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あの日の16:45。
「アルフォンス様、こちらが聖女様?わたくしにも紹介してくださらない?」
「メアリ。謁見中だぞ」
よく見ると、メアリ様の目は少し私を睨んでるような気がする。
…いや、なんだか品定めをしているような。
金髪の長い髪を綺麗に縦ロールにしていて、頭の上にはリボンを結んでいる。
金髪のアルフォンス様と並ぶと、髪の色は少し蜂蜜がかっているような甘そうな色をしている。
小柄な体にはピンクのドレス。もちろん装飾もたっぷり施されている。
髪の色と合わせているらしい大きなリボンが胸元にある。
キラキラと大きな瞳は青い色。
鼻も唇も小さくて、有名な彫刻技師が繊細な注意を払って作ったかのような造形だった。
まるでお人形のようにかわいい女の子だけど、そんなことを言おうものなら怒られそうな雰囲気がある。
「…芋女」
隣にいるアルフォンス王子には聞こえないようにぼそりと言われる。
(え…!!)
ぷっくりとしてつやつやとしたラズベリー色の唇からそんな言葉が盛れるとは思わず、私は目を見開いた。
(なんだか全然歓迎されてないような…)
居心地が悪くなり、思わず体をモゾモゾと動かす。
しかし、そこでメアリ様が言ってきたのは思いがけない一言でーー
「アルフォンス様。今日のディナーはアルフォンス様の大好きなアレですわよ。謁見は早く切り上げて早く帰りましょう。」
(なぬ…! これはまたとない好機…!)
思わず、遠い昔に読んだ古い本のような言い回しになる。
「それでは、私はこれで…」
そそくさと一礼して立ち去ろうとした瞬間だった。
「あら、どうしてお帰りになるの?もっとゆっくりしていけばいいじゃない。」
「…え????」
帰っていいって言ったのはあんたじゃないのか?!
思わずそう声を上げそうになるけど、メアリ様は意に介していないように私に近づき腕をとった。
腕も細くて綺麗で、まるでガラス細工みたい。
普通の腕をしている私と比べると、私の腕がすごい太くなったみたいな…
「だって、アルフォンス様が興味を持つ女ですわよ? もっと私も色々知りたいわ。
アルフォンス様の妃として」
たっぷりと貯めた言葉。
(あ、なるほど)
ここでやっと私は理解した。
メアリ様は、私に自分が正式なアルフォンス王子の婚約者って私に伝えたいんだ…!
気持ちとしては、
あ、どーぞどーぞ。
ではあるんだけど、それを高貴な人にどう伝えていいかわからなくて口をモゴモゴとする。
そんな私に、メアリ様が耳元でそっと囁いた。
「私とアルフォンス様がとーーーーっても深い仲で、あなたなんかが入れないってこと、しっかり見て、そして理解して帰ってちょうだい」
「え、あの…」
時刻は16:56を指している。
ダメだ、定時が近づいている。
体が拒絶反応を示している。
いつもならこの時間は、使っていたカップを下げたり書類を出したり入れたり、後片付けをゆっくりしながら、時計が進むのを待っている頃だ。
17時を1分でも過ぎると、パニックに陥ってしまうのだーー!
ーーーこれ以上ここにはいれない!!!!
「その、私…」
「メアリ。シンシアは顔色が悪い。
それにもうこんな時間だ。
どうだろう、今日はこの辺でお開きにしてはーー」
王子と目が合う。
(ーーナイス、王子!)
心の中で思わずガッツポーズをする。
メアリは、その王子の目線を隠すように私の前に立つと、
思いっきり顔を歪めてから、
にっこりとアルフォンス王子に振り向いた。
「あらぁ、すみません。私ったら…ついアルフォンス王子に初めての妾が出来ると思うと嬉しくなっちゃって♪」
その言葉にアルフォンスはなにか言いたそうな顔をするけど、それより早く、
「アルフォンス王子と仲良しの彼も今日は来るみたいよ、この間の約束の話の続きを…」
何も私が分からない話をアルフォンス王子にしているメアリ様。
そうこうしてる間に時計は16:59をさしーー
「あの、そろそろこの辺りでーー」
私はぺこりと礼をして謁見室を出た。
***
結局お城を出たのは17:10を過ぎていた。
(そりゃ、たしかに、全力で聖女をやったらたくさん患者が来て帰れなくなるかも〜とは思ったけど…
そんな妄想をしたこともあったけど…
でも、同じ定時過ぎるにしてもこんなことになるなんて…!)
私は悲しみに打ち震えながら帰路に着いた。
***
(あの時は、まだ未来に心配なんてなかった…)
今は将来が不安で仕方ない。
いつまでここで働けるのか。
仕事は戻ってくるのか。
…とまぁ、考えていても仕方ないので、この国の【聖女】に関する本を図書室から拝借してきた。それと、朝職業斡旋所で情報誌をもらってきた。
なぜなら、この状態をまたもとの安定した状態に戻すには、二つの方法しかないからだ。
まずひとつは、
本当に聖女は王子と結婚しなくてはいえないのかということ。
この状態はメアリ様の不興をかってしまったためなったと考えれば、
メアリ様はたぶんアルフォンス王子と結婚をしたいはず。
だから、私への結婚の話はどれくらい拘束力があるのか、断っても大丈夫なものなのか調べる必要がある。
ふたつめに、
とにかく転職をしてしまうことだ。
いつクビになるかわからない状態よりも、先に仕事を見つけた方が心の安寧には近づくかもしれない。
そんなことを考えながら本を読む。
ーー色々と手伝ったり、話し相手にもなってくれたアンがいない1日は長くて。
何もすることがなくて。
聖女に関する本は読み終わってきたけれどーー
「こ、これは…?!」
私は、本の一説に信じられない言葉を発見する。
***
今更ですが、【雇われ聖女】は現代でいう診療所のようなイメージです
【聖女】は不思議な力で傷を癒すことができます