 襲おうにも周囲に3人、そいつを囲むように立っている全身鎧の戦士。

 あれを崩すのは容易ではないだろう。

 しかしそれは、


(私だけならば)


 背後で地鳴りのような雄たけび。

 人間たちの視線が一斉にそちらへ向けられる。

 表情が驚愕、そして恐怖へと変わっていく。


「GaaaAAAAA!」


 近くにいた人間へ向けて雄叫びを上げ、剣を振るう。慌てたように構えるも遅い。

 私が振るった剣は容易く戦士の腕を切り、勢いを殺すことなく胴を縦に割る。


「■■■■■■■■!■■■■■■■■!!」


「■■■■■■■■!!■■■■■■■■!?」


「■■■■■!!■■■■!!」


 怒号が飛び交う中、私は次の得物を見定める。

 弱そう、強そうはこのさい考えないことにする。それよりも速く、剣を振るう。

 次の相手は3手持ちこたえられた。

 更に次は2手で終わった。

 瞬く間に2人を殺した私に、当然視線は向く。しかし、それを許さない存在が戦場にいる。


「GHOOOOOOOO!!!」


 まさしく嵐だった。

 近づけば紙のように千切れていく。ボスの脅威を知っている化け物たちは出来る限り遠くへ離れる。

 しかし、人間側はそうはいかない。覚悟を決めた表情で迎え撃ち、結果は言わずもがな。


 膂力だけじゃない。圧倒的なスピードは誰も捉えることが出来ない。

 あっという間に防衛網を突破したボスが人間側のリーダーへ肉薄する。

 恐怖に顔を引き攣らせながらも手を前に伸ばすその姿は、まさしく勇姿である。

 しかし、残念ながら蛮がつく方だが。


 魔法でも放とうとしたのか。開いた口からはしかし、言葉が出ることはなく上半身が霧のように吹き飛ばされる。

 最早斬るものではなく、ボスにとっては丈夫な棒に過ぎないのだろう。

 その凄惨な場面に化け物たちは嗤い、人間たちは顔を引き攣らせる。


(勝てる)


 確かに質は高い。しかし、数が圧倒的に足りない。

 また銃器らしき超火力もない。

 何より私とボスを止めることが出来ていない。


(あれらを食えばレベルを上げられる───ッ!)


 既に私の思考は戦闘後へ向けられていた。

 しかし油断はしない。隠し玉があるかもしれない。

 逸りそうになる心を抑え、1人、1人と敵を屠っていく。


 そうして半数が地に倒れ伏せた頃だろうか。

 ボスが満足そうに唸る。その周囲はまさしく地獄のありさまだった。

 原型を留めている死体は1つとして無い。辛うじてそれが人であったことが分かる程度のものばかりだった。

 ボスが戦場を、文字通り睥睨する。


(しかし・・・)


 ここまでやってふと疑問が浮かぶ。

 明らかに劣勢。このままやっても人間側に勝利はない。

 そんな人間たちが、恐怖に顔を染めながらも逃走に至らない理由。


(やはり何かある。まだ出せないだけ?あるいは───)


 何かを待っている。





「───待機」





 凛、とした声が戦場に響く。

 まるで似つかわしくない声音。

 言葉の意味は分からない。しかし、それを聞いた人間たちの変化は劇的だった。


 ある者は安堵を。あるものは歓喜を。

 それぞれの表情を、しかし全てがプラスの表情を浮かべながら人間たちが引いていく。

 代わりに奥から現れた者。


 赤い。紅い。朱い。

 その人間を表すのに正しい言葉はどれだろうか。

 その人間は女だった。

 長い髪を靡かせながら、こちらへ向かって歩いていく。


 握られた剣は黄金に輝いている。

 鎧は髪の色とは正反対に白い。純真をそのまま表したかのような白さだ。

 露出した顔は、大凡戦えるとは思えない綺麗だった。

 凛とした表情。わずかに吊り上がった瞳。艶やかな唇。


 今この場にいる全ての目を惹く存在。

 そう言う意味ではボスも同じだが、彼女はどこか神聖すら帯びているようだった。


 恐怖と言う感情は感じられない。

 ただ泰然と、傲然と彼女は歩む。

 それを、誰も止めることはない。


 1歩、1歩とボスとの距離を詰める。

 彼女が傍を通り抜け、それで我に返った1匹の化け物が飛び掛かり、


 ───直後に灰と化す。


「───ッ!?」


 比喩ではない。文字通りだ。

 文字通り灰になった。ただ宙を舞う一部へと変えられる。


 その光景を目にした化け物たちも次々と我に返り、女の元へ駆ける。

 脅威を感じた、もあるが何よりメスだという欲だろう。爛々と目を輝かせた化け物たちが次々と飛び掛かり、


(んだ、あれ・・・)


 最早笑うしかない。

 どの攻撃も彼女に届くことはない。


(見えない強力な一撃───いや、ちがう。あれも魔法か・・・?)


 悠然と歩み寄ってくる彼女を、ボスは静かに待つ。

 そして彼我の距離が数歩となったころ。


「OOOOHHHHHH!!!」


「───」


 ボスが吼える。応えるように彼女の身体から噴き出す紅蓮の炎。


 ───両者が激突する。



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