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短編集

あたち、あくじょになりますの!


「ここからここまで、ぜーんぶちょうだい!」



 艶やかな漆黒の髪をバサリと手で払い、小さな貴族の少女がフフンと胸を張る。

 その横にはそんな彼女を微笑ましげに見守る金髪の少年の姿が。


 少女の名は、ララシエール。エラルディ伯爵家の長女であり、艶やかでサラリとした黒髪と、ルビーのように赤く美しい瞳が特徴的な可愛らしい少女である。歳は四歳で、瞳と同じ赤くてフリルのたくさんついたドレスに身を包んでいる。


 そして隣に佇む少年の名は、エリオット。ドーマン伯爵家の長男であり、鮮やかな金髪とエメラルドの優しい瞳を持つ麗しい少年である。歳は七歳で、紺のジャケットを優雅に着こなしている。ララシエールの婚約者だ。


 そんな二人が訪れているのは、王都で有名なパティスリー。宝石のように煌びやかなケーキが陳列されるショーケースを前に、突然ララシエールがふんぞり返り、冒頭の発言をした。


 ララシエールは絵本が大好きで、ませた少女である。就寝時、彼女が母のマリエルによくねだっているのが、貴族令嬢の間で人気な恋愛小説だった。四歳の娘にはまだ早いのでは、と思いつつも、マリエルは愛娘が望むままに物語を読んで聞かせてやった。


 ララシエールは物語に入り込みすぎるところがあり、登場人物になりきってままごと遊びをすることが多い。きっと今回も逆境を乗り越えて王子と結ばれるヒロインに陶酔するのだろうと、母のマリエルには容易に推測できた。


 けれど、影響を受けやすいララシエールが憧れを抱いたのは、王子に見初められ、苦難に立ち向かい結ばれたヒロイン――ではなく、ヒロインの壁として立ちはだかり、嫌がらせや悪事をはたらく悪女の方だった。



「あたち、あくじょになりますの!」



 目を輝かせてそういう彼女に、母のマリエルはギョッと目を剥いて必死に説得した。けれど、マリエルの努力も虚しく、ララシエールの決意は揺るがなかった。



 そしてその翌日から、ララシエールの悪女劇場は幕を開けた。


 悪女たるもの、傲慢でわがままであれ。



「あたち、ピーマンはきらいよ! こんな料理たべれないわ!」


「おや、ララシエールや。好き嫌いはいけないよ? 食べ物や作り手に感謝の気持ちを忘れずに、残さず食べなさい」


「お、おとうたま……はい、わかりまちた」



 悪女たるもの、使用人にキツくあたるべし。



「なによ、このかみがたは! もっとあたちにふさわしいかみがたになさい!」


「ふふ、はい、かしこまりました……いかがでしょうか?」


「ふわぁぁ……! かわいい! ありがとう! じゃなくて、ふ、ふん! まあ、いいんじゃないかちら!」



 悪女たるもの、婚約者を振り回し拘束すべし。



「エリオットたま! そのおんなはだれなのですか! あたちというものがありながら、うわきなんてひどいですわ!」


「え? 彼女は僕の侍女だけど……ふふ、もしかして、僕の可愛いララはヤキモチをやいてくれているのかな?」


「ヤキモチ……? なんですのそれは? たべものですの? たべてみたいですわ!」



 所詮は四歳児。ララシエールなりに悪女に徹してはいるが、決してなり切れてはおらず、ただただ可愛らしさを振りまいているだけである。


 そしてパティスリーに訪れたララシエールは、悪女ならばこんな時どうするかと考え、店のものをすべて買い占めるのではなかろうかとピンと閃いたのだ。



「それでは、ここからここまでいただけますか?」


「はい。すぐにご用意いたします」



 渾身の悪女発言にドヤァと腕組みをして鼻高々なララシエールを愛おしそうに見つめつつ、エリオットは店員に注文をした。もちろん幼い彼らだけで買い物に出れるはずもなく、後方には侍女が付き添いに来ているのだが、彼女たちも可愛い主人の得意げな姿に思わずニヤける頬を引き締めるのに必死だった。


 ケーキを屋敷に届けるように手配を済ませたララシエールの口元は満足げに弧を描いている。その隣に立つエリオットもまた、ララシエールの嬉しそうな顔を見て表情を和ませている。



「すぐに届けてくれるそうだから、帰ったら中庭でいただこうか」


「まあっ! すてきですわ! はやくかえりましょう」



 エリオットの提案にパァッと笑顔を咲かせるララシエールは、すっかり悪女の皮が剥がれた幼気な少女であった。




 ◇◇◇



 こうして自称悪女のララシエールは、十二年の間、彼女なりの悪女を演じてきた。

 そんな彼女の悪女劇場に、いつも楽しげなエリオット、そして両親や屋敷の使用人たち、更には学園の友人たちまで、口元に微笑を携えながらも付き合った。


 悪女たるもの誇り高くあれ、と考えるララシエールは、勉学にも励み、マナーのレッスンにも意欲的に取り組んだ。そのため、学園では模範的な生徒として一目置かれており、特待生の座を勝ち取っている。眉目秀麗、成績優秀。憧れられることはあれど、彼女を嫌う者は一人もいない。いじめを目撃すれば天誅を下し、素行の悪い学生を見かければマナーを叩き込み、彼女の行いは至極当然のことばかりである。

 そんなララシエールの多少言動が突飛なところも含めて、周囲の人々は温かく見守っているのだ。


 ララシエール当人だけはうまく嫌な女を演じられていると思い込んでいるが、彼女の傲慢な振る舞いや我儘はどれも(ぬる)く、自称悪女らしい所作に得意げな顔をする彼女はただただ愛らしい女性でしかなかった。

 生来の優しい性格により、キツイ言動のあとにさりげなくフォローを入れてしまうあたりが憎めなくて可愛らしいのだと、同級生たちは口を揃えて言ったものだ。


 そんなララシエールを側で見守り支え続けてきたエリオットが、愛らしいララシエールを手放すはずもなく――ララシエール十六歳の誕生日に改めてプロポーズをすることとなる。


 真っ赤な薔薇の花束を携え、白いタキシードを着て屋敷を訪れたエリオットに、ララシエールは薔薇に負けないほど真っ赤な顔をして潤んだ瞳を揺らした。



「そ、そんな……わ、わたくしは悪女ですのよ!? エリオット様の隣に立つには相応しくありませんわ!」



 バサリと扇子を開いて動揺する顔を隠しながら、精一杯悪女らしく虚勢を張る。そんなララシエールをも愛おしげに見つめるエリオットは、そっと彼女の手を取った。



「そんなことはない。君は誰よりも誇り高く、思いやりに満ち、マナーも勉学も完璧だ。それに、君といればこの先もきっと退屈しないだろうしね」


「? それはどういう……」



 猪突猛進で突拍子もない行動を取るララシエールに、エリオットは今日までずっと驚かされてきた。

 愛おしさは募れど、彼女の行動に嫌悪感を抱いたことは一度もなく、きっとこれから先もララシエールがいれば穏やかで楽しい日々が送れると確信している。


 自称完璧な悪女は、婚約者に嫌われることはあっても、熱烈に求婚されることになるとは思いもよらなかったのだろう。ララシエールは激しく瞳を揺らし、今にも目を回して倒れそうになっている。



「それとも君は……僕に嫌われるために悪女になりたかったのかい?」


「え……」



 エリオットが唯一気になっていたこと。

 ララシエールが好んで読む恋愛小説の悪女は、ヒロインを虐げ、ひどく傲慢な態度を取り、等しく婚約者である王子や高位貴族令息に見限られ、婚約破棄、そして断罪されてしまう。

 もしや、ララシエールが悪女になりたがったのは、親に決められた婚約者であるエリオットを遠ざけるためではないか。

 ララシエールのことだから、そこまでは考えていないと信じてはいるし、これまで少なからず彼女からは好意を向けられていると感じているのだが、一抹の不安は拭えない。エリオットはこの際はっきりさせておきたかった。



「だって、君が読んでいた小説に出てくる悪女は、ヒロインに酷いことをしてヒーローに嫌われて断罪されるのだろう? つまり、君が悪女として目指す先は、僕に嫌われること? ララは、僕と婚約破棄がしたい?」


「なっ! ち、違いますわ! わたくし、そんなこと……! 考えもしませんでしたわ……」



 悲しげな笑みを浮かべるエリオットを前に、サッと顔から血の気が引くララシエール。

 彼女はただ、断罪されながらも凛とした姿勢を崩すことなく最後まで自分を曲げない悪女の姿に憧れただけなのだ。だから、まさかエリオットに嫌われるためだなんて、微塵も思っていなかった。


 エリオットの言葉に、小さく肩を振るわせながら俯くララシエールは、年相応の恋に悩める乙女であった。


 そんなララシエールを前に、エリオットは安堵の息を吐く。



「まあ、そんなことだろうと思ったよ。君は思い込んだら周りが見えなくなるタチだから。僕がこれからも側で支えないといけないだろう?」



 エリオットはララシエールの細く長い指をキュッと握りしめ、指先に唇を落とした。



「え、えええ、エリオット様っ!?」


「ふふ、僕の勘違いじゃなければ、ララも僕と結婚したいと思ってくれているのだろう?」



 自称悪女のララシエールよりも、よっぽど悪い笑みを浮かべるエリオット。

 悪女を演じることに猛進してきたララシエールは、恋の駆け引きにはまったくといっていいほど無知である。あれだけ恋愛小説を読んできたにも関わらず、登場人物たちの恋模様は二の次で悪女が出てくるシーンばかりを繰り返し読んできたからだ。


 実は、本人に自覚はないのだが、学園でかなり目立つララシエールは男子生徒からも人気が高く、いつもエリオットが睨みをきかせて牽制してきたのだ。

 ララシエールが伸び伸びと過ごせるように環境を整え、年上であるエリオットが学園卒業後も、彼女が彼女らしく振る舞えるように陰ながら支え続けてきた。


 耳まで真っ赤に染めながら、いっぱいいっぱいだと言うようにこくりと小さく頷くララシエールに、エリオットは蕩ける笑顔を向けた。



「ようやく、僕だけの悪女になってくれるんだね」


「えっと、その……はわわ」


「ふふ、真っ赤になって可愛い。愛しているよ、ララシエール」


「ひゃわっ」



 ひょいっとララシエールを横抱きにしたエリオットは、早速結婚式の相談のために彼女の両親が待つ部屋へと挨拶に向かった。


 こうして、結婚を機にララシエールの悪女劇場は終幕し、エリオットの猛攻にたじたじになりつつも、愛し愛され幸せな結婚生活を送ることとなるのであった。


 余談であるが、ララシエールによく似た娘もまたどこか暴走気味なところがあり――「あたち、ゆうしゃになりまちゅの!」とファンタジーな物語に陶酔して両親を困らせることになったという。

ありがとうございました!

私の頭の中の幼女が「あたち、あくじょになりますの!」と言い出したので平和で可愛い物語に仕上げました(*´꒳`*)

楽しんでいただけましたら評価やブクマいただけるととっても嬉しいです!!

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