(9)
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アルフォンス王子が連れてきたのは、アイスクリーム屋だった。
「え、アルフォンス王子…」
「しっ。ここでその名前で呼ばないで。」
人差し指を唇に当てられる。
「アル、でいいよ」
「そ、そんな呼べません!」
「あと今日は敬語もなし。
いいね?これは命令だよ」
いたずらっぽく笑われる。
「わ、……わかり……った」
私の言葉に、アルフォンス王子……ではなく、
アルは満足そうに頷いた。
「それでよし。
……で、これはどう頼めばいいの?」
***
なんとかチョコレートのアイスと、マーブルのアイスを頼めた私たちは近くのベンチに腰かけた。
「……ん、これ美味しい!
美味しいよ!」
報告してきたアルの頬にアイスがついている。
(ふふ、どれだけ急いで食べてるんだか……)
「アル、ほっぺについてま…るよ」
相変わらず敬語になってしまいそうだけど、アルに怒られるため、結局変な言葉になってしまう。
「え、どこ?」
「ここ」
指さしたけど、アルの指は全然別のところを探っている。
「どこ?」
アルの頬を指していた指をぐいっと取られる。
「取って?」
いじわるな目が私を覗き込んでいる。
「わ、わかっててやってたの?!」
「あはは!」
私の反応にアルが大きな声で笑う。
(戴冠式とかで遠くからしか見た事ないようなアルだけど……近くで見ると普通の男の子だったんだな)
私は左手でバッグからハンカチを取ると、アルの頬を拭った。
「あ……」
「はい、取れましたよ……じゃなくて、取れたよ」
「ずるいな、君の方がうわてじゃないか」
「え?」
「僕の方がドキドキされっぱなしってこと。」
私の右手を掴んでいるアルの手のひらが熱い。
「あ、アル……」
「…ん?」
「アイス溶けちゃう……」
「わ……!」
大慌てのアルを見て思わず笑ってしまう。
(……なんだか、不思議な人だな。アルって……)
ドキドキさせたと思ったら、子供みたいな反応をしたりする。
「何笑ってるの……そっちのアイスもちょうだい!」
「あっ」
アルが素早く私のアイスのスプーンを奪う。
バニラのアイスをすくうと、
「間接キスだね」
そう言って笑った。
***
広場の鐘が午後5時を告げる。
「あ、そろそろ帰らなくちゃ……」
「ほんとだ、こんなに話し込んじゃって……」
あれからずっとアルと広場で話をしていた。
「名残惜しいな。
またこうして会える?」
「それは……」
結婚とかはわからないけど、アルが素敵な人だということはとてもよくわかった。
「その……また機会があれば……」
その時、昨日アルと話していたメアリの顔が思い浮かぶ。
自分の思い通りにならないと不機嫌になって自分の機嫌を取らせようとしていたメアリ。
「……その、婚約者の方が許すのであれば……」
思わず言葉を濁すと、アルは悲しそうに眉をしかめた。
「すまない……メアリのことは……
確かに、僕が先走りすぎた。
本当は彼女のことをなんとかしてから君とこうして話すべきだった。
だけど……君とこうして話したかったんだ、ずっと前から」
「アル……」
私も何か言い返そうとしたけれど。
「お時間です」
すっと、音もなくアルの傍に来た男の人が耳打ちをする。
アルは諦めたように首を振ると、その人についていった。
私は、その不思議な休日の余韻にいつまでも浸っていたのだったーー
***
翌営業日。
出勤した私のところに、メイドのナターシャが慌てたようにやってきた。
「シ、シンシア様!!
とんでもないものが届いています!」
ナターシャに連れられてくると、そこには大量の衣装が積み上げられていた。
「こ、これは……?!」
「今朝届いたんですが、とんでもない量ですよ!それにこんなアクセサリーも!!」
ジュエリーボックスを見ると、とんでもない量の宝石が無造作に入っている。
「そういえば、お手紙が付いていました」
ーー付き合ってくれてありがとう。約束の品を送る。今度は舞踏会をやるからこれを来てきてね。待ってるよ。
(あ、あの約束……!)
プレゼントをもらったことはすごいサプライズだったけど、アルのその気持ちが何よりも嬉しい……。
私はその手紙をそっと胸に抱きしめた。