目覚め #3
目覚めてから数ヶ月?
正直、時間間隔は曖昧だがそれぐらいは経っただろう。
分かったことをまとめる。
化け物の組織図は至ってシンプル。
まずはボス。
とにかく全てが別格の存在。
表立って指示をする場面はない。しかし、あれを前にして逆らおうとするやつはいないだろう。
狩りも基本的にボスに献上するために行われている。
狩りには2種類あり、対象が違った。
大物を狩るための狩り。
これは以前、私が体験したものでありボスに献上するものといえば基本的にこの狩りで得たものとなる。
大漁に兵を投入し、全員が死に物狂いで挑むのはそのためだ。
標的は事前に見つける者がいるが、それは後程供述しよう。
もう1つの狩りは小型~中型の動物を狩る狩りだ。
こちらはボスへの献上も目的に含まれるが、基本的には自分達用だ。
一度だけ参加したことがあるが、こちらも狩りという名の突撃だった。
しかし相手は弱く、数匹いれば余裕で制圧可能な相手ばかりだった。
この2つの狩りが、化け物の主な仕事となる。
ボスはどちらにも参加しない。
ボスが出張るのは、群れを脅かす敵が出た時。
かつて1度だけ、住処が襲われたことがあった。
理由は不明だが私達は数日経つと、住処を変える。
襲い掛かってきたのは洞窟にいた先客。その同族だ。
それは熊に似た動物だった。
かなり強かった。鹿とどちらが強いかと問われると怪しいが、住処を追いやられた怒りもあってか、防衛戦では相当数が減らされた。
2度目の死を覚悟した瞬間でもあった。
この戦いの最中、ボスが動いた。
そこからは蹂躙だった。
一撃。
拳を振るうだけで、敵の首が飛んでいく。
剣で刺しても大して刺さらない程強固な皮膚を、ボスの爪は容易く引き裂く。
1匹、1匹と次第に熊に似た化け物は数を減らしていった。
不味いと感じた数匹は集団で挑んだものの、瞬く間に仕留められた。
逃げようとした個体もいた。しかし逃げることは叶わず、その命を散らす。
圧巻。
その一言に尽きる。
以来、ボスが戦うことは無かったが、逆らうまいと固く誓ったシーンでもあった。
さて、組織図の話に戻ろう。
ボスの下には数体の幹部がいる。
いつだったか。ボスだと思っていた固体だ。
幹部は全部で10体。
特徴は、もちろん他の化け物と一線を画すその体格もあるが、何よりも知能だ。
正直、化け物たちは頭が良くない。
道具の使い方がいい例だろう
そこらの奴は、物を食べるのに手を使う。
木の実を割るのにも手だ。割れない場合は諦める。
しかし幹部は違う。
石で割る。木の枝でほじくりだすなどして食べようとする。
会話をしてても思うが(なんとか出来るようになった)同種であるにも関わらずここまで差があると面白い。
先程の大物狩りの標的を見つけるのも。敵を逃がさないような罠を張るのも幹部の仕事だった。
面白いのが幹部クラスは自然に発生しないこと。
この生物───つまり私たちのことだが───には進化が存在する。
某アニメモンスターのように、突然に。
ある日、幹部クラスが増え、一般固体が減る。
それに気づいたのは偶々だった。
化け物たちは基本知能が低く、狩りなど強制的な仕事がない限り同じことを繰り返す。
寝る・食う・犯すだ。
中でも暇さえらればよく何かを食べていた固体がいた。
背中に大きな傷がある固体で、よくよく観察するとあの鹿戦にもいたやつだった。
そいつがある日、突然姿を消した。
そこら中に敵がいる環境だ。別段珍しい話ではない。
しかし翌日、ある幹部がもう1匹の幹部と何かを話している様子を見かけた。
気になった私は聞こえるようにと近くへ寄り、そこでその幹部の背中に大きな傷があることに気付いた。
偶々だったかもしれないが、私は進化があると確信した。
時折、幹部は私たちを引き連れて狩りへ行く。
行くのは勿論、大物狩りだ。
やはり知能が高いだけあって、賢く狩りをしている。
わけではない。
「Goa!Blou!」
「Gyau!Gyau!」
幹部が腕を振り上げるのと同時に突撃する化け物たち。
違いは単純に合図があるかどうか。やることは正面からの突撃だ。
しかし、それでも変化は大きい。
なにせこれまでは全くの無策で出鱈目な突撃だ。
膂力や走力がそれなりにあっても個々ではまるで歯が立たない。
それを群で動かしているから、まだ効果はある。
とはいえ、このままでは遅かれ早かれ自分が死ぬ番が来るのは想像に難くない。
そこで私はいくつか案を考えた。
さて、では私はこの数ヶ月で何をしていたか。
まずはトレーニングだ。
化け物は基本的に自分を鍛えるということはしない。
化け物の膂力は人間であった頃のそれを遥かに超えている。
しかし、周囲にいる生物の中にはそれ以上の力の持ち主もいる。
それこそ鹿とか熊とか。
だから私はひたすら棍棒の素振りをした。
剣道のように縦に振り下ろしたり、野球のように横に振ってみたり。
走り込みもした。腕立て伏せや懸垂といった基本的な筋トレも行った。
空いている時間は必ずといって良いほどトレーニングに費やした。
周りにそれを気にするやつはいなかった。笑う者も、真似しようとする者も。
化け物はとにかく他者に対して興味がない。
奴等の頭は食う・寝る・犯す・狩る、で構成されている。
暇な時間には仲間同士でふざけ合う場面も見受けられたが、正直何をしているのか分からない。
まるで幼稚園児の遊びを見ているかのようだった。
そうだ。言い忘れていた。
しれっとあげたが。そう。化け物は人を犯す。
どこからか攫ってきた人間の女性を、だ。
不思議なことに、他の種族に手を出すことはなかった。
犯すのは人のメスだけ。
目的は繁殖と快楽。
化け物は間違いなく人を犯すことに快楽を感じていた。
痛めつけて楽しむ、倒錯的な快楽でないことが唯一の救いだろうか。
他人事のように言っているが、当然私もそうだ。
いや、もうわり切っている。
言い訳がましいかもしれないが、胸の奥から溢れる獣欲は理性を容易く消し去る。
もはや楽しんでいる節もあることは否定しない。
話を変えよう。
これまでやってきたことはトレーニングともう1つ。
仲間作りだ。
先程、化け物は他者に興味がないと言ったが完全に無いわけではない。
いや、興味と言うのは正しくないのかもしれないが。
奴等は自分より強い者・自分に利益をもたらす者には従順だ。
言葉を交わさずともボスや幹部に従うのが証拠だった。
それを利用した。狩りのときの仲間を作るために。
力量は示されていた。実際に、私はそこらの化け物より強い自信があった。
餌を与え、次の狩りで私の命令に従うようにさせた。
それが十数匹ほど。
狩りがあった。大型の狩りだ。
他の化け物たちが無策に突撃していく中、私達は大きく迂回し背後を取る。
化け物に知性は無かったが、それでも待機と突撃は理解できた。
タイミングを見計らう。
狩りの対象が完全にこちらに意識を向いていない瞬間。
突撃、と。
待ってましたと飛び掛かっていく化け物たち。
不意をつかれ泡を食った標的は、それでもかかってこいとばかりに振り返る。
だが甘い。私が投げた拳大の石が標的の頭部を砕く。
たたらを踏んだ標的は為す術もなく化け物たちに蹂躙された。
完勝だった。
そして再び表彰され、獲物の一部を渡された私は更にその一部を仲間へ譲る。
これで次もいう事を聞くだろう。
案の定、味をしめた彼らは今度は何も言うことなく付き従ってくれた。
戦果は上々だった。
時折こちらがやられるときもあったが、いくらでも替えは効く。
残酷?生憎と自分が生き残れば良いというスタンスだ。
何より、これをやる意味がもう1つある。
進化には条件がある。
どういったものかは分からないが、それが感覚的に理解できたのは鹿の戦い、そして3度目の大型狩りのときだった。
いつも通り表彰された私は、渡された獲物を口にする。
強敵であった。腕が4本あるゴリラに近い怪物で、凄まじい破壊力を持っていた。
私の部隊もかなり削られた。
補充か、面倒くさいなと思いつつ一口齧り、飲み込む。
瞬間、身体の奥の方から湧き上がる力。
身体中を包み込む温かく、心地よい感覚。
別段、美味いというわけではない。
むしろ筋張っていて味で言えば下の方だろう。
だから幸福や喜びとはまた違った、感情由来のものではないことは確かだ。
そして、その感覚は鹿戦のときも感じたものだった。
私はこれを”レベルアップ”と定義した。
◇◆◇
「Hoooo!!」
「GiiiyaaaaAAA!!」
いつか見たことのある鹿の怪物を前に、心は氷のように冷え切っている。
すでに戦い、勝利したことのある相手だ。
興奮も、緊張もない。
正面では別動隊(本隊)がガムシャラに突っ込んでいき、巨大な角によって引き裂かれている姿があった。
頭上に手をかざし、合図を出す。
するとどこかともなく飛来してきた果実。それが鹿の頭部に当たる。
果実が砕け、中身が飛び出す。
液体をかぶった鹿は僅かに目を細めるも、ダメージは当然なし。
むしろ激昂したように吼え、下手人を探すべく辺りを見回し鼻を鳴らす。
(終わったか・・・)
それが私の感情だった。
追い込んだ場所。サルでも当たるように仕組んだ罠。
液体は猛毒だった。
しばらくし、鹿がビクンと身体を震わす。
そして滅茶苦茶に暴れだした。
攻撃ではない。それはまるで、そう。激痛に苦しんだ末に暴れているようだった。
とにかく出鱈目に駆ける。頭部を振り回す。
道中、化け物に角やら巨体があたり弾け飛んだりもしたが運がなかったと心の中で合掌する。
しばらく暴れていたが、やがて体力が切れ始めたのか、動きが緩慢になっていく。
口の端から涎を垂らすその姿は、最早敵ではないことは明らかだった。
待機していた仲間に合図を出す。同時に別動隊(本隊)もチャンスを感じ取り、動き出した。
その後は、もはや語るまでもない。
首尾よく獲物を仕留め、その一部を下賜される。
喰らって強くなる。
その繰り返しだ。
しかし、
(最近はあの感覚もなくなった・・・)
レベルアップと名付けた、あの高揚感。
モチャリと肉を砕きながら、ぼんやりと進化について考える。
何が条件なのか。
(知能、は違う気がする。純粋な膂力、それとも生きた年数か・・・)
体つきはこの数ヶ月で随分と見違えた。
グッと前腕に力をこめ、腕を曲げる。
ミシリと筋張った腕と盛り上がる二頭筋に満足げに頷いた。
幸いにも、この行動にツッコミを入れる存在はいない。
恥ずかしさは皆無だ。
(だがこれはあくまでも成長。『進化』はもっと別物、のような気がする)
生物としての格が根本的に変わったかのような変化。
これまで同様の変化が見られたのは3体。
(やはり生きた年数が一番しっくりくる。実際に、あの3体は私よりも長く生きている)
大物狩りに参加したことがある固体もいれば、そうでない個体もいた。
とすると進化できるかはかなり運による部分が大きくなる。
進化すれば一体どれだけ強くなれるのか。そんな皮算用をして、ニヘリと口の端を緩める。
(別段、強くなってやりたいことはないが・・・やはり、私も雄ということか)
前世がそうであったことはさておき。
更に言うと化け物の性別は雄で固定されていることもさておき。
鍛え上げた肉体で、真っ向から鹿と闘う自分の姿を妄想する。
(いつかはボスを超えて・・・いや、無理だな)
正直勝てるビジョンがまるで浮かばない。
強くなってきた、という自信があるからこそ尚更そう感じた。
幹部相手であれば余裕、と言えるほど強くなった。
ボスは無理だ。ボスが片手でも負ける自信がある。
若干萎えたが、まぁ良いと切り替えて食事を再開する。
食い終わったらいつも通り素振りと走り込みだな。
そんなことを考えていた時だった。
「Guou」
「?」
肩を叩かれ、振り返る。
幹部だ。
「Falu Glahk」
「Gava Dowu」
「Gava Vloka」
「・・・Gu」
いや、我ながら随分上達した。
と言っても単語のみの会話だ。イメージは片言で会話する外国人。
会話の内容を簡単にまとめると「ボスが呼んでるから来い」だ。
食事中だから断ろうとしたが、ボスが呼んでいるのであれば行かざるを得ない。
ボスの命令は絶対だ。破る奴を見たことがないからどうなるかは分からないが、碌な目に合わないだろう。
仕方なしと歩きながらも急いで飲み込む。
洞窟の奥の方へ進む。
私が生まれた場所とは別の場所。洞窟内でもかなり広く取られたそのスペースがボスの寝床だ。
壁にかけられたあるものたちを見てげんなりした気分になりつつ、ボスの前に座る。
ちなみに礼節などはない。私は胡坐で、幹部も似たような座り方だ。
ボスが壁にかけてあるそれを指さし、次いで私と隣にいた幹部を指さす。
後は何も言わない。
分かるよな?と言外の圧を感じた。
幹部は頷き、出口の方へ歩いていく。
私はただ静かに座ったままだった。
ボスの意図を理解できなかったわけではない。
むしろはっきりと理解したが故の、静座。
ゾワリ、と背筋に妙な気配が伝わる。
この時が来たか、と。
壁にかけられた、まるで近代美術のような様をなしているそれを再度見て、
深く、息を吐く。
───人間狩りの時間だ。




