1話
かぁごめ、かごめぇ。
小さな子どもの声で、かごめの唄がずっと聞こえている。僕とかなちゃん以外は近くに誰もいないはずなのに、どうしてかこれまで遠くで聞こえていたものが段々と近付いてきているような気がする。
不安そうに服の裾をギュッと握ってくるかなちゃんを見て、こんなことならこの道通るんじゃなかったと後悔した。
小学校を卒業するまで、子供だけで山の麓にある獣道は夕方に通っちゃいけない。神様に連れて行かれてしまうから。
小さい頃からおばあちゃんにずっと言われていた言葉だ。おばあちゃんはすごく真剣に、何度も何度も僕に言い聞かせてきた。お母さんは大袈裟ですよと笑ってたけど、お父さんはおばあちゃんの言葉に何度も頷いて、念押ししてきたことを思い出す。
僕もお母さんと一緒で、大袈裟なだけだと思っていた。確かに人気の少ない道だから、不審者に遭わないようにとか、猪やら猿やらの動物に襲われないようにとか、そのための脅し文句みたいなものかなぁと思っていた。
けど、六月の終わりでじっとりと蒸し暑い時期なはずなのに、ひんやりと寒気すら感じるこの雰囲気に、もしかしてあの話は大袈裟なんかじゃなかったのかもと思い始める。
この道は家への近道だからと、止めるかなちゃんの言葉を聞かずに足を踏み入れるんじゃなかった。異様な雰囲気に怯えるかなちゃんを少しでも安心させようと、大丈夫だよと笑いかけると少し安心したように笑ってくれた。
後ちょっとでこの道は終わる。かなちゃんと目を合わせて、互いにそっと頷く。少しづつ耳元で聞こえるかのように大きくなってきたかごめの唄を振り切るように、僕とかなちゃんは同時に走り出した。
かぁーごめー、かーごめー。
笑いながら唄う子供の声がこんなに怖いって初めて知った。
かぁごのなーかのとーりぃはぁ。
必死に走る僕らなんてお構いなしに、あちらこちらから声が聞こえる。
いーつ、いーつ、でーあーう。
背の高い草むらの向こうに、ようやく住宅街が見えてきた。
よーあーけーのばーんにー。
大きな歌声が頭に響く。僕は何も見たくないと目を瞑ってひたすらにひらけた道を目指す。
つーるとかーめがすーべぇったぁ。
後ろからかなちゃんのあっ!という声と、ずざぁっ、土の上に転んだ音が聞こえた。
「かなちゃん!」
うしろのしょうめん、だーあれぇ?
僕が振り向くとそこにいた筈のかなちゃんはいなくなってて、ただ薄暗い森と獣道が目の前に広がるだけだった。
「かな、ちゃん?」
問いかけるように声をかけるけど、返事が返ってくることはな麓かった。