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『ヒーローが過去に本気で愛した人』役から逃げたつもりが溺愛ルートに入ってしまった

作者: 関谷 れい

愛犬が橋の上から落ちそうになった瞬間、私の身体は勝手に動いた。

「――ポポ!」


空中でそのふわふわした小さな命を抱き締めて安堵した瞬間に、現実に引き戻される。

――あ、これ詰んだな。


ポポを抱き締めた私の足は、とうに大地から離れていて。

どこか冷静に、その事実だけを受け止める。


でもポポという小さな命は、両親もおらず独り身の寂しい私をずっと癒してくれたのだ。


仕事はブラックで、精神的に病んだり逃げたりする社員が大半な激務。


そんな中ポポは、異世界恋愛小説を隙間時間に読むことだけが唯一の趣味だった私に、頼られる喜びと愛する幸せを教えてくれたのだ。


可愛い相棒を見殺しにする自分よりは、まぁ好感が持てる。

些か、不注意が過ぎるとは思うけど。



そんなことを考えながら私、柏木愛流かしわぎあいる、二十三歳。

ポポを抱き締めながら、来る衝撃に覚悟して――異世界へ辿り着いた。



***



「おばあちゃん、三年間色々教えてくれてありがとう。しばらく会えなくなるけど、また必ず来るね」


この世界でとてもお世話になったおばあちゃんのお墓に花を添えて、大きめの肩掛け鞄を抱え直した。


足元でクゥン、と鳴くポポの頭を撫でて、宣言する。

「ポポ、さっさと逃げるよ!」


鞄一つを抱えて、四年間お世話になった家を出ると、行くあてのない私の旅路が始まった。



私がポポと共に辿り着いた異世界は、人狼が王様の国だった。


ポポに頬を舐められて目を覚ますと、そこは畑のど真ん中。

何故こんなところに流されたのかわからずポポを抱き上げ周りをキョロキョロと見ていると、どう見ても日本人ではない外国のおばあちゃんがギョッとした顔をして私に杖を突きつけてきた。



英語でもない国の言語で話すおばあちゃんとは全く言葉が通じず、困惑する私のお腹がタイミングよく鳴る。

その音を聞いたおばあちゃんは肩を竦め、こっちへおいでというようにジェスチャーをして、私をそのおばあちゃんの家に招き入れてくれた。


言語を覚えるまではわからなかったのだけど、おばあちゃんは結婚して子供が一人いたものの、旦那様と子供に先立たれて以来寂しく独りで自給自足の生活をしていたらしい。


独りで寂しかったのだろうおばあちゃんは、私とポポを孫のように可愛がってくれた。


おばあちゃんは街に薬を卸す薬師で、自分がいなくなった後も私が生活していく上で困らないよう、言語以外にもこの国のことや薬のことを、親身になって色々教えてくれた。



両親の顔も知らずに育った私にとって、おばあちゃんは私にとってかけがえのない存在になった。

赤の他人だったけれど、とにかくそれくらい、よくしてくれた。



ここが地球ではないとわかったのは、おばあちゃんと一緒に薬を卸しに行った街で、遠目に人間以外の種族を見た時だ。


犬の耳と尻尾を生やした歩く人間を最初に見た時は、コスプレかと思った。

おばあちゃんに笑って報告したら、『それはこの国の王族か貴族だ』と教えて貰った。


確信したのは、世界地図を見た時だ。


この世界にも魔法みたいなものはないようだけど、他の国も人虎や人豹、人熊など、主に肉食動物の獣人がそれぞれの国を治めているらしい。



そんな異世界だが、きちんと犬もいる。

おばあちゃんは犬好きで、街のいたるところにいる野良犬に餌を与えながら、「私に何かあったら、首都にいくんだよ」と残される私と野良犬の心配をしていた。



そんなおばあちゃんは、私が異世界に降り立ってから三年経った時に、眠るように亡くなった。

私はおばあちゃんのお墓を作り、おばあちゃんの仕事を引き継ぐ形でその街に留まり続けたが、そんな私とポポだけの生活に、ある日異変が起きた。



「ポポ? あまり遠くまで行っちゃ駄目だよ」

ある日、薬草を摘みに行った森で、ポポが何かに導かれるように森の奥深くまで行ってしまったのだ。


慌てて追いかけた私は、一匹の怪我をしたハスキーのような犬を発見した。

真っ白なハスキーは、背中に矢が突き刺さっており、そこだけが真っ赤に染まっている。



最初は私が近付くことに威嚇をしていたハスキーも、ポポがその頬をひと舐めしてワンワンと吠えると、大人しくなった。


まさかのトイプードルがハスキーに先輩風を吹かせたのだろうか、と思いながらも私はそのハスキーを背負って家まで連れて帰りロロと名付けると、結構献身的に世話をして、なんとか回復させるまでに至った。



おばあちゃんと私とポポの二人と一匹の生活は、私とポポとロロの、一人と二匹の生活へと変化した。


ロロはとても賢く、私とポポの話をよく聞く子だった。

お風呂に入れた時に暴れたのも最初だけで、暴れるだけ時間が伸びるよ、と優しく注意するだけでそれ以降はじっと大人しくしてくれるような子だった。


気付けば時折ふといなくなることもあるけれど、そういう日は大抵、狩ってきた獲物を口に咥えて夕方には帰ってきた。

そんな生活が、一年続いた。



ロロがポポの面倒を見てくれるお陰で、街には一人で行くことも多くなった。


以前はちらほらとしか見かけなかった兵士がやたら多くなったな、と思いながら常連さんの家まで薬を届ける。


「まだヒューバート様は見つからないのかしら」

「こんな田舎の街なのに、最近は物々しいわね」

そんな話をしている顔見知りに何かあったのかと声を掛けると、この国の第二王子であるヒューバート殿下が行方不明なのだという。


そして、行方不明になった場所が、この街の近くの山だとか。



「絶対にもうこんなところにはいらっしゃらないわ」

「崖崩れにあったとか山賊に襲われたとか、色々な噂があるけど、絶対に第一王子の仕業よ」

「真っ白な耳の獣人なんて見ていないしねぇ」


どうやら後継者争いによって第二王子は殺されたのだと、街の者達は考えているようだった。



第一王子と第二王子は母親が違い、第一王子の母親が亡くなったあと、第二王子の母親が今の王様の後妻になったらしい。

街で多くの兵士を見たが、第一王子による追手と第二王子の派閥の兵士の両方がそろっており、一触即発という緊張感が高まっていた。



「ポポ、ロロ、ただいま~。なんだか街が大変なことになってきたよ」

私は軽くなった籠を出入り口に置いて、駆け寄って来た二人を滅茶苦茶撫でまくって可愛がる。

ぶんぶんと振られる尻尾が愛しい。


クゥン、とロロが私に話の続きをせがんだので、「この国の第二王子様を探しに、第一王子の兵士と第二王子の兵士が来てるんだって」と靴を脱ぎながら言った。

この世界では海外と同じく土足だが、私はおばあちゃんが亡くなってから土足禁止にしている。



「ふたりとも、お待たせ。ご飯にしようか」

私はそう言って今日の夕飯に取りかかりながら、どこかで聞いたことのある話だなあ、とぼんやり考えていた。



ヒューバート。人狼の治める国。第二王子。

『……あれ?』

つい、日本語がポロリとこぼれる。


あれ、待って。

私、そんな異世界恋愛小説を読んだ気がする。ただし、途中まで。

何故ならば、途中から私的に許せない要素が盛り込まれたからだ。


そう、『ヒーローが過去に本気で愛した人』という、溺愛一途な恋愛話には超不要な要素が途中から爆弾のように投げ込まれたからである。



***



ヒューバートは言った。


私には過去、本気で愛した人がいたのだと。

だから、君の想いには応えられないと。

君のことはとても好ましく思っている。

けれど人狼はたったひとりの女性を愛する生き物だ。


それをしなかった自分の父親が、許せない。

自分の母親を後妻になんて迎えなければ、私が兄に反旗を翻すこともなかった。

私は、許せなかった父親と同じ道を歩みたくない。



物語は、ストーカーと化した執着を拗らせる幼馴染の護衛騎士ヒーローから逃げるヒロインを、もう一人のヒーローが助けるところから始まる。

ヒロインちゃんも貴族で、茶色い犬耳の生えた可愛い獣人だ。


ダブルヒーローの物語で、一人は執着系幼馴染護衛騎士。もうひとりは、第二王子で真っ白な人狼。



護衛騎士とひと悶着あり、ヒロインちゃんが第二王子のほうに傾いた矢先のことだった。

読者一同がワクワクと読み進めた結果、こんな設定が後出しじゃんけんのように投下されたのだ。



***



「いやあああ!!」

私は、スマホをベッドに投げつけた。


誰か嘘だと言って。

まさかの百話、ずっと楽しんで読んできたのに、ここでの地雷発生!!


ヒロインちゃんに完全感情移入していた私はこのやるせない気持ちを持て余した。

タグ避けも出来ない「ヒーローには過去に本気で愛した人がいた」、これ私の地雷。


いやいや全然そんな様子微塵もなかったじゃん!!

めちゃくちゃヒロイン溺愛一途一直線だったじゃん!!

何故?作者様!

いつ路線変更したの?

伏線見逃しただけ?


ヒーローはヒロインと出会って愛を知った、でいいじゃん!!

そこに過去の女、必要!?


ああ、もう嫌だ、読みたくない。読む気を失った。



……というのが、過去の私である。


しかし、今回問題なのは、その地雷そのものではない。


確か第二王子が恋をした相手は、「第一王子の陰謀で殺されかけ傷ついた私を、献身的に世話をし癒してくれた」「その後も一年ほど一緒に住んで、愛を育んだ」「ある日第一王子の手下である兵士が家に押しかけ、私を守って殺された」女性なのである。


待って。

ちょっとだけ思い当たる節がある。


いやでも、「人狼」って書いてあるんだから、誰もこんな、完全なる犬みたいな姿をしているとは思わないじゃない?


だから全く気付かなかったし、異世界に飛ばされたってだけで精神的にいっぱいいっぱいで、それがまさか小説の中だなんて思いもよらないじゃない?



ぎぎぎ、と首を動かしロロを見る。


ロロは大人しく座り、舌をお口の中にお利口にしまったまま、こちらをじっと見ていた。

初回以来大人しく風呂で洗われる姿も、今思えば利口すぎやしないか。


私は毎日何回、ポポとロロに愛してると言っているだろう。

一年も言われていれば、愛を育んでいると勘違いされてもおかしくはない。

自分の姿を鏡で見てよと言いたいところだが。



でも私、まだ死んでいない。


けれどもし、これから兵士が押し寄せてきて、ロロに剣を向けられたらどうするだろうか。

ポポが橋から落ちた時、頭で考えるより先に身体が動いた、ある意味前科のある私は。



『……うん、まずいかも』

私が日本語で話すと、訝しそうな顔をするロロ。

やはりというか何というか、恐らくロロは言語を理解している。



「ねえロロ、申し訳ないのだけど、明日はひとりでお留守番出来るかな?」

私はロロの前にご飯を置きながら、そう尋ねた。ロロは「ワフ」と返事をする。

ロロはひとりの時、大抵狩りに出掛けるのだ。


不意打ちでいなくなるのは卑怯だし、申し訳ないと思うけれど、それしかない。

急にいなくなった女のことなんて薄情だと、好きだと言った言葉はまやかしだったのだと、思ってくれるだろう。



私は、『過去に本気で愛した女』役を避け、かつ殺されずにすむ手段を選択することにした。

すなわち、逃亡である。



***



翌日、私が出掛ける準備をしていると、案の定ロロがいなくなる。

私は置き手紙を書き、テーブルの一番目立つところに置いた。


いくら逃げ出すとはいえ、ロロは一年一緒に過ごした、大事な家族だ。

ヒーローなのだから私がいなくても生き残るだろうけど、無駄な怪我はして欲しくない。


もし万が一ロロがヒューバート王子とは何の関係がなくても、あんなに大きくなるまで生き延びてきた子だから、私がいなくてもしっかり次の根城を見つけるはず。


手紙を読めるのならばロロはやはりヒューバートなのだろうし、本来いるべき場所へ帰るだろう。



手紙を書きながら、ポタ、ポタ、と涙がこぼれる。

未練を残してはいけないのに、人狼かもしれないロロの心配より、私しか頼る人がいないポポのことを考えなくてはいけないのに、ロロをひとりにしてしまう罪悪感が、私に押し寄せる。


『さ、書けた。ポポ、おばあちゃんの墓参りしたらそのまま常連さんにご挨拶周りして、そのまま逃げるよ』

ポポは元気よく「キャン!」と吠える。


こうして私は、住み慣れたおばあちゃんの家を後にした。



***



「うわー、凄い人だね、ポポ」

今まで稼いだお金をかき集めて、途中途中も薬草を摘んだり薬を売ったりして、二ヶ月かけてなんとか首都までやってきた。


もっと田舎のほうに行こうか悩んだけれど、おばあちゃんには首都に行けと言われていたし、首都のほうが雇用機会に恵まれるかと思ったのだ。



森では本物の狼と遭遇したり、田舎道では野犬と遭遇したりと結構危ない目にあったけれど、どちらも私を襲ってくることなく、なんとか事なきを得た。

首都で人材募集の紙を見ていると、街の人の会話が耳に入る。



「きいたか、ヒューバート様が無事に戻られたらしいぞ」

「第一王子が牢屋に入れられたって話だろ、本当に驚いたよな」


その噂を聞いて、私はホッとする。

ロロは無事に、いるべき場所へ帰ったらしい。


そして私は死ぬことなく、ここで生きている。



「この募集なんかいいかも」

薬師募集の張り紙を取ろうとした時、「お嬢さん」と声を掛けられた。


私のことかと思って振り向くと、フードを被ったひとりのおじいさんがニコニコしながら「もしかして、薬師の仕事をお探しかな?」と尋ねてくる。



田舎者を狙った何かの怪しい勧誘かと少し警戒しながら、一応失礼のない程度に「はい」と答えると、

おじいさんはほっほと笑って言った。


「君がマリーネの弟子のアイルであれば、もっと良い仕事を紹介するぞ」

私はその言葉に目を見開く。



三年間一緒に住んで、私にこの世界のことを全て教えてくれたおばあちゃんの名前が、マリーネだ。


「なぜ、私のことをご存知なんですか?」

「マリーネは君に自分のことを話さなかったようだがね、君のことは自分に何かあったら頼むと、手紙を貰っていたんだよ」


聞けば、おばあちゃんは昔、王城に務めるほどの腕利きの薬師だったとのこと。


おばあちゃんが亡くなった後、私が首都に来ずに田舎街で馴染んでいる様子だったので、あえてそのままにしていたことなんかを教えてくれた。


ポポも警戒していないことだし、と私はおじいさんに促されるまま、馬車に乗る。



「私はマリーネの昔の同僚なんじゃ。ずっと弟子をとらなかったマリーネが、手紙で君を弟子だと書いてきたから、そりゃもうびっくりしたものさ」

「でも、何故私が首都に来たことを知っているんですか?」

「皆が教えてくれるからな」


そう言いながら、おじいさんはフードを取る。ひょこりと現れたのはブチの犬耳だった。


「貴族の方だったんですね、知らずに失礼致しました」

私が恐縮して言えば、よいよい、と笑いながら人の良い笑みを浮かべる。



「ところで、皆が教えてくれるとは……」

「ははは、我々獣人は、同じ系統の動物の言葉がわかるのじゃよ。私たち人狼の国では、狼や犬の言葉じゃな」

「そうなんですね」


つまり、街にいる犬たちが、何かしらの情報の伝達のような機能を果たしているということか。


「ちなみにアイルさんはヒューバート様の加護を受けておるから、我々にしてみれば客人のようなものじゃな」

「えっ?」

いきなり第二王子の名前が出て、心臓が跳ねる。


「アイルさんが、一年間ヒューバート様を保護しておった異世界人じゃろ?」


さあついたぞ、とおじいさんが言ったので、窓の外を見た。

そこには、立派なお城がそびえ立っていた。



***



「アイル、久しぶりだな」

「……お初にお目にかかります、ヒューバート様」


何故こんなことに。


一般市民にはハードルが高すぎると、私は緊張でガタガタ震えながら、この国のお辞儀をした。



目の前には人狼姿のロロ、ではなくヒューバートが王座に座っている。

「ははは、お初だなんて、おかしいな。あと、そんなにかしこまらないでくれ。アイルの世話はそこの女に任せているから、何か不都合があればすぐに言うように」

「お任せください、ヒューバート様」



私に向かってペコリとお辞儀をした女性を見て、私は目を見開いた。


ヒロインちゃんである。

因みにその横には、執着系ヒーローの護衛騎士がちゃっかり立っている。



明らかに場違いな気がするが、挙動不審な私をロロ、いや真っ白な耳と尻尾のついた美男子がエスコートをし、何故か夕飯まで招待されてしまった。



私がロロやポポと一緒に分け合って食べた食事はとても貧相にみえたものだろうと思いながら、私は緊張で味のしない豪華な料理を無理矢理口に入れ続けた。


私の横ではポポが今までで一番の食欲を見せてガッツガッツとご飯を食べ、私の正面ではロロがニコニコしたままこちらを見つめていた。



「アイルの置いていってくれた手紙のお陰で、奇襲を受けても対応出来た。礼をしたいのだが、妃の座と薬師の仕事と王城に住むのと、どれがいいか?」


何故その三択!?


妃の座は、ヒロインのものでは。

ヒロインの邪魔をしたら、今度はあの執着幼馴染ヒーローに命を狙われそうで、堪らない。


「薬師の仕事でお願いします」

「ははは、やはりそう言うと思った」

ヒューバートはカラカラと笑って、ワインを一口飲んだ。


「城の薬師の一人が、歳でそろそろ隠居するらしい。住居は提供するから、そこで働いてくれないか?」

「私には些か、荷が重いお話のようですが」

「いや、一年近くアイルの仕事ぶりを見ていたが、なんの問題もない。是非アイルに頼みたい」


王様にここまで言われて、断れる平民はいるのだろうか。

「……畏まりました」



食事が終わると、ヒューバートから「部屋まで私が案内しよう」と言われて戸惑う。


今度こそ丁寧に辞退しようとしたが、ヒューバートの白耳がへにょ、と垂れた瞬間に「喜んで!」と返事をしてしまった。


犬耳の強制力、オソロシイ。



「少し散歩をしないか?」

尻尾をフリフリしながら言われれば、やはり断れない。


「あの、ヒューバート様」

「ロロでいい。それと、今まで通り普通に話してくれ」

少し悩んだが、今までのロロの温厚な性格を一年間近で見てきた私としては、いきなり不敬罪だと斬られることもないだろうと判断して言葉に甘えることにした。



「ロロは、もしかしてマリーネさんに会いに行ったの?」

私が尋ねると、ロロは首を横に振る。


私はヒーローの過去を知ってから読むのをやめてしまったから、何故私とロロが出会うようになったのか、知らない。


「お告げがあったんだ。異世界からきた女性が、私の番だと。あの森に現れると」


私は黙って、続きを促す。


「初めは、兄上が私を始末するために嘘のお告げをしたのかと思ったが、違った。兄上はお告げを利用しただけで、お告げ自体は本物だった」


お城の中庭は綺麗な花々が咲き誇る庭園で、ロロはそのベンチのひとつに私を座らせた。



「では、なんでずっと、犬……じゃない、狼の姿でいたの?」

「アイルが異世界人かどうかがわからなかったからだ。アイルはこの世界に馴染みすぎていて、ポポに教えて貰っても確信が持てなかった。だが、傍にいてわかったよ」

「異世界人だということが?」

「いや、異世界人じゃなくても、私がこれから愛する、たった一人の番であることが、だ」

ただ、アイルがほかの言語を話した時に、やはり異世界人なのだと感じたが、とロロは笑って言う。


「本当は、あの家が居心地よすぎたのかもしれない。城に戻れば、兄上と争わなければならないことがわかりきっていたから」

精神をすり減らすような日々を生きてきて、あの生活ほど心が穏やかだったことはない、と続ける。



そしてロロは私の身体に自分の両腕をまわし、ぎゅう、と抱きしめた。


私もロロをこうして何度も抱きしめたものだが、その時とは明らかに自分の鼓動の速さが違うことに気付いてしまう。


「アイルが私を選んでくれるよう、努力する。二ヶ月も離れている間は、本当に辛かった。だからどうかこれからは、私と一緒にいてくれないか?」

ロロに懇願されて、私の心は揺れる。



原作と異なり、生き残った私は、そしてヒロインちゃんは、どうなるのだろう?

ヒロインちゃんは、執着幼馴染ヒーローと結ばれることになるのだろうか?


しかし今更、死にたくはない。



「……わかりました。お告げとは別にして、ロロのことはきちんと考えさせていただきます」

私が覚悟を決めて言葉を紡げば、ロロの尻尾は私の視界の中で振り切れんばかりに左右に振られた。



そして連れて行かれたのは、ロロの隣の部屋。ポポはその部屋でヒロインちゃんに遊んで貰っていた。


……もしかしなくても、囲い込まれている。



そういえばロロは溺愛一途属性だったなと思いながら、ポポと一緒にフカフカのベッドで眠りについた。



――ロロの溺愛ルートに入ったらしい私は、結局その一年後には絆され、ロロの番になったのだった。










いつもブクマ、ご評価、大変励みになっております。

また、誤字脱字も助かっております。


数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] ハッピーエンド! 良かったです!!しっかりしてるヒロインに好感が持てます ヒロインちゃんも幸せになりますように! ヒロインちゃんのヒーローが例の彼じゃなくなったら…((((;゜Д゜)))) …
[良い点] まあヒーロー君に落ち度は無いし、ちゃんと納得できる展開でした [一言] ホントタグはちゃんと入れろやっつーね。元鞘とか元鞘とか元鞘とか
2024/04/21 01:48 退会済み
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