情報屋さん!次の依頼は、私に相応しい殿方を見つけてきてもらうことです!
「スレンダーな女性が好みだと言っていたから、私、大好きな甘いものだって我慢してダイエットを頑張ったのに……」
愛しい人にお会いできることを心待ちにしていた社交パーティー。一か月振りに対面した、公爵家の三男であるロイド様の隣には、ふくよかな体型をしたご令嬢がいた。
「……どうして!?」
「ティナお嬢様は、また振られたわけですね」
「振られてないわよ!」
「それじゃあ、振られる前に失恋したんですね。というか、それでやけ食いとか……せっかく痩せたのに、また太っちゃいますよ?」
「……うわ~ん!」
ケーキを頬張っていた私の目の前で、頬杖をついて呆れ顔をしているのは、ジェイド・シュタイン。伯爵家の出自でありながら、次男ということもあって家督を継ぐ気はないらしく、王都一の情報ギルドに所属している、ちょっと変わった男だ。
お父様同士が親友と呼べるくらいに仲が良く、私とジェイドは、幼少の頃から遊ぶ機会も多かった。所謂、幼馴染の間柄だ。
あの頃はもっと砕けた口調で話してくれていたけれど、公爵家の娘である私の方が身分が高いこともあり、いつからかジェイドは敬語で話すようになった。……まあ、容赦のない物言いをしてくるところは、ちっとも変わっていないんだけど。
「だって、ずっと我慢していたんだもの。今日くらい良いじゃない……!」
「だからといって限度がありますよね。というか、せっかく俺が、ロイド・シュペリエル公爵の誕生日や血液型といった基本的な情報から、好きなもの嫌いなもの、好みのタイプまで調べ上げたのに、今回も失敗しただなんて……一体何があったんですか?」
ジェイドの言葉は、私の胸にグサリと突き刺さる。
ついさっき、私がパイにフォークを突き刺した時(もちろんロイド様への湧き上がる怒りを込めて)とは比べ物にならないくらい、グッサリと。今、私の心臓が透けて見えたなら、きっと真っ赤なストロベリージュースが噴き出しているに違いないわ。
「……初めは、いい感じだったのよ。何度もティータイムをご一緒したし、この前は帝都劇場へお芝居も観に行ったわ。そのタイミングでジェイドが、ロイド様はほっそりした女性がお好きだっていう情報を持ってきてくれたから、私、驚かせようと思って……一か月お会いせずに、ダイエットを頑張ったのよ。見違えた姿をお見せしようと思って」
「なるほど。その間は一切会わなかったんですね?」
「ええ。でもね、手紙のやり取りはしていたの! ロイド様、今回のパーティーで会えるのを楽しみにしているって言ってくれて……それなのに……」
「会わない一か月の間に、意中の殿方は別のご令嬢に夢中になっていた、と」
「……うわ~ん!」
ジェイドが傷口をえぐってくる。その通りだけど、もっとオブラートに包んだ言い方があるでしょ。失恋して傷心中だと分かっているのだから、もう少し優しくしてほしい。
「そもそもジェイドの情報って……本当に信用できるのよね?」
ジェイドが持ってきてくれた情報が、間違っていたという可能性はないかしら。
浮かんだ疑惑をそのまま口にすれば、ジェイドは苦い野菜でも食べたみたいな顔をしながら、眉を顰めた。
「お嬢様、俺の情報網を疑ってもらっちゃ困りますよ。俺は、信憑性のない情報を提供したりしません。情報の裏付けだってきちんと取っていますから」
「……そうよね」
心外だと言わんばかりの表情で、自身が入手してきた情報は正しいと言い切っている。その言葉に、素直に納得してしまう自分がいた。ジェイドの情報屋としての優秀さは、私もよく知っているから。
「でも、それじゃあ……どうしてロイド様は、好みのタイプとは正反対の、ふくよかな女性と仲睦まじくしてらっしゃったのかしら?」
「それは分かりませんけど……好みのタイプと、本当に好きになる相手は別物ともいいますからね」
ジェイドが、私のタルトに乗っていたベリーを摘まんで食べながら言う。お行儀が悪いからその手をペシリと叩いてやろうと思ったけど、難なく避けられてしまった。悔しい。
「相手との距離を縮めるためには、もちろん情報は大切な武器になります。ですが、情報だけを過信しすぎるのも良くないということですよ」
指先に付いた生クリームを舐めながら、ジェイドはもっともらしいアドバイスをくれた。その仕草が色っぽく見えて、何だか妙な気持ちになった私は、咄嗟に目を逸らした。
「と、とりあえず、次こそは上手くやってみせるわ!」
「そうですね。……そもそもお嬢様は、どうしてそこまで恋愛結婚にこだわるんですか?」
ジェイドの言わんとしていることは、すぐに分かった。
そもそも貴族の娘の結婚相手は、基本的には親が決めるものだ。最近では貴族間での恋愛結婚も増えているが、公爵家の娘である私は、当然のように父親が決めた相手と結婚するはずだった。
だけど私、ティナ・エバンスは、恋愛結婚への憧れを捨てきれなかった。
愛読しているロマンス小説のヒロインたちは、最後まで諦めることなく、どんな逆境にも立ち向かい、身分の差など関係なしに、最後には心から愛した殿方と結ばれていた。
私もそんな素敵な恋がしてみたい。だから、社交パーティーで気になる殿方を見つけては、アプローチを試みてきた。
情報屋であるジェイドに、幼馴染のよしみで情報収集も頼んで、私の恋愛結婚計画は完璧のはずだった。
「だって、これから生涯を共にする人なのよ? そっちの方が素敵じゃない。だからこそ、アプローチだって頑張ってきたつもりだったのに……」
どうしてこうも上手くいかないのかしら? もしかして私、気づかないうちに何か粗相をしているとか? それとも単純に、女性としての魅力がないのかしら……?
「そんなに落ち込まないでください。お嬢様が好いた殿方のために努力していたことは、側で見ていた俺が一番分かっていますよ。また次、頑張ればいいじゃないですか」
ジェイドが、項垂れている私の頭を撫でてくれる。温かくて、安心する手つきだ。
――いつも意地悪ばかり言うくせに、私が本当に落ち込んでいる時には必ず優しくしてくれるところ、ズルいと思うのよね。
私は胸に込み上げてきた感情にグッと蓋をしながら、勢いをつけて立ち上がる。
「決めたわ。私、今度こそ絶対に、好きになった殿方との恋を成就させてみせる!」
「頑張ってください。……まあそれを聞くのも、もう四回目になりますけど」
最後の言葉は聞こえなかった振りをして、ジェイドに向き直る。
「ということでジェイド! これが最後の依頼よ」
「へぇ。もう次の意中のお相手を見つけていたんですか?」
「いいえ、違うわ。次の依頼は……私に相応しい殿方を見つけてくることよ!」
切れ長の薄紫の瞳をパチリと瞬いたジェイドは、一瞬で面倒くさそうな顔になった。嫌なのは分かるけど、もう少し隠す努力をしてくれてもいいのに。
「俺の仕事は探り出した情報を提供することで、人探しは専門外なんですけどねぇ」
「いいじゃない! 似たようなものでしょう?」
「……ちなみに聞きますけど、お嬢様の好みって、どんな男なんでしたっけ?」
「そうねぇ。優しくて穏やかで、私をいつだって甘やかしてくれて、甘いものを食べに行くのにも付き合ってくれて……一緒にいて楽しくて、でもロマンス小説に出てくる男性みたいに、ドキドキさせてくれる方がいいわ」
「うわぁ、抽象的過ぎて面倒くさ……」
「ちょっとジェイド、聞こえてるわよ?」
「いやいや、もうちょっと分かりやすいタイプを教えてもらえませんか? 背が高いとか、目がパッチリ二重とか、綺麗な顔立ちをしているとか」
「そんなこと言ったって……いくら見た目が良くても、中身が伴っていなかったら意味がないもの」
難しい顔をしたジェイドは顎下に手を添えて考え込んでいたけれど、それから一分も経たないうちに、頭の中に思い浮かんだのであろう殿方の名を教えてくれる。
「ガーディオルス男爵家当主の跡継ぎは、背も高くてハンサムですし、甘いものも好んで食べていたはずですが、金遣いが荒いことで有名ですね。お嬢様がコロッと絆されて金づるにされそうな未来が見えるので、コイツは却下です。アインザック家の次男は……穏やかで優しげな顔立ちをしていたと思いますが、気が弱く自己主張が控えめ過ぎるのが難点ですね。お嬢様には、面倒見が良くて頼りがいのある男の方が向いていそうですし」
ついさっきまで気乗りしない表情を見せていたくせに、今は仕事モードに入ったのか、頭にある情報を分析しながら私に相応しそうな相手を捜してくれている。
というか私以上に、私に似合いそうな相手を分かっている気がするのだけど。これも情報屋としての能力が高いことと関係あるのかしら?
「あとは……あぁ、そうだ。一人、お嬢様の求めるお相手にぴったり当てはまる殿方がいます」
「……え、本当に!? それは何という方なの?」
「ザビル公爵家跡継ぎのアビッタ様です。優しくて穏やかな気質の方ですし、社交の場では好んでケーキを食している姿も見られました。お嬢様より三つ年上で、お父上の事業を継ぐべく、外交との貿易についても熱心に勉強されているみたいですよ。婚約者がいましたが、ご令嬢が複数の殿方と関係を持っていたことが判明したようで、二週間ほど前に破談になっています」
「二週間前に破談になったって……何だか上手い話すぎない?」
「そうですか? こんなのよくある話だと思いますけど……ああ、確か一週間後に開かれるパーティーにも出席予定だったはずです」
「ジェイド、貴方まさか……開催されるパーティー全ての参加予定者まで、覚えているの?」
「まあ、事前に分かるものは。一度出席表に目を通せば、頭に入るので」
ジェイドは何でもない顔で話しているけれど、一度見ただけで全て覚えられるって……普通に凄すぎるわよね。参加者が何人いると思っているのよ。
記憶力が桁違いに良いところも、王都一の情報ギルドでトップを張れる所以だったりするのかしら。
「ちなみにアビッタ様の好みの女性は、純白が似合うような天使の笑みを持つ女性だそうです」
「……分かったわ。やってやろうじゃない。天使にだってなってやるんだから! それで次こそ、公爵様と素敵な恋をしてみせるわ!」
「まあ頑張ってください。それじゃあ俺は仕事があるので、これで失礼しますね」
ひらりと手を振ったジェイドは、颯爽と帰っていく。扉が閉まったのを確認してから、私は長い息を吐き出して目を閉じた。
「……次こそ、頑張らないとね」
呟いた声は、自分自身に向けて放った激励でもあり、いい加減に腹をくくりなさいと――自身に言い聞かせるための言葉でもあった。
◇
華やかなパーティー会場から帰った、翌朝のこと。
普段の起床時刻を過ぎても布団にもぐり、使用人たちの心配の声も無視してベッドでふて寝していれば、コンコンコンと三回のノック音を響かせて、ジェイドが訪ねてきた。
「お嬢様、また振られたんですか?」
「……うるさいわよ」
この男、デリカシーって言葉を知らないのかしら。
幼い頃からの勝手知ったる仲なので、使用人たちにも、ジェイドのことは許可なく通しても良いと伝えてある。――けれど、せめて部屋の主である私に、入室の許可はとってから開けてほしい。私が着替え中だったらどうするつもりかしら?
色々と文句を言ってやりたいところだけど、今の私は言葉を放つ元気もないくらいに落ち込んでいた。
「図星なんですね」
「……」
「今回は何があったんですか? ……言いたくないなら、無理には聞きませんけど」
ジェイドがベッドの淵に腰を下ろしたようで、スプリングがくすんだ音を立てた。
「……もう、止める。諦めるわ。私に恋愛なんて、無理だったのよ」
昨晩のパーティーでお会いしたザビル公爵家の跡継ぎであるアビッタ様は、ジェイドの情報通り、遠目から見ても穏やかそうな雰囲気であることが伝わってきたし、実際に話してみても、気の良い青年であることが直ぐに分かった。
どうやらパーティー会場で私を見かけたことが何度かあったらしく、お互いに甘いものが好きということもあって、話も弾んだ。……これは、好感触かもしれない。
そう思った私は、ジェイドに教えてもらった天使の笑みを意識して作りながら、今度、王都で開かれる社交パーティーのパートナーになってほしいとお願いしてみた。けれどアビッタ様は、心底不思議そうな顔をして首を傾げた。
「僕でいいの?」
「え? どうしてですか?」
「だって君には、すでに大切に思う相手がいるんじゃないのかい?」
そう尋ねられたのだ。
アビッタ様は、以前参加していたパーティー会場で、頼み込んで一度だけパートナーとしてジェイドと連れ添っていた時の私を、目にしていたらしい。
「君は、あの時一緒にいた青年のことが好きなんだろう?」
「……」
傍から見てもバレバレなくらいに、私のジェイドに対する好意は筒抜けだったということだ。……本人には、一切気づいてもらえていないけれど。
「――ねぇ、ジェイド」
「何ですか?」
ふかふかの枕に沈めていた顔をそろりと持ち上げて、視線だけを左側に向けてみれば、ジェイドの引き締まった腕が見えた。
「どうしてジェイドは……誰とも結婚する気がないの?」
「え?」
視線を上げれば、きょとんとした顔で首を傾げているジェイドと目が合う。
――これ以上、言っては駄目よ。頭では分かっているのに、止められない。今までずっと我慢してきた感情が、溢れてくる。
「だって……前に言っていたじゃない! 誰とも結婚する気はないって!」
そう、あれは二年前のことだ。
私はジェイドに、幼い頃から恋心を抱いていた。ちょっぴり意地悪なところもあるけれど、困っている時にはいつだって手を差し伸べてくれて、私を優先してくれるジェイドに、もしかしたらジェイドも、私のことを女の子として大切に思ってくれているのかもしれない……なんて。そんな微かな期待を抱いていた。
だから、勇気を出して聞いてみた。――それが、間違いだった。
「ジェイドは、気になる子とかいないの?」
「気になる子って……どうして急にそんなことを?」
「え? そ、それは……」
「もしかしてお嬢様……気になる殿方でもいるんですか?」
「そっ……そうよ! 情報屋として信用できるジェイドに、情報収集を依頼しようと思って!」
「へぇ……おめでとうございます。お嬢様にも春が来たんですね」
「わ、私は教えたんだから、ジェイドの気になる子も、教えてよね!」
「俺ですか? 俺は別に……そもそも、結婚する気もないですから」
「え? ……そうなの?」
「はい。家を継ぐ気もない俺には、必要ないので。情報屋としての仕事にやりがいも感じていますし。それで、気になっている殿方は何ていう名前の方ですか?」
「え!? えーっと、それは……あ、アシュリー家の、ご子息よ!」
「アシュリー公爵家のことですか? 確かあの家には、息子が二人いたはずですけど……長男の方には婚約者がいたはずですし、次男の方ですか?」
「そ、そう!」
「分かりました。それじゃあ詳しいことを調べたら、また伺いますね」
咄嗟に浮かんだ、すでに顔も朧げになっている男性の名前(この前のパーティーで一言二言会話しただけ)を口にしてしまった。結果、ジェイドを騙す形になってしまったけれど、だって……。
「好き、なんて、言えるわけないじゃない……」
結婚する気はないって。必要ないと言っていたジェイドにとって、私の気持ちは、迷惑以外の何物でもないだろう。伝えたら、きっと困らせてしまう。もう、こんな風にお喋りをすることもできなくなるかもしれない。それが恐くて――私は、幼少よりすくすくと育っていた恋心に、蓋をすることにした。
水や肥料を与えなければ枯れてしまう植物のように、私の恋心も、ジェイドに会わなければ次第に成長を止めて、萎んでしまうだろう。
そう思っていたけれど、ジェイドに会う頻度を減らしてみれば、今ジェイドは何をしているのかしら、ジェイドに会いたい、と、むしろ想う気持ちが募る一方だった。
だから、ジェイドへの恋心を失くすべく、私が次に考えた作戦は、ジェイド以外の男性を好きになることだった。そうすれば、胸の中で育ち過ぎた恋心も、別の殿方への想いにすり替わってくれるはず。――そう、思っていたのに。
「他に好きな人ができたら、ジェイドのことも諦められるって、そう思っていたのよ。だけどね、駄目だったの」
ぽろぽろと涙がこぼれて、真っ白なシーツに染みを作る。
――ずっとずっと、ジェイドが好きだった。でも、気になる殿方がいると嘘を吐いて、情報屋として協力してほしいと頼み込んだ。欲を言えば、ジェイドが少しでも嫉妬してくれたらなっていう下心もあった。だけどジェイドは、何も言ってくれない。顔色一つ変えることなく、私の偽りの恋心を、いつだって応援してくれる。
不毛な恋だって、分かっているつもりだった。だから、この苦しみから逃げたくて、必死に他の殿方に目を向けてきたのに……それすらも、苦しみを助長させるだけだって気づいてしまった。
全部が上手くいかない。自分が何をしたいのか、分からなくなってきた。……ロマンス小説に出てくるヒロインは、どんな困難があっても諦めずに、心から恋い慕う殿方に思いを伝えていた。
けれど私は、ジェイドに嫌われるのが恐くて、逃げてばかりで……自分の気持ちに嘘を吐いて、他の殿方の存在さえ、利用しようとしていた。ズルくて最低で……こんな自分、大嫌いよ。
「お嬢様……」
ジェイドの困惑する声が、耳に届いた。
抑えていた気持ちも、こんな形で告白する形になっちゃったし……ジェイドが今どんな顔をしているかは分からないけど、きっと、困らせているわよね。
「やっと、言ってくれましたね」
「……え?」
だけど続けられた言葉は、私の予想を裏切るものだった。
「言ってくれたって……まさかジェイド、私の気持ちに気づいて……?」
顔を上げれば、にこりと笑っているジェイドと視線がかち合った。
「そりゃあ、さすがに気づきますよ。だってお嬢様の言う好みのタイプって、全部俺に当てはまってるじゃないですか」
「なっ……私の好みは、抽象的って言ってたじゃない! それがジェイドだという確証はないでしょう?」
「分かりますよ。……ずっと側で、見てきたんですから」
ジェイドの大きな掌が、私の濡れている頬を優しく撫でる。
「それじゃあジェイドは、今まで私の気持ちに気づいていながら……意地悪で知らない振りをしていたってこと?」
「意地悪、というか……いつ言ってくれるのかな、とは思ってました」
「何よそれ……」
「お嬢様を悲しませようとか、困らせようなんていうつもりはありませんでしたよ。これまでお嬢様に、嘘の情報を教えたこともありません。お嬢様が心から好きだと思える男性と巡り合えたのなら、潔く身を引く……ことができたかは分かりませんけど、諦めがつくかなとは思っていました」
眉を下げたジェイドは、寂しそうな顔で微笑んでいる。そんな言い方をされたら、ジェイドも私と同じ気持ちでいてくれたのだと……勘違いしてしまいそうになる。
「それって、どういう意味?」
「……ティナお嬢様は俺より身分も高いですし、そもそも俺は、家を継ぐ気もありません。情報ギルドの仕事で遠方に行って何日も家を空けることだってありますし、情報を得るために多少の無茶をすることもあります。こんな俺じゃあ、お嬢様の望むような殿方には、到底なれないと思っていたので」
「っ、何よそれ……私の気持ちを、ジェイドが勝手に決めつけないで!」
「……本当ですよね。すみません」
「私は、家柄なんかで結婚相手を決めたりしないわ。仕事で危ない目に遭うかもしれないことは……正直、心配ではあるけど」
掌をきつく握りしめて、その顔に後悔の色を宿しているジェイドを見ていたら、私の口は無意識のうちに動いて、次の言葉を紡いでいた。
ジェイドのそんな顔をいつまでも見ていたくないし……もう我慢する必要も、恐がる必要もないって、分かったから。
「ねぇ、ジェイド。情報屋の貴方に、一つお願いがあるんだけど」
「……何ですか?」
「ジェイド・シュタインという殿方の好みの女性を、調べてきてくれる?」
依頼内容を聞いたジェイドは目を丸くしていたけれど、数秒して眦を緩めながら、フッと息を漏らす。
「それなら、よーく知っていますよ。彼が好きな女性は、甘いものが好きで、我儘で諦めが悪くて、意地っ張りで臆病で……でも、どんなことにも一生懸命になれて、すぐに泣いたり怒ったり、表情がコロコロ変わって、笑顔が可愛らしい……見ていて飽きないお嬢様です」
「……どう考えても、悪口が混ざっていたわよね?」
「そんな所も、彼は愛おしく思っているので」
胡乱な目を向ければ、くすくす笑い声を漏らしたジェイドはベッドから立ち上がり、その場で腰を折った。見下ろせば、薄紫色の瞳が、まるで許しを請うように揺らめいている。
「どうですか? ジェイド・シュタインは、お嬢様に相応しい殿方でしたか?」
「……」
言葉を返す代わりに、そのままジェイドの腕に飛び込めば、しっかりと抱きとめられた。
「もう、依頼はいいわ。……私に相応しい殿方が、ようやく見つかったから」
抱きしめる腕に力を込めれば、耳元で優しい忍び笑いが響いた。
「ティナちゃん、好きだよ」
「……馬鹿、遅いわよ」
臆病者同士だった幼馴染二人のお話でした。
最近は公爵令嬢ものが書きたくて(ただ全く手を付けてこなかったジャンルなので)日々試行錯誤しながら色々と書いています。ふわっと書いたので設定もゆるゆるですが、ここまでお読みいただきありがとうございました!
よろしければ感想、評価、ブックマークなど、応援していただけると大変励みになります!