3話
東京都といえば都会のイメージが強いが、いまだに自然が豊かな地域も多い。失踪事件が起こったのも、そんな都会から外れた場所だった。
麻倉の運転で山間を抜け、川を渡ると、住宅が建ち並ぶ地区へと出てきた。住宅の近くには田畑が広がる場所もあり、農作業をしている様子も見受けられる。車はとある家の前で止められた。失踪当時一緒にいた少年の自宅だ。嘉内と麻倉は連れ立ってインターホンを押した。
出てきたのは少年の母親と思わしき女性だった。蒸し暑いというのにスーツを着込んだ男二人を訝しげな目で見てくる。
「あのぉ、どちら様ですか?」
「倉持彰くんのお母様、でよろしいでしょうか? 警視庁生活安全部保安課の嘉内と申します」
「同じく、麻倉です」
事前に用意していた手帳を二人揃って開けば、訝しげに細められていた目が真ん丸に開かれ、慌てたように家の中へと通された。リビングに通されると、祖母であろう高齢の女性がゆったりとした動作でソファから立ち上がる。
「ゆりさん、こちらの方々は?」
「警視庁の方です、お義母さん」
「あらあら、遠いところを。ご苦労様です」
上品な動作で頭を下げた老婦人に、嘉内と麻倉もお辞儀で返す。ダイニングテーブルへと案内された二人は、粗茶ですがと用意された麦茶へ一口だけ口をつけ、嘉内は本題を切り出した。
「この度は、彰くんも大変な目にあわれましたね」
「息子もあれからずっと塞ぎ込んで部屋から出なくて……。ずっと僕のせいだと自分を責めてるんです。なので話を聞くのは難しいかと……」
「そうですか……。実は今回はお婆様にお話を伺えればと思い、お邪魔いたしました」
そう言い出せば、少年の祖母は軽く目を瞠り、口元に手を当てる。
「私に? どういった内容かしら?」
「お孫さんの彰くんには、あの山には危ないから近寄ってはいけない、と普段からいい含めていたようですが、それには何か理由があるのですか?」
尋ねた内容が思いもよらなかったのか、彰少年の母と祖母は顔を見合わせ、困惑した表情を見せる。
「それが何か今回の件と関係が?」
「もしかしたら関係があるかもしれません。そのために我々はこちらに足を運びました」
少し悩んだそぶりを見せた祖母は、嘉内と麻倉の顔を見て、ぽつりと言葉を溢す。
「今時時代遅れだー、なんて言われるかもしれないんですけどねぇ……。この辺りでは昔から、神隠しが起こるんです」
祖母が語ったのは、神隠しと思われても致し方ないような内容だった。
曰く、この地域では祖母が子供の時よりもずっと前から、子供だけであの山に遊びに行くと誰か一人が消えるのだという。その度に大人総出で山刈りをするが姿は勿論、遺留品や骨も見つからないらしい。誰かが山に住み着いて子供を攫っている、というわけでもなく、山には野生動物の姿しかなく、人が生活しているような痕跡も見受けられない。
消えるのは決まって小学生ぐらいの年齢の子供で、生還した子供は口を揃えてこういうのだと言う。
『かごめかごめが聞こえた』と。
そんな不可解な失踪事件が頻繁ではないものの十年や二十年に一度起こるので、大人たちは神隠しだと考えたそうだ。だからこの地域で生まれ育った大人は皆、口を酸っぱくして子供にいい含める。
『神様に連れて行かれるから、子供だけであの山の獣道は通っちゃいけない』と。
それが彼女の代まで言い伝えとして残っている。なんなら彼女の息子、彰少年の父も神隠しで友人を失っているからその考えを継いでいるらしい。
その話を聞いた嘉内は考え込んだ。確かに現象としては神隠しと考えればしっくりくる。しかし宮内庁の現地調査で神の痕跡はなかったと言う判定が出ている。となるとやはり力をつけた怪異が神隠しと同様のことを行なっているとしか思えなかった。
ただ、得た情報はまだ調査ができるものではない。手がかりは山にあるとはいえ、麻倉と二人で捜索できるほど小さい山という訳ではない。せめてもう少し、場所を特定できるような情報が欲しかった。
嘉内は俯いていた顔を上げると、再度祖母に質問した。
「その神隠しというのは、具体的にいつから起こっているか、山のどの辺りに近付かないように言われているかなどはわかりますか?」
「いえ、そこまでは……ごめんなさいねぇ、力及ばずで……」
困ったように曖昧に笑う少年の祖母に、嘉内もそっと頭を下げた。流石に現地人からの話ではここまでが限界だろう、さて後はどうするかと静かに考えを巡らせていれば、側で話を聞いていた彰少年の母から控えめに声が上がった。
「あの、もしかしたら高山先生ならご存知かもしれないです」
「高山先生、というのは?」
「もともと都内の大学で民俗学を専攻されてらっしゃったらしいんですけど、定年を迎えてからこちらに移住されまして……。確か神隠しの話もご興味があられて独自で調べていらっしゃったかと」
「その方の住所、教えていただけますか?」
麻倉は少年の母から聞き取り、手帳にペンを走らせる。すぐ近くの家だったので、二人はこのままその高山先生の自宅に向かうことにした。
突然の訪問にも応じてくれた少年の母と祖母に玄関先で挨拶をしていると、「あの!」と家の奥から声が掛かった。
「警察の人ですか……?」
奥から現れたのは目撃者の彰少年で、顔色が悪く、やつれている様子が見て取れるような状態だった。ふらふらとした危なっかしい足取りで二人の前に出た彰少年は、嘉内にすがるように胸元を掴む。
「お願いします、どうかかなちゃんを、かなちゃんを見つけてください! 僕があの時あの道を通ろうなんて言わなきゃ、かなちゃんはいなくならなかったんだ! きっと今頃すごく寂しい思いをしてる……。だからお願いです、どうかかなちゃんがお母さんのところに帰れるように、見つけてください!」
少年の悲痛な叫びにも似た懇願に、嘉内はそっと少年の強く握りしめられた拳に手を重ねた。
「わかった。かなちゃんは俺が必ず見つけてみせるよ。約束する」
安心させるように優しい声色でいい含めれば、彰少年は泣きそうになるのをぐっと堪えながら、静かに頭を下げた。