1話
人生は絶望の連続だと思う。
軽いもので言えば、友人に貸した初回限定盤のCDやDVDを失くされるとか。果てしなく重いもので言えば、大切な人が死を迎えたとか。
この世に生を受け20年、毎日仕事に悩殺されている俺、一尺八寸 馨取は、そんな絶望をあらかた体験していると思っていた。そして、これ以上絶望を味わうことはないと、そう高を括っていた。
だが、どうやらそれは間違いだったらしい。
目の前に立つ長身の女性は、白銀に輝く矛に似た何かを俺の首元に突きつけ、高みからその光景を見下ろしていた。
その眼差しは氷のように冷たく、気温がどんどん低くなっていくのを感じる。
「もう一度だけ聞く。...貴様、何をしにここへ来た。」
そう言われ、俺は死への絶望を抑え込み、、思考を巡らせる。あたりは1面木々が生い茂っていて、野鳥の鳴き声が聞こえていた。
こんなよく写真とか、イラストとかで見る森のような場所になんの用で?何をしに?そんなの俺が聞きたいわ!
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こんなことが起こる数十分前、俺はひたすらにゲームをしていた。
画面に映るドット調のゲームのタイトルは『勇者に贈る鎮魂歌』。俺が最近ハマっている、RPGゲームだ。
ストーリーは、勇者が魔王を倒しに行く、という至ってありがちな内容だが、このゲームにはよく言う王道ゲーム展開と違う点が2つほどあった。
1つ目は、単純に敵モンスターの強さが桁違いということ。主人公も味方もLv1なのに、平気でLv15のモンスターが出てきたりする。故に、セーブを駆使しながら進めなければ、すぐに詰む。それ故に、このゲームはクソゲーと称され、結果、現在クリアした人間は1人しかいない。
2つ目は、主人公が勇者では無いことだ。勇者パーティの中にいる、封印魔法しか使えない魔術師。それがこのゲームの主人公、つまり俺である。
白い猫っ毛に、桃色の大きな瞳を持つ主人公は、その魔法の種類の少なさ、伸びしろの無さのせいで、プレイヤーからは主人公の底辺、仲間である勇者達からは役たたずと呼ばれていた。
だが、俺はそんな主人公が好きだった。
どんなにボロクソ言われても勇者を影で支え続けるその姿勢に、仕事に追われている自分を重ねていたのかもしれない。
だが、現実は残酷だ。
暗い画面に流れるエンドロールを見ながら、俺は呆然としていた。
「...まじか............」
そんな言葉しか出てこなかった。
やっと魔王城についたのに、やっと魔王を封印できたのに...まさか、その場で勇者に殺されるとは。
どうしてそんなことになったのか。
それは全く分からなかった。なぜなら、その場面だけセリフも選択肢も何一つ出なかったからだ。
つまり、俺は主人公が死ぬムービーを、このゲームに見せられたのだ。
なんという悪趣味。なんという非情。ゲームの製作者は一体どういう性格をしてこれを作ったのか。
頭の中でエンドロールに罵詈雑言を投げつけ続けていた時、エンドロールが突如消えた。
その代わりに、ドット調の文字がまるでタイピングされているように、たんたんと打ち込まれていく。
『ケイトさま
クリアおめでとうございます。
クリア報酬として、このゲームの後日談をプレイする権限が与えられました。
なお、後日談をプレイする場合、全てのステータスが保持される代わり、今までのセーブデータは削除されます。
後日談をプレイしますか?』
(後日談?...つまり、このストーリーの真相を確かめるチャンスということか。このチャンス、逃す理由はないな。)
はい、にカーソルを移動させ、クリックする。その瞬間、俺の視界は白に染まった。
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......で、今に至る訳だが、全てを話してこの状況が良くなるとは思えなかった。
彼女の顔には見覚えがある。
ゲームに出てくる魔王軍幹部、【5星 絶望手繰りし魔女 エルゼ・アプト】だ。
白銀の髪に冷気を放つその気高き姿で、1つの国を氷漬けにしたという。
下手なことを言えば切り刻まれ、その上氷漬け保存されかねない。
(何か、打開策はないものか......。この魔女を怒らせず、安全に森を抜けられる術は......。)
そう考えていると、頭の中にこの森の地図が浮かんだ。いや、この森だけじゃない。周辺の国々、様々な地形、その全てがゲームで見たものだった。だが一つだけ見たことない場所が記されている。そこには【魔女の愛弟子の墓】とだけ書かれていた。
......そうか。これだ。
「ま、魔女様のお弟子様の元へお墓参りに来ました!!」
「...私の、弟子に?」
魔女の弟子。その言葉を聞いた瞬間、魔女は明らかに動揺をした。まるで、その言葉が俺から出てくることが、信じられないように。
「魔女さまのお弟子様はこの森に眠ってらっしゃるんですよね?以前助けていただき、そのお礼をするためお墓参りに来たんです!」
「......お前、名は。」
「え?」
「名前はなんだと聞いているのだ、人間。」
「これは失礼しました。俺の名前は、一尺八寸 馨取と申します。気軽に、ケイト、とでも呼んでください。」
そういえば自己紹介をしていなかった。失礼なことをしたと思い、謝ろうとエルゼを見上げると、彼女は泣き出しそうな顔をしていた。
何かもっと失礼なことをしただろうか。慌てて訂正の言葉を口に出そうとしたが、先に言葉を発したのは彼女だった。
「...着いてこい。」
彼女は俺に背を向けると、森の中をゆっくり歩き始める。その背に置いていかれぬよう急いで立ち上がり、彼女の背を追う。
だが、普通に歩いている彼女との差は、小走りになり、挙句走っても、中々縮まらなかった。
それでもこの森の中で迷子になることだけは避けたい。そう思い、普段から運動をしておらず怠けていた身体に鞭打って、体力のギリギリになるまで走り続けた。
そうして走り続けた先、そこにあったのは古びた屋敷だった。
黒を基調としたその建物は、所々に蔦が絡まっており、不気味な洋館の名を冠するのに相応しい佇まいだ。
エルゼはその洋館の前に立つと、ようやく俺の方に向き直った。その目はまるで獲物を得ようと弓を引き絞る狩人のようだった。
そして、彼女の目が俺を見つめた時、俺は自分と相手の力量の差を思い知らされた。
ただ見られている。それだけのはずが、心臓がバクバクと音を立て、身体中が嫌な汗をかき始める。
あぁ、きっと俺はここで死ぬのだろう。後日談を知りたがった自分の欲のせいで死ぬとは。
そんな死因を後世語り継がれるのは不名誉極まりないが、それも自分の欲を抑え込めなかったものの末路だ。仕方ないことだろう。
死を覚悟し、目をつぶる。
せめて痛くない殺し方にしてくれないだろうか。そう思っていた俺の耳に飛び込んできたのは、予想だにしない言葉だった。
「お前、私の弟子になれ。」
「は、はぁぁぁぁぁぁ?!?!!!」
一尺八寸 馨取、20歳。絶望手繰りし魔女と呼ばれた魔王軍元幹部の弟子になりそうです。