死闘 #3
鍛錬と実戦。
それを繰り返しながら、私は次第に山の麓へと近づいていく。
あの日以降、都度空を見上げるもドラゴンを見かけることはなくなった。
それが少し残念であった。
(どんな姿なのかしっかり観察しておきたいんだが・・・)
さて、武術───と呼ぶべきかは怪しいが、身体の使い方はこの数日でかなり上達した。
足運びや指先に至るまでの腕の動かし方は言わずもがな、目線、呼吸すら意識を向けられるようになった。
今の自分ならボスに勝てるだろうか。妙な自信と共に試したいという欲求が生まれる。
ここまで、それに匹敵するだけの相手はいなかった。
奥に行くほど敵が強くなる、なんてことはなくいつか戦った狼ほどの相手もいない。
多少歯ごたえのある相手もいるものの腹を満たすだけの相手である。
では何もなかったかと言われるとそうではない。
道中、3度人間との戦いがあった。
全員が戦士のような恰好をしており、武器を携えていた。
この世界の人間があの格好をしているのはデフォルトなのだろうか。
ここでも人間たちは当然のようにあの謎の靄を纏わせ、戦いを挑んできた。
戦いを経て、いくつか分かったことがある。
靄の力は十人十色。
さほど影響を感じとれない者もいれば、明確に強化された者もいる。
また常時発動ではなく、任意であること。
(スキルレベル、的なものか?あるいは魔力量の差か)
スキルや魔力といったものがこの世界にあるのかは知らないが。
(あとは、魔法か。あれも個人差がありそうだ)
3回の接敵のうち、火の玉や土の塊を飛ばす魔法を受けたのは2回。
試しにと腕で受けてみたが、感じた重さは違った。
また残りの1回は、そもそも魔法を使う相手がいなかった。
(出し惜しみじゃないんだろう。魔法を使うには才能が必要で、全員が使えるわけではない・・・)
つまり靄───強化魔法のようなものは全員が使え、火や土といった現象を操る魔法は制限がある。
また魔法で起きた現象は、現実のものと差はない。
火も土も着弾後に消えることなく、その場に留まり続けた。
(仮にエネルギー保存がこの世界にも適用されるとして、何らかの元が必要のはず・・・それが魔力なのか果たして)
と頭を使っているようだが、正直感想としては「魔法良いなー」である。
特に火だ。生肉を食うのはもはや飽き飽きしてた。
(木をこすって火を起こすのは出来なかったし・・・はぁ。魔法・・・)
何度か試したことはある。
手を掲げ念じる。
詠唱のようなものをする。
瞑想して自分の中にある魔力を感じ取る。
すべてが空振りに終わったわけだが。
さて、人との戦闘がもたらしたものは魔法への理解だけではない。
懐につるしてあるそれの感触を確かめ、静かにほくそ笑む。
固く、それでいて滑らかと鋭さを兼ね合わせる。
軽く弾けばキンと澄んだ音。
そう、武器───剣である。
硬さと言う点においては、私の拳に軍配が上がる。
しかし、斬るという動作で言えば拳では難しい。
無論、あの巨体からすれば爪楊枝で傷つけるようなものだろうが、無いよりましだろう。
また剣にはリーチを補うという利点もある。
これもまたあの巨体からすれば誤差だろうが。
(ま、収穫はそれだけじゃないんだがな)
勝つための準備は整いつつある。
あとはやってみてから判断するしかないだろう。
緊張は、さほどない。
また燃え上がるような何かもない。
それはいまだ対面していないからだろうか。
それともあくまでも中目標であるからだろうか。
なだらかな斜面を登りながらぼんやりと思考を巡らせる。
足元は木の根や岩の角が出っ張っており、地味に歩きづらい。
背の低い植物がそれらを隠すので尚更だった。
(いずれにせよドラゴンからすればたまった話じゃないだろうが。
あーでもあれだけデカイんだから、いろんな奴から挑まれてもおかしくはない、か?)
それこそ人間の英雄譚として好きそうだし、と1人頷く。
ドラゴンを討伐して英雄として祀られる。なんともありがちな話ではないだろうか。
(ん?そういえばドラゴンって1匹で暮らすものなのか?この世界に何匹いるんだ?)
家族で暮らしていて。
あれが複数いた場合を想像する。
象の群れにアリが1匹・・・
(・・・その場合は諦めるか)
情けない話ではあるが、別に死にたいわけではない。
いつか来るであろう再戦に向けて、むしろ死なないために挑んでいるのだ。
(まずは様子を見て。1匹なら挑む。
勝てそうだったら継続。無理そうなら離脱)
逃げ切れるかはさておき。
そんなことを考えながら歩を進めていく。
道中、使えそうなものは拾っていく。
丈夫そうな蔓。硬い木のみ。手ごろな礫。
それらを人間が持っていた袋の中へ入れていく。
残念ながらよくある魔法の袋───四〇元ポケット的なものではなく至って普通の袋だったが、それを作る技術がない私にとっては有難いものだった。
黙々と歩くことしばらく。
変りばえの無い景色。纏う雰囲気にも変化は感じられない。
見上げても頂上は見えない。遠方から見るに相当な標高があることは確かだった。
フゥと息を吐き、歩くスピードを上げる。
かつて日本の山を登ったことはあるが、こんな山道は歩いたことがない。
舗装された道がどれほど素晴らしいものであったかを実感する。
やがて小川に辿り着く。
これを上っていけば上流に辿り着く。
そこが頂上かは分からないが、少なくとも近づく。
(なげぇ・・・)
見上げる先に続く道に若干辟易としながらも歩みを止めることはない。
小川を汲み、喉を潤し、気合を1つ入れ山道を上っていく。
道はまだまだ序盤であった。
◇◆◇
植生が変わり、周囲には鋭い葉を持つ植物が増えてきた。
マツらしき葉を眺め軽く噛んでみる。まったく美味しくなかった。
(美味いものが食べたい・・・)
この体になっても味覚は健在である。
生肉を食べているのは生きるためであり、決して美味しいからではない。
もう慣れており全く抵抗はないものの、それでも焼いた肉を食べたくなる。
贅沢なのは承知だが、生きていれば欲が出てくるものだろう。
(お!木の実だ!どれどれ・・・
プッ、不味い・・・)
何というべきか。ものすごく薄いスイカのような味がしたそれを吐き出し、ため息を吐く。
(そういえば・・・食べても渋みを感じなくなったな。
何だっけか。渋いってのは体が毒を感じたからとか聞いたことがあるな。今の私には毒が効かないってことか?)
前に蛇に嚙まれた時もあった。
その際にも後遺症はなく平然と動けたことから、その可能性はありそうだ。
(ま、だからなんだって話だが。あ、鹿だ)
接敵。すなわち戦闘。
相変わらず喧嘩っ早い鹿がこちらに向けて駆けだす。私は構えることなく目前まで迫ってくる鹿をぼんやりと眺め続け、
鈍い音が響く。
同時に鹿の頭が文字通り吹き飛ぶ。
意志を失った体は勢いのまま私の横を通り過ぎ、やがてどうと地面へ倒れこんだ。
それを一瞥することなく、私は先へ進んでいく。
この森に入ってから何度も繰り返した光景だった。
(こう、なんというか。強者のオーラとか出てもいい気がするんだが)
小型の獣はともかく、中型の獣は何も考えていないのか兎に角突っ込んでくる。
しかも明らかにこちらを食べる目的ではない。
(なぜならこの鹿は草を食べるからな!どんだけ戦闘が好きなんだ・・・)
自分のことは棚に上げるなという話だが。
まぁ挑んでくる分には構わない。こちらも良い訓練になる。
1日でも動かねば鈍る。格下でも技が試せるならば問題はなかった。
(今の11番の動きは良かった。次は、19番の動きを試すか)
一連の動きも随分と慣れてきており、幻影とほぼ同速で動けるようになってきた。
とはいえまだまだ”ほぼ”であり、完全とまではいかない。
(13番から14番のつなぎが人体───じゃないか、化け物体?には無理なんだよな)
斜め下からの切り上げ。体勢はほぼ地を這うように低く、しかし崩れておらずすぐさま次の攻撃へ移れるように。
全身の筋肉を使い何とか持ちこたえているが、そこでどうしても硬直が発生する。
(アイツはごく自然の動作の中でやってみせた。力む様子も無かった・・・)
間違いなく人間じゃない。いや人間どころじゃなく、もはや別の生命体だろう。
そう納得させつつ、また次の敵が来たため別の動きを試す。
何度も繰り返された光景。
動きに迷いはない。動作の起こりも終わりも淀みはなく。
不意に顔を触ると口角が上がっているのに気付いた。
楽しみだと内心で嗤う。




