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死闘 #7

 

 風が静かに鳴いている。

 いつしか音を取り戻した世界。

 そこにある2つの影。


 片や力なく横たわっており。

 片や力強く、大地を踏みしめて立つ姿。


 誰が見ても、それは勝者と敗者の姿であった。


(勝った・・・)


 実感がまるでない。

 大きく肩を上下させながら、油断なく横たわるその巨体に目を向ける。

 心臓を貫いた。

 確かに命を絶った感触があった。


(だが、何があってもおかしくはない───ここは、異世界だ)


 そもそも自身が反則じみた再生力を持つ化け物だ。

 目の前のこいつが突如そんな力に目覚めてもおかしくはない。


 数秒。数分。

 待てど起き上がる様子はない。

 手で触れてみる。鼓動は感じられず、死を伝えてくる。

 それを知り全身の力が抜けたのか、無意識のうちに体はその場で崩れ落ちていた。


(勝った・・・勝った・・・)


 ただその言葉だけが脳内をグルグルと巡る。

 爆発するような喜びはない。

 噛み締めるような達成感だけが占めている。


 強敵だった。間違いなく。少なくとも、あの時戦った鎧男よりも。

 それこそ、ボスよりも。


 勝利もそうだが。何より強くなっているという実感が何よりも嬉しかった。


(これならあの女にも───)


【なんだお主、アレに勝とうとしていたのか?】


 突如聞こえた声。

 警戒心が一気に跳ね上がり、上体を起こすと急いで辺りを見渡す。


(いない・・・?気配も、ない。いったいどこから───)


【ほう!意思疎通が出来るほどの知力があるか!】


 再び声が聞こえる。

 まさかと思いドラゴンの死体へ目を向ける。

 死体の目は閉じられている。起き上がる様子も無い。

 しかし、声の主は愉快そうに笑ったのち、


【正解だ】


 そう告げたのだった。








 ◇◆◇








【さて、何を話すべきか・・・】


 少し間が空き、混乱が徐々に冷めていく。

 代わりにやってきたのは違和感。

 何故、いまさら語りかけてくる?


【?戦いの最中声をかける奴がいるか?しかも自分を殺そうとしてくる相手と?】


 確かに、と思うのと同時に意思疎通が出来ている事実に気付く。

 ドラゴンもまた、声に驚愕の色を含ませていた。


【うぅむ。何気なく語りかけてみたものの、まさか言語を理解する生物だったとはな・・・右手を挙げてみよ】


 意図を察した私は迷わず右手を上げる。

 ドラゴンは嬉しそうに笑った。


【ハハハ!なるほど、なるほど。その見た目で左右の理解が出来る知性があるとはな!】


 しれっと見た目の悪口を言ってくるドラゴンに無言の抗議を送る。

 悪い悪いとなおも愉快そうに続けた。


【しかもかなりの精度で意思疎通が出来るとみた。

 ではまずは───

 我が名はダリオラ。我は我を、そう呼ぶ】


 ドラゴン、ではなかったのか。

 それを拾ったのだろう。ほう、とドラゴン───ダリオラは声を漏らした。


【格好いいなソレ。聞いたことがない響きだが】


 他の奴からそうやって呼ばれたことはないのか?


【さて。そもそも意思疎通が出来る生物を相手にするのは稀でな。

 時折お主のように2足で歩く、知性のある生物と会うが、奴らは我を■■■と呼ぶ】


 聞いたことのない発音に眉を顰める。

 同感だとダリオラは笑った。


【奴らは不思議な音を介して意志疎通するからな。そこも含めて相容れぬ存在よ。

 その点で言えばお主は分かりやすい】


 悪い意味ではない、と加えて続ける。


【ただ目の前の敵を殺したい。喰らいたい。純粋な、生物としての在り方を感じた。

 だからこそこうして我と意志疎通が出来るのだろう】


 似ているからだと?


【然り。それが喜ばしいことかはさておき、な】


 くつくつと笑う気配。

 巨大な存在でありながらも、ダリオラは意外と陽気な存在だった。


【あぁ、そうだ。先ほど尋ねたが、お主の目的はあれか?】


 脳内に映し出された景色。

 それは見たことがない景色で。おそらくダリオラの見た光景なのだろう。

 辺りには砕かれ、散らばっている人と思わしき肉塊。その中央で立つ、紅の少女。

 視線が交差する。瞬間、胸から湧き上がる恐怖心。


 バッ、と視界をダリオラの方へ向ける。

 おっと、と彼は告げる。


【不快なものを見せてしまったようだな・・・そうだ。我は、確かにあの瞬間、恐怖を感じた】


 ダリオラは戦うことなく逃げた。

 それは彼にとって初めての経験であり、2度と経験することのないものでもある。


【この腕もあれに付けられた傷だ。我が長き生涯において、後にも先にもあそこまで一方的に敗北を感じたのあの瞬間だけだろう】


 今を除いてな、とダリオラはニヤリと笑った。


【よもや我を倒すほどの敵が現れるとはな。いやはや、長生きはしてみるものだ】


 その言葉に何と返せばよいのか分からない。

 ダリオラは気にしていないとばかりに快活に笑う。


【勝者がそのような顔を浮かべるな!ただ誇り高くあればよい。

 敗者は死に、勝者が生きる。分かりやすいではないか】


 ・・・死が怖くないのか?


【お主は死を恐れているのか?】


 当たり前だ。


 死ねばすべてが終わる。

 あの時、なりふり構わず逃げたのだって死からの恐怖に逃げるためだった。


 ダリオラはハッ、と笑った。


【当然だな。誰だって死ぬのは怖い。

 だからこの瞬間まで戦い続け、すべてに勝利してきた。

 だから我は生き続けてきた】


 目を見張る私に、ダリオラは驚くことではないだろう?と続ける。


【死にたくないから食う。死にたくないから寝る。死にたくないから戦い。死にたくないから抗う。

 なんてことはない。生物であれば持っているべき本能だ】


【無論、意志だけでそうなれば苦労はしない。

 我は生まれたときから強者であった。

 多くの弱者を蹂躙し、そのすべてに死を与えてきた】


【悔いなどあろうはずがない。奴らが死ななければ我は死ぬ。

 それが命というものだ】


【死にたくないから強くなる。それもまた、生物の本能であろう。

 なればこそ、我が討たれるのも自然の摂理というもの】


 ニヤリと笑う気配があった。


【強者であればあるほど死の恐怖からは遠のく。だが死なないわけではない。

 それこそ不死身の身体でも手に入らなければな】


【死にたくなければ強くなれ。誰にも負けない力───この星にすら負けない力を手に入れよ】


 星に負けない力・・・


 反芻する私に面白そうに彼は語る。


【あぁ。我もまた聞いた言葉だがな。いや実に的を得た言葉だと記憶している】


 はは・・・見当がつかないな。


【そうだな。が、その片鱗は既に感じ取っているはずだ】


 脳裏に浮かび上がる1つの影。

 ダリオラは深く頷く。


【あれは間違いなくその力に最も近い存在だ。ゆえにあれを超えることこそ、その力を手に入れたと言っても過言ではないだろう】


【が、まぁ生きるだけならそう在る必要はない。隠れて過ごす。それもまた一つの手だろう。

 だが、それはお主自身が許さないのだろう?】


 ・・・ハッ。知ったような口ぶりだな。


【我がそうだったからな。飽くなき闘争は楽しくもあったが、何よりも生きるためだった。

 今度はお主の番だ】


 ダリオラは高らかに笑った。


【死の淵より見届けてやろう。お主の足掻く様を。

 あれを超える存在になるのか。はたまたただの獣で終わるか】


 気楽に言ってくれる。


【ハハハハハ!そうだな!なにせ我は死にゆく身。これぐらい許してくれよ!】


 楽しそうに笑っていた声が不意に途切れる。

 終わりが近いのだろう。ダリオラは一転、静かな口調で続けた。


【1つ。助言だ。

 ここより山を下り、星が昇る方へ向かえ。さすればアレと、あるいはアレの同種に出会える】


 思わずギョッとした顔を向ける。

 戦って来いと告げているのか。今なら勝てると、そう思っているのか。

 考えている間にもダリオラの言葉は続いた。


【逆にこの山を越えた先。そこにはアレとは異なる、しかし同じように2足で歩き、知性を持つ動物がいる。

 奴等であれば、あるいはお主とも分かり合えるかもしれん】


 何?


 それはおかしな話だ。

 何せこちらの見た目は完全に化け物。

 人間と似た姿というのであれば出会う・即敵認識だろう。


 そう尋ねるも、違うと彼は告げた。


【奴等は少し特殊だ。この我とも敵視することなく、双方が不可侵であった。

 奴等は自らのことを『イスタシアン』と呼んでおり、アレのことを『ヒラギアン』と呼んでいた】


 おそらくヒラギアンとは人間のことだろう。

 それとは異なる存在イスタシアンがいると。

 にわかに信じがたいが、嘘をつく理由もないだろう。


【イスタシアンは不思議な力を使う。ヒラギアンも同様。

 双方は生まれが異なるも、使っていた力は同種のように感じられた。

 アレを倒すのであれば、力の理解は必要だろう】


 本来ならば我が教えることが出来ればな、と嘆息する。


【我には使うことは出来なかった。お主なら使いこなし、さらなる高みにたどり着けるかもな】


 ・・・なぜ、そこまで?


【我には成し得ぬ事を、我を倒したものが願っている。

 託してみたい。そう感じたまで】


 面白そう。

 ただそれだけの理由。

 獣らしい。本能での解答。


【なに。敗者の戯言だ。

 ・・・ふむ、いや最期に実に愉快な時間であった】


 ・・・そういえば、お前に仲間はいるのか?


【なんだ?戦いたいのか?】


 いや・・・


【同種。ということであれば知らぬ。我は地の底より生まれ、星の息吹によって目覚めた。

 似たような存在であればいるかもしれぬが・・・同じ見た目の者は終ぞ出会わずだったな】


 む、と首を傾げる気配。


【お主と同種の存在も見たことがないな。ふむ。会っていればこの結末も違っていたか】


 どうやらボスは特殊な存在だったらしい。

 ホッとしたような安心したような、何とも言えない奇妙な感覚だった。


 多分、私はその中でも特殊な方だよ。


【む、そうであったか。いやしかし、実に見事な戦いであった】


 再生力に物を言わせたゴリ押し戦法だし、罠も使ってようやくだけどな。


【それを含めての戦いだろう。楽しかったぞ】


 ハハ───楽しかったって・・・


【なんだ?お主は楽しくなかったのか?】


 楽しい。

 がむしゃらに戦った。

 一歩でも間違えば死んでいた。

 自分のすべてを出し尽くした。ギリギリでの戦い。

 もう一度やりたいか?と尋ねられたら全力で首を横に振るだろう。


 けど───


 そうだな・・・楽しかったよ。


【ハハハハハハ!そうだな!そうだとも!死にたくないと願いながらも、死の間際で踊ることを楽しむこの矛盾!これこそ獣の本懐よな!】


 ひとしきりそう言って笑っていたダリオラの声が徐々に小さくなっていく。

 間もなく終わりの時間が来たのだと、そう直感した。


【愉快。愉快だ。よもやこの地で、お主のような者に出会うとは、な】


【お主でよかった。最後の戦いが、お主で。我を殺すものがお主で】


 声が弱くなっていく。

 あぁ、とダリオラは思い出したかのように呟く。


【聞き忘れていたな。お主、名前は何だ?】


 名前?


【そうだ。よもや無いということはあるまい】


 そう言われてふと考える。

 私を定義づけるもの。私の根幹をつくるもの。

 名前とはそういったものだ。


 しかし、思えばこそそれを避けてきたように思える。

 これが現実であることは、とうの昔に理解していたつもりだった。

 それでも、最後の最後の部分で否定し続けている自分がいるのだろう。


 私とは何か。

 化け物。怪物。

 人であった私は、私をそう定義づけるのだろう。

 名もなき怪物だと。


 では、今の私は。


 ぐるぐると世界が回っていくような感覚。

 思い出せないはずの過去が迫ってくる。

 巡って、巡って。ふと、その言葉が口から漏れ出た。


「Go・・・vi」


 ゴブリン


 声は出なかった。

 それでも心の中で出た名前を拾ったのだろう。

 ダリオラは、ほうと声を上げる。


【ゴブリン。奇妙な名前だ。強そうではないが・・・悪くはないな】


 いや、何故だ。

 自分で言った、思った言葉なのに一番自分がビックリしていた。

 ゴブリンと言えば、元の世界では最弱の存在。

 しかもただの最弱ではない。

 醜悪で、最弱。

 私の知るゴブリンとはそういう存在。


 なぜ。

 己が最弱であるという思いか。

 はたまたこの醜い身体が故か。


 醜い存在であることは否定しない。

 他者を蹂躙し

 尊厳を犯し

 時として玩具のように弄び

 喰らい潰す

 まさしく悪鬼の所業だろう


 それが自分とだと

 そのような存在が自分と同程度であると

 そう、感じているのだろうか。


 人としての理性が異議を申し立てる。

 しかし、しかしだ。


 言ってしまって、なんだか不思議と胸にすとんと落ちる感覚。

 納得。しかし、何に?

 答えが出ない。それでも、いつの間にかあった胸のモヤは消えていた。


 そうだ。


 ───私は、ゴブリンだ。


【ハハハ。ゴブリン、ゴブリンか。うむ、うむ。気に入った!】


 ドラゴンの方へ目を向ける。

 命なく横たわっているその亡骸は、どこか小さく微笑んでいるようにも見えた。


【ハ、ハハ。愉快だ。実に───愉快だ】


【ゴブリンよ。我を討ち倒した獣よ】


【そなたの行く末を───我は───】


 不意に声が途切れる。

 頭に語りかけてきていた声はもう聞こえることはない。


 悲しい?寂しい?

 いや、そのような感情はなかった。

 ただ終わったのだと。そう心が告げていた。


 静寂が再び訪れる。


 私はゆっくりと亡骸の前まで歩き、そっと地に腰を下ろす。


(そういえば)


 言うのは久しぶりだな。


 何となくだ。

 ただ何となく、自然に。

 何年もやってきて。何年もやらなくなった儀式を。


「Iaagimau」









 ◇◆◇








(さて)


 歯に挟まった骨の欠片をつまみつつ、頂上から世界を俯瞰する。

 雲海に隠れてそのほとんどを隠していたが、方角は分かる。


(ダリオラの話だと2つの世界があるみたいだが・・・)


 あるいはそれ以外にもいるかもしれないが。

 少なくとも奴が知性体と称する存在は2種いることが分かった。


 問題はそのどちらに向かうか。


(ここが1つの分水嶺になるんだろうな)


 選択肢次第で運命が大きく変わる。

 確証こそないが、確固たる自信があった。


(ゲームだったらここでセーブして2つのルートを試したいんだが・・・)


 懐かしい名前が過り、小さく笑みをこぼす。

 と悩みつつ、その実、答えは決まっていた。


(今、挑んでも勝てない。ならば少しでも勝率を上げる)


 少なくとも1人?1匹?見ている奴がいる。

 ならば無様な真似は出来ない。


(行くか───)


 そうして旅が始まる。

 人でもなく、獣としても半端な自分。

 ゴブリンという新たな名前を背負い、ここからリスタートする。


 この星に負けない存在を目指す。

 その言葉を胸に刻んで───







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