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死闘 #4

 

 山に入り、2週間ほどが過ぎていた。

 随分と登った。周囲の景色も変わり、辺りには緑はなく大きな岩が転がっている。

 いまだ溶け残っている雪を飲み、喉を潤す。じゃりじゃりと音が立つのは不快極まるが、背に腹は代えられない。


(しかし・・・これだけ登ってもなお頂上が見えないな)


 生命の気配も大分少なくなってきた。

 背負った袋を降ろし、中身を確認する。

 ここに登るまでに作っておいた保存食(入れただけ)だ。それなりに量はあるため、ここから探索を続ける余裕はある。

 周囲の気温は低い。腐る心配はない・・・はずだ。


(サバイバルの知識が欲しい・・・)


 時間を見つけて研究しても良いかもしれない。

 もっとも、それも生きて帰ることが出来ればの話だが。

 念のためかき集めた雪を袋の中に入れていく。


 空は晴れており、浮かんでいる雲の量も少ない。

 山から見るとこんなに速く雲は流れているのかと感じる。


(幸か不幸か鈍い身体で助かった。おかげであまり寒さを感じない。

 気持ちのいい天気だ)


 しばらくこの辺りでキャンプと洒落こんでも良いかもしれない。

 そんなことを考えながら更に山を登っていく。


(うーむ。これだけ登っても見つからないか・・・せめて痕跡でもあればいいんだが)


 いるのは間違いない。

 つい先日、上空を舞う影を見た。それは迷いなく、山の頂上の方へ向かっていった。


(ま、気長に行くか)


 焦る理由もない。

 技の精度もかなりのものになってきたとはいえ、完全には至ってない。

 さて、今日は何番から何番の繋ぎを試そうかと考えていた時だった。


 ヒョロロロと甲高い鳴き声に気を取られ、ついと視線を横へ向ける。

 珍しい色の鳥だ。赤寄りのオレンジ。頭の先から尾の先まできれいに染められている。

 それとは対照的に足元はやや青みがかっており、どこか毒々しい。

 こういった高山は地味な色あいが多いと思っていたが。


(はぐれたのか、それとも隠れる必要がないだけか・・・)


 強そうには見えない。しかし、あるいはということもある。

 よしヤろう、と瞬時に判断した私は思考する間もなく駆けだす。

 弱くてもせめて美味くあれ、と思いながら思い切り拳を振り下ろす。


 鈍い音が響き、山の外壁が抉れる。

 鳥は───


(速い!)


 あの一瞬で飛び立ち、すでに射程距離の外にいる。

 こちらを振り返ることなく一目散に逃げていくその背中を見て、ため息を吐いた。

 飛んで追いかけるのは不可能。

 羽が欲しいものだと肩を落とし───


 バッと首を横に向ける。


 洞窟だ。

 かなり大きい。入り口は私の背丈の2倍ほど。奥行きは分からない。

 気付かなかった。いや、気付いていたが意識してなかった?


(魔法、か?近づいたら見えるようになる、みたいな?)


 奇妙な感覚を覚えつつ、洞窟の周囲を観察する。

 自然に出来たものにしては形が綺麗だ。おそらく意図的に掘られたものだろう。

 洞窟の中へ足を入れる。

 小石を転がし、反響を確かめる。


(音が遠くまで続いている・・・かなり深いな)


 進むか戻るか。

 悩んだ直後、バサリと風を切る音が耳を打つ。

 音は洞窟の外、上空から。姿は見えず、音の主との距離はまだ遠い。

 しかし、それでも聞こえた確かな羽ばたきの音。


 それはすなわち、音の主が巨体であることの証。

 慌てて外に出て、付近の岩場に隠れ様子を窺う。

 待つことしばらく。音が大きくなっていき、地面に影が差す。


 徐々に、徐々に。

 姿が大きくなっていく。

 鼓動が速くなる。気付かれれば戦闘は避けられない。

 必死に息を殺し、相手を観察する。


(───ッ!?)


 黒く、艶のある皮膚。背中には硬そうな鱗があり、一つ一つが見えるほど大きい。

 巨体は4本の脚に支えられ、身体の前方には3本の爪を携えた腕があった。

 全長は、かなり大きい。尾の先まで合わせると大体10メートルはあるんじゃないだろうか。

 太い首の先には頭部があり、側面には3つの目が漆黒の輝きを宿している。

 頭部は蛇を思わせる形をしており、思い描いていたドラゴンとは違った。


 だが、あぁ。

 ソレを形容する言葉を、私は知らない。

 ゆえにドラゴンと、その名前がふさわしいと納得する。


(いや、待て───よく見ると、コイツ・・・腕が1本しかない?)


 恐らく両側にあったであろう腕。

 巨木を思わせるその腕を、もう1つは根元から断ち切られているのが見えた。

 よく見ると美しい鱗もところどころ剝がれており、負傷の跡が見られる。

 傷跡から、おそらく最近つけられたものではないだろう。

 しかし、傷を負っているという光景が私に衝撃を与えた。


(いるのか───コイツに傷を負わせるほどの奴が)


 ゴクリと。

 知らずたまった唾液を、こみ上げる妙な気持とともに嚥下する。

 悔しさか、あるいは恐怖か。


 ともあれ敵は万全ではない。

 では倒すのに不足か。


 否


(それで、ようやく五分だろうな・・・)


 伝わってくる存在感はこれまでの比ではない。

 さきほどからこちらが眺めているだけで、相手はこちらを一瞥もしていない。

 にも関わらず、ビリビリと伝わる危険信号。


(───っと)


 咄嗟に口元を覆う。

 ふざけた話ではあるが、なるほど。


 どうやら私は、この戦いを、


(楽しみだと、感じているのか)


 ドラゴンが洞窟の中へ入っていく。

 住処であることは確定した。

 それでは、


(準備を進めるか───)


 目印代わりに岩場に傷をつけ、その場を去る。

 この身体で出来ることはそう多くはない。

 多くは無いのだから、すべてやる。


(恨みはなく、思い入れもないが・・・私のために死んでくれ)








 ◇◆◇







 明朝。

 かすかにあった違和感。

 そして不意に聞こえた異音。

 それが微睡からの覚醒を促す。


 6つの目を開く。

 また格の差が分からない餌が飛び込んできたか。

 かつて張った結界だが、完全に外部からの侵入を防ぐものではない。

 こうして時折、哀れな犠牲者が飛び込んでくる。

 哀れ、というのは相手に生存の道は許されていないからだ。


 悉くを踏み潰し

 悉くを嚙み砕く


 今までも

 これからも


 そうして外へ。

 揺るぎない在り方を胸に秘めるまでもなく、ただ当然と。


 照りつける日差しが目をわずかに焼く。

 細まった視界の先、そこにいたのは1匹の獣。


 何者か。そう考えたとき。

 轟音。

 そして強烈な衝撃とともに視界が暗転する。








 ◇◆◇








(よし───)


 ボタン式の爆弾。道中で手に入れた道具の一つ。

 使い方は人間の戦いを見て学んだ。

 威力は十分すぎるほど。洞窟の入り口を一瞬で巨大な岩塊に変え、その質量は暴力へ。

 轟音とともにドラゴンの姿が瓦礫下に沈んだ。


 それをみて私は小さくガッツポーズをとる。

 とはいえ、だ。


(この程度で、倒れはしないだろう?)


 倒れるならそれまでだが果たして。

 沈黙は一瞬。直後に再び轟音が響き、詰まれていた瓦礫が崩壊する。

 粉煙を纏い、漆黒の肌が見える。


「GoOOOAAAA!!!」


 翼を広げ、巨大な体躯を震わせながらドラゴンは空が割れんばかりの咆哮を放つ。

 音圧だけで吹き飛ばされそうになる中、歯を食いしばり息を大きく吸い込む。


「ooOOOOOHHH!!!」


 叫ぶと同時に心の奥底から湧いてくる高揚感。全身の血管がブワッと広がる感覚。


(行く───ぞッ!)


 衝動のまま飛び出す。確かな戦意を宿したドラゴンもまた迎え撃つ構えを見せる。

 身勝手で一方的な戦い。しかし、そんなことはどうでも良い。

 敵と認識した相手がいる。倒すべき相手と認めた相手がいる。


 殺し合うには、それで十分だった。


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