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8話

数枚の紙を手にした渡辺わたなべは、嘉内かないにそれを手渡すと、困ったように眉尻を下げながら口を開く。


「今回の件、最初に臨場りんじょうした宮内庁くないちょう職員に確認取ってきたんだけどね。新人さんがあの辺りの瘴気しょうきがすごいからって問題の山に封じ込める作業を行ったのを上司に報告するの忘れてたみたい」


「逆にその新人すごいな、一人であれ封じ込めてみせたのか」


「先輩くん同伴だったんだけどね〜。その人が近くに車停めてる間に終わらせちゃったから先輩くんも瘴気が封じ込められたことに気付かなかったみたい。やけに瘴気が濃い山だなとは思ってたみたいなんだけどねー。そのせいでその新人さんも先輩くんもコテンパンに叱られてたわ」


 手元の紙に視線を落とすと、きっと昨夜怒られた後に大急ぎで作ったであろう初回臨場時の追加報告資料だった。きっとその新人が作ったんだろうということが感じられる、テンプレート感満載の報告書を読んでなんだか微笑ましい気持ちになりながら、書いてることは全然微笑ましくないな、と読み終わって天を仰いだ。


「あー……。俺の気のせいでなければこの時よりも今回の方が濃度強くなっていると思うんだけど……」


「気のせいではないわね。残念ながら一ヶ月と経たずにここまで瘴気が濃くなっているのは異常と言っても過言ではないわ。正直言って宮内庁に案件を差し戻してもいいぐらいよ。けどあっちはどうにも手が回らないらしくって頼むからこっちで対応してくれって頭下げられちゃった」


 肩をすくめながら苦笑いする渡辺は、恐らく本音で言えば断りたかったのであろう。こんな状態になっていれば禍津神まがつかみ誕生の前触れと捉えてもいいぐらいだ。神となれば宮内庁が担当すべき事案なのだから、対策室室長としては手を引きたいというのが本心だ。それでも断りきれなかったのは、宮内庁側の事情も理解できるからだ。


「今東北の小さな村でがみが確認されてるみたいで、そっちに多くの人手を出してるのよね。だから今宮内庁内には最低限の人員しかいない。

こっちの解決に割ける人がいないのよ」


「あーそれは……仕方ないな……」


「かなりヤバいじゃないっすか!」


「……そんなに大変なことなんですか?」


 嘉内が顔を引き攣らせ、宮本みやもとが目を見開いて叫ぶ様子を見て、こういったことにまだ慣れていない麻倉あさくらは疑問を浮かべる。

 半年前までは怪異やら神やらに関わりのないごく普通の生活を送っていたからか、麻倉はまだまだ知識不足なところがある。そういったところを補い、教育するのが相方である嘉内の役目だ。


がみのこと教えてなかったな。神には色々いるんだが、人や環境に悪い影響だけを与える神は主に三種類に分けられる。邪神じゃしん禍津神まがつかみがみだ」


 一本ずつ指を立てながら説明する様子を見せれば、すぐさまメモを取る様子を見せる麻倉に、嘉内は目尻が柔く緩む。古い人間とまではいかないが、嘉内はどちらかといえばスマートフォンやタブレットを駆使されるよりも、ペンと手帳で聞く姿勢を見せられる方が嬉しかった。


「まず、邪神じゃしんというのはそうあれと人に願われて生まれた神だ。

別名悪神あくじんともいう。代表的なのはゾロアスター教のアンラ・マンユ、

バビロニア神話のティアマト、あとは疫病神やくびょうがみなんかもそうだな。これらの神は存在するだけで人や環境に悪影響を与えることが多い。

元は普通の神だったが、敵対した神の信仰が強く、相手の信者たちから邪神であると認定されて変質することもある。神は割と変質しやすいんだよ、人の想いがベースになっているからな」


 嘉内の説明とともに、宮本が対策室にあったホワイトボードに簡単にまとめてそれぞれの特徴を書き込む。見た目からは想像できないぐらいの達筆さだ。麻倉はそのホワイトボードにまとめられてることも参考にしながら、手帳へと書き写す。


「次に禍津神まがつかみ。これはけがれや瘴気しょうきから自然に生み出されるものだ。今回うちが対応している案件がこれになるかもって話だな。

神とはいえ穢れや瘴気から生み出されるものは邪神などとは比べ物にならないぐらい対応がしやすい。なぜなら穢れの原因を突き止めて浄化してやれば生まれたては何とかなるケースが多いからだ。

とはいえ濃くなりすぎた瘴気があるから一般人や耐性の低い俺なんかは下手すると領域に立ち入っただけで即死するが」


「いやそれ普通にまずいじゃないですか、この案件本当に大丈夫なんですか?」


「そこはね、解決してやる代わりにうちの嘉内が普通に動ける程度には瘴気薄めろって宮内庁と取引してるから大丈夫よ。あと私も立ち会いの上二人には動いてもらうし」


 麻倉の心配を渡辺は笑顔であっさりと一蹴いっしゅうした。引き受けたと聞いたから何かしら策はあるんだろうと思っていた嘉内は、宮内庁を顎で扱うような取引をしっかり勝ち取っていた渡辺に内心引いた。それと同時に宮内庁の見ず知らずの職員に向けて合掌がっしょうした。 


「……最後にがみだが、正直これが一番厄介だと思う。前の二つは人の思いや瘴気によって生み出されるものだがこれは違う。

神自身が望んで堕ちるんだ」


「望む……? なんでそんなことを……?」


「理由は神によって異なるが、多くは人間への絶望だ。自らを信仰していた信者の行動を嘆き、悲しみ、そして絶望し、最終的には人間を根絶やしにしようと考える。

この神が怖いのは、前の二つと違って人間への明確な殺意があることだ。

邪神と禍津神は存在するだけで悪影響があるが、そこに殺意があるわけではない。

だから対処さえ間違わなければ相対しても生還率は高い。対して堕ち神は、人間は皆滅びるべきという考えが根底にあるから、対策をとってもそれをくぐって殺そうとしてくる。だから生還率はそれほど高くはない。

今回の東北での事案も、どれだけ犠牲者を抑え込めるかって感じだな」


 宮内庁の職員は皆超一流の神殺しばかりだが、それでも堕ち神相手だと手間取るだろう。恐らく幾人いくにんかの犠牲は出る。邪神や禍津神相手に無傷で立ち回れるようなやり手であっても命を落とす危険性がある。それが堕ち神というものだと、嘉内は嫌なぐらい理解していた。


「と、いうわけで。今回宮内庁がどうして対応できないか、わかったか?」


「お陰様で」


 パタリ、と手帳を閉じた麻倉は小さくため息を吐いた。宮内庁の状況が想像していたよりも数倍厄介なことを知ったから、文句も言えなくなってしまった。嘉内の体調を考えるとあの場所に近寄らせたくないという気持ちが強い麻倉だが、だからといって堕ち神の対応にてんてこ舞いな宮内庁に差し戻しできない状態なのも理解出来る。宮内庁がある程度瘴気を薄めても、根本の原因を解決しない限りはまたひどい瘴気が渦巻く状態に戻るだろう。そしていつまた禍津神が生まれるかわからない状態のままに放置するのは危険だ。


警察官として市民の平和を守るために、対策室でどうにかしなければならない。理解はできるが納得はできない、そんな思いから思わずこぼれたため息だった。


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