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「ここ、どこだろう……?」
彼は日本の江戸時代に生きる佐々木 小太郎、5歳。
佐々木家は将軍家の剣術指南役として代々受け継がれてきた。
小太郎も例外なく、3歳の時から剣を握り、跡取りとして剣術を習っていた。
5歳の段階ですでに武装した大人数人と互角に戦える彼は、皆から超天才と讃えられ、佐々木家歴代の頭首達を遥かに凌ぐとまで言われる程の逸材。
そんな小太郎は、お外に遊びに出かけて、異世界へと繋がる空間を見つけてしまい、何の考えも無しに飛び込んでしまった。
彼は生粋の馬鹿。
剣は天才でも頭は空っぽ。
家族からも、よく心配される程の馬鹿なのだ。
「お父さん~ お母さん~ みんな~どこ?」
異世界に転移したという事を理解してない彼は、家族をひたすらに探す。
もう二度と家族には会えない悲しい現実を知らない小太郎は、森の中をしばらく走り続ける。
「だめだ……見つかんない。 もう分かんないよ……うえ~ん」
寂しい気持ちから、ついに泣き出してしまった。
やはり、まだ5歳のお子様には、1人でいる事の辛さに耐えられない。
「えぇぇん~しくしく……」
「どうしたの? 大丈夫?」
泣いてる小太郎に声をかけてきた女の子の名前はルネア。
髪が長くて綺麗な茶色、スカート姿の可愛らしい子ども。
歳は7歳で彼よりも年上だ。
「しくしく……お姉ちゃんはだれ?」
「私はルネア。 エルドリア王国の女王様に仕える奉公人よ」
「ぼくはコウタロウ。 5歳。 みんな、いなくなちゃったって、1人になった」
「え!? もしかしてコタロウは異世界人?」
「わかんない……」
この異世界に元々住む人の中に、黒髪の人間は一人も存在しない。
エルドリア王国には伝承があり、別の世界から来た黒髪の勇者が魔王を倒す物語がある。
同じ色をした小太郎の黒いオカッパ頭は別の世界から来たとい証。
全てを理解したルネアは告げる。
「たぶん……もう家族には会えないわ」
「え、やだよっ~。 みんなに会いたいよ!」
「ごめんね! もう会えないの……コタロウには分からないかも、しれないけど、無理なものは無理なの。 その代わり……私がコタロウの家族になってあげる! だから泣かないで……」
「ほんと? お姉ちゃんになってくれるの?」
「うん、コタロウは私の弟! 私が絶対に守ってあげる」
「やっっったぁーーー! ありがとうお姉ちゃん!」
「ふふふ、よろしくね」
事情を把握したルネアは覚悟を決めて、可哀想な彼を弟にする事にした。
小太郎は喜びはしゃぐ。
2人は仲良く手を繋ぎ、彼女が暮すお城へと向かうために森を歩いていく。
その途中で彼女の目的だった、薬草を採取して腰袋へと収納する。
ルネアは奉公人だが、薬師を趣味としていて、休日にはこうやって1人で、この森にやってくるのだ。
この森は比較的安全で、魔物と出くわす事はない。
だから少女1人でも大丈夫なのだが、この日は違った。
2人の前方にある草むらが揺れて何かが飛び出して来る。
現れたのは子どもの様な背の低い、緑色の体色をした人型の魔物。
「うそっ!? 何でゴブリンがここに?」
「ごぶりん? 美味しいの?」
確かにプリンみたいな名前で美味しそうに聴こえるが、ゴブリンは食べられない。
小太郎はアホ過ぎて、この窮地が分かっていない。
「コタロウ! 私が相手してる間に逃げてぇ!」
何がなんだか分からず、指を咥えて呆ける小太郎。
ゴブリンは大人の男1人と同等ぐらいの強さがあり、女を攫っては犯して孕ませて、新たなゴブリンの赤ちゃんを産ませる。
女にとっては天敵の様な存在。
ルネアを見てニタニタと薄気味悪い顔で笑うゴブリン。
彼女に向かって突撃して攻撃する。
「きゃぁぁぁ!?」
回避出来ずに体当たりされて転んでしまい、脚を痛めてしまう。
こうやって女が逃げれないようにしてから次は男を狙う。
計算高いゴブリンは標的を小太郎へと変える。
「逃げてぇぇぇコタロウ!? 早くぅ!」
小太郎は姉に攻撃したゴブリンを許せずにいた。
最初は人だと思い油断していたが、大切な人に手を出され怒っている。
「姉ちゃんをイジめるなっ!」
彼は、そこら辺に落ちている木の棒を拾い武器にする。
ゴブリンは再度突然して来たが、小太郎が木の棒を一振りすると、首が落ちて赤い血が流れ出す。
「だいじょうぶ? 姉ちゃん?」
「え、え、えぇぇ~~~!?」
瞬殺されたゴブリンなど無視して、ルネアの元へ駆け寄る。
脚を痛めた彼女を背負い、森を歩いていく。
「な、なんで? なんで木の棒でゴブリンに勝てるの!?」
至極当然な疑問ではあるが、小太郎にはそれが簡単に出来てしまう。
彼にとって斬るとは、息するのと同様、当たり前の行為なのだ。
そして驚くのは、その力強さ……自分より背の高いルネアを背負い普通に歩いている。
5歳の子どもには有り得ない程の、パワーを備えている。
大人の男を遥かに凌ぐ腕力。
戦う事に恵まれた才能。
頭以外は言う事のない、類稀ない実力の持ち主……それが小太郎である。
「助けてくれて、ありがとうコタロウ!」
「うん!」
ルネアはまだ7歳だが、恐れることなく魔物に立ち向かい、倒してしまった小太郎に少しだけ好意を抱いてしまった。
彼の背中に赤く染まった顔を沈める。