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死闘 #6

 

 何が、起きた。

 口から漏れる息が自身の生存を知らせてくれる。

 しかし、漏れるだけだ。呼吸が出来ているかは怪しい。


(生き、た───)


 手足は動かない。いや、そもそも存在しているのだろうか。

 視界はない。瞼が開かないのか。それともそれすら消えたか。

 空気の音も、木のざわめきも今は聞こえない。自身の内から響く鼓動だけが耳朶を打つ。


(再、生は───)


 脳が激しく揺さぶられた。まるで思考が定まらない。

 油断すれば一瞬で思考が飛ぶ。


(あと、どれ───くらい───で、動く───敵は───ここは───)


 あれは敵の奥の手だったのか。それとも、ただ少し本気を出しただけなのか。

 乱発は可能か。あれ以上があるのか。

 考えることは多い。しかし、それを考える余裕はなかった。


 片目だけではあるが視界がようやく開けてくる。ぼやけた視界の先に、ドラゴンの姿はなかった。

 というか見えない。

 いったいどれほど吹き飛ばされたのか。その影すら拝むことが出来なかった。


(徐々に───まとまってきた)


 生きていたということは直撃は避けられたのだろう。さすがのこの身体も0からの復活は難しい。

 重要な2パーツの脳と心臓は守られた。いや、先の感じから脳の1部は削られたが主要な部位は残っていたと考えるべきか。

 復活した片方の目を動かし、状況を把握。


 手足はない。溶けたように肘、そして膝の先から見事に消えている。

 そういえば防御のために体を丸めていたと記憶がよみがえる。

 その甲斐があったのだろう。心臓は守られたというわけだ。


 胴体は無事───ではない。表面が溶けており、むき出しの内臓がぶら下がっている。

 良く生きているなと他人事のように感心した。


 そして視界は再び前へ。やはりドラゴンの姿はない。

 ないが、今さらながらその光景の異常さに気付く。


 あまりにも視界が開けていた。

 壮絶な破壊痕。

 まるで巨大な生き物が、根こそぎ抉り取ったかのような痕が眼前に広がっていた。


 抉られた道の端でキラキラと輝く何かが目に入る。

 恐らくは熱によって溶かされた大地。

 それが遥か遠くまで延々と続いている。

 その様子に、思わず口の端を引き攣らせる。


(とんでもないな・・・)


 あの少女が持っていた力とは違う、純然たる暴力を目の当たりにする。

 脳裏に過った敗北の2文字を、私はなかなか消すことが出来なかった。


(地形が消し飛ぶほどの力・・・これまで使わなかったのは条件があるのか、それとも単なる舐めプか)


 出来れば前者であって欲しいが。

 そんなことを考えているうちに再生が終わる。

 剣はない。懐に仕込んであった道具も吹き飛んだ。

 残ったのは再生が終わった手足と仕掛けられたいくつかの罠のみ。


(さて・・・)


 ここまで驚異的な力を見せ私を支えてきた再生力だが、いずれ限界を迎える。


(再生力は体内にあるエネルギー量に依存している・・・大したデメリットはないが、行き過ぎれば飢餓状態に陥る)


 かつて一度だけ試したことがある。

 そうなれば動くことすらままならない。非戦闘状態であればそこらの草木からでも栄養は取れるが、敵を目の前にそんな悠長なことはしてられない。

 あとどれほどもつか・・・感覚的には1時間ほどは耐えることが出来るだろうが。


(今の大技で保有していたエネルギーが大幅に削られた。もう1度喰らったら・・・次はないか?)


 辺りの気配を探っても獲物となりそうな生き物の気配はなかった。

 大きくため息を吐き、頭を掻く。


(手札を全部出し尽くして・・・どうなるかね)


 先の展開をすべて読み切る。そんな高度な頭脳戦は出来ない。

 仕掛けた罠も、正直引っ掛かるかは微妙なところだ。そも発動する前に潰されることだってある。

 実際に、さっきの攻撃で2個潰された。


「・・・」


 逃げれば良い。

 そう叫ぶ自分がいる。


 別に倒す必要のない敵だ

 敵はこちらに興味を失っている。追いかけられることはない。

 気になるならいつかリベンジに来ればいい。


 確かに。これは不必要な戦いだ。

 生きるためでもなく、復讐のためではない。

 道端でいきなり因縁を吹っかけて返り討ちにあったようなもの。


 ダサい。そう感じるのは人としての自分だけ。

 獣としての本能は逃走を唱え続ける。


 否


(・・・ダメだな)


 どれほど取り繕っても。

 どれほど言い訳を並べても。

 胸の奥から湧き上がる高揚感。


 獣としての本能が叫び続ける。


 ───もっと戦いたい。


 気付けば足は前に。


 肉体が芯の方で変わっていく感覚。

 久方ぶりのレベルアップ。高揚感が増す。

 息を吐き、身体をグッと伸ばす。

 やがて元居た場所へ戻る。


 ドラゴンは───いた。

 少しでも休息を取っているように体を畳んでいる。

 こちらに気付いたドラゴンが上体を起こす。さしもの敵も幾分か堪えているのだろう。その動きには先ほどまでは無かった緩慢さがあった。

 しかし、煮えたぎるような殺意は微塵も衰えていない。口の端から唸り声を漏らし、残った5つの目で睨み付ける。


(さぁ、て)


 ───ラウンド2だ


 合図はない。

 獣が跳躍する。迎え撃たんと、ドラゴンはその大きな翼を広げ咆哮した。









 ◇◆◇







 剣による斬撃はない。

 ここから求められるのは殴打戦。純然たる筋力が求められる。

 レベルアップしたとはいえ上昇幅は微々たるもの。肉体の強度にほとんど差はなく、全力の一撃を加えれば逆にこちらの腕が爆ぜるだろう。


 ()()()()


 ミシリ

 音が鳴るほど握りしめられた拳。鋼鉄並みの強度を誇るそれを、躊躇うことなく振り下ろす。

 バゴン、と音が鳴りドラゴンの頭部が揺れる。

 当然、拳は爆ぜる。復活するまでの数秒はとても使い物にならない。


(左手───ッ)


 ならば次だ。

 悩む素振りすらなく。惜しむことなく。

 この身体を犠牲にしていく。


 コピーするに至った20の動きは、そのほとんどが意味を失った。

 しかし、そこに至るまでの身体、足、腕、あるいは全ての動作に意味はあった。

 針を通すような繊細な動きで迫り、豪快な一撃を与える。


 化け物が与えるその一撃一撃は容易く岩を砕き、大地すら割るほどのもの。

 打撃の衝撃はドラゴンの内部を揺らし、破壊する。


(はず───なんだが・・・)


 流石に大地を割る云々は冗談だが、威力には自信がある。

 しかしすでに何発か当てているものの、ドラゴンの動きが鈍ることはない。

 むしろ当てるたびに相手のボルテージが上がっているのか、攻撃の手が苛烈になってきている。


 振るわれる剛爪を辛うじてかわし、返す刀の要領でアッパー。

 鈍い音とともにドラゴンの腕が不自然に跳ね上がる。

 更にダメ押しと、ドラゴンの脚へと拳を叩き込む。

 鈍い破裂音とともにドラゴンの皮膚が弾ける。


 同時に素早くバックステップ。

 轟音が響き、先ほどまで立っていた大地が割れる。


(拳、牙、脚、尾。それに、シンプルな突進。

 全てが致命傷に至る攻撃)


 掠るだけならともかく、まともに喰らえば一発KO。

 しかも先ほどまでとは違い、間合いが近い。ドラゴンからすれば僅かな違いでしかないだろうが、こっちからすればとんでもない差だ。

 神経を極限まで研ぎ澄まし、僅かな隙を見出す。


 ドラゴンの動きに防御や回避はない。

 これだけの巨体だ。今までまともに攻撃を通す相手がいなかったのだろう。

 勝機はそこにある。


(失血死───あわよくば急所を叩きたいが、理想的な終わり方はそれだろう)


 更に肉を抉る。相も変わらず硬く、厚い皮膚だがそれも次第に慣れてきた。

 エネルギーを極力浮かすために力加減は最低限に留める。


(───ッ!ここだ)


 戦いながらも場所を徐々に、徐々に移動させていく。

 やがてあるポイントにたどり着いた私は、一気に間合いを離す。

 僅かに驚愕の表情を浮かべたドラゴンだが、その疑念を持つことは矜持が許さなかったのか。

 躊躇うことなく離れたこちらへ向かって駆け出す。


 まずは一発───


 小さな異音。

 直後、耳鳴りがするほどの爆音が響く。


 吹き荒れる爆風に飛ばされまいと踏ん張りつつ、様子を細目で窺う。

 やがて風が収まり、もうもうと煙だけが立つ中。

 音はない。先ほどまでの戦闘が嘘であったかのように静寂が場を包む。


(す───げぇ)


 いつかの人間たちから貰った(オブラート表現)爆薬的なもの。

 地雷のように使っていたので、そのまんま真似してみただけだった。

 私も喰らったが、


(こんなに威力はなかった。精々がやけどを負うほど)


 というかこんなものをまともに喰らっていたらとうに死んでいる。

 となると何かしらの条件があったのだろう。


(重さ、かな?)


 さて敵の様子はどうだと煙幕が立ち込める中、気配を探る。

 巨体は健在。そのダメージ量は───


「OoooOOOOOOUUU!!!」


 風が唸り、煙が吹き飛ばされる。

 鱗がところどころ剥がれ落ちており、見て分かるほどの火傷も数か所。

 相当なダメージ量だ。

 しかしそれでもなお、敵は溢れんばかりの戦意を放ちながらこちらを睨みつけてくる。


(あと2つ)


 威力は十分。

 そう感じた私は残された罠の所在を確認し、素早く思考を巡らす。

 1つは先ほどの地雷モドキ。

 そして1つは───


「───ッ!?」


 思考を巡らした刹那の間。ドラゴンの攻撃が再開する。

 辺りに舞う粉塵を巻き込みながら迫る尾をかわし、横へ。

 ぐるりと回るドラゴンの首より速く、側面へ回った私は勢いのまま跳躍する。

 拳が敵の皮膚を叩く。火傷を負った部分だ。

 流石に堪えたのかドラゴンから苦悶の声が漏れる。

 しかし、それだけだ。すぐさま反撃の拳が振り下ろされ、腕が肩から消し飛ばされる。


(こっちの防御力を無視してくるこの感じ───ッ!あれを相手にしているみたいだ)


 まだ再生が許されるだけマシなのだろうが。

 腕の再生がままならない中、更に後方へ下がる。直後、巨大な咢が立っていた場所ごと空間を抉り取る。

 ガチンと音を立てて閉じられる顎を正面に。体勢を立て直した私は素早く前へ。


 放たれた拳はまっすぐにドラゴンの顔の中央を叩く。

 ふらついた頭部へ更に回し蹴りを浴びせる。

 鈍い音が響く。ドラゴンは顔をしかめるも、その頭部は横に振られることもなくその場に留まっている。


(まだだ───ッ!)


 更に連撃。脚を主軸に置いた一連の───15番目の動き。

 畳みかけるような蹴り技に頭部を持ち上げることすら出来ず、ドラゴンが僅かに体勢を崩す。


「OoooOOO!」


 締めの上段後ろ回し蹴りが敵の顎を打つ。

 勢いの乗った攻撃はドラゴンの巨大な頭部すらのけぞらせる程だった。

 このままいけるか。そんな考えが過った瞬間───


(───ッ!?)


 悪寒が走り、視界を上へ。

 最中、交差する視線。その瞳に動揺の色はなく、逆に何かを狙っているかのような。

 歯を食いしばり、思い切り後ろへ飛ぶ。

 直後───


「Gu───」


 巨大な一撃が振り下ろされ、逃げ遅れた膝から下の部分が抉り取られる。

 急いで地面を転がり距離を取り、攻撃の正体を確かめる。


(あれは───翼か?いや、形状がさっきまでのものと違う!?)


 翼の先にある5本の爪。

 もはや翼の機能はないだろうそれを、ドラゴンは大きく広げこちらに見せつける。


(第2形態ってか?)


「OoooOOOOOOUU!!!」


「GaaAAAAAAA!!」


 地鳴りがするほどの咆哮にこちらも負けじと吼える。

 生み出された巨大な2対の拳と合わせて計3本の腕が襲い掛かる。

 苛烈さが増した攻撃を辛うじて凌ぎきる。

 僅かな隙を見つけて反撃。

 そんなやり取りが続く。


(このままいってもジリ貧か・・・)


 敗ける。

 やはりこの状態を打ち破るには罠を作動させるほかないだろう。

 徐々に敵を罠の方へ誘導する。

 果たして、気付かれているのか・・・


 焦らず、着実に。

 敵の攻撃すべてに全神経を注ぎつつ、目標の場所まで。

 そして───


(今!)


 敵が咆え、駆け出す。

 道の先には地雷。絶好のタイミングだと、思い切り横へ飛ぶ。

 あの巨体が。そう簡単に勢いを殺すことは出来ないだろう。


 横切るドラゴンの視線と交差する。

 じゃあなと目だけで伝える。


(これで───)


 カチリと。

 小さく鳴る音。

 直後、轟音が響き大地が割れる。

 立ち込める粉塵の多さがその威力を物語っていた。


 さしものドラゴンもこの威力を前に無事では済まないだろう。

 だが、予想は裏切られる。


 煙が振り払われる。

 無事ではない。しかし、重傷かと問われるとそうではないだろう。


 ドラゴンが雄たけびを上げる。それは勝利を確信した号砲。

 翼だ。巨大な翼を1本犠牲に。予感があった彼はそれを地面に突き刺すことによって爆発を誘発させ、直撃を免れた。

 翼の先は見るも無残に砕けている。だが、問題はない。


 飛ぶことは今後叶わぬも、地上だけでも彼は最強を誇る。

 まずは目の前の敵を喰らい潰す。

 そう感じたドラゴンの視線は前に、そして


「───ッ!?」


 驚愕へ。


 駆けてくる緑の影。

 それが持つのは、先ほど失ったはずの銀色の輝き。


 言っただろう?


 狙いは部位破壊。

 どこでも良かった。この瞬間。この隙を作ることが出来れば。


(1番───)


 瞬時に正面まで迫った彼が繰り出すのは幾重にも積み重ね、染みついた動き。

 驚愕から一転。思考は追いつかない。だが、それでも敵は本能でついてきた。

 奔る銀閃に怯む様子もなく、迎え撃つ。


(2───3───)


 この瞬間だけ、私の景色はすべてがスローになっていく。

 模倣に没頭していたときのように。

 与えられた軌跡を正しく、丁寧になぞっていく。


(4───5───6───7───)


 捉えられない。

 舞うように動く敵を、その巨体をもってなお。


(8───9───10───11───)


 止まらない。

 身体が、命が削られていく感覚。

 久しく忘れていた感覚がドラゴンの胸の奥から湧いてくる。


(12───13───14───15───)


 それは焦りと呼ばれる感覚。

 ドラゴンの口元に光が集まりだす。


(16───17───18───19───)


 舞踊者に焦りはない。

 その対照的な様子は、まさしく両者のパワーバランスを表していた。

 気付けば皮膚が切り裂かれ、急所───心臓が見える。

 狙いは一点。


 放たれた一条の光。

 それは先ほど見せたものよりはるかに細い。

 しかし、それでもなお敵を屠るには十分ぎるほどの威力を孕んでおり、


 ───時間が引き延ばされていく───


 やけに間延びしたような音。

 まるで水中にいるかのような感覚。

 最小限に。最低限に。


 ぬるりと。擬音をつけるのであればそんなところだろうか。

 身を捻りながら放たれた光線を、紙一重でかわす。

 その瞳に敵の姿は映していなかった。

 あったのはただ1つの憧憬。


 音もなく、心臓を剣が貫いた。




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