おうちに帰ろう大作戦
暴力表現があります。ご了承ください。
「いやレイシス君やばすぎだろ…」
俺は走馬灯のように浮かぶ自分が転生した子供、レイシスの記憶を見て思わず言葉を漏らした。
カタリナに手を引かれて後にした大豪邸が元々レイシス君の住むはずだった家だろう。それがこんな日本だったら肝試しスポットになっててもおかしくない廃墟に住む羽目になるとか。
虐待されてるのに、その後の優しいカタリナ目当てに介抱するとか、もろDV被害者のそれだし、しかもそのヒステリックの元凶が自分のご飯になるはずのお金で買われた酒やらドラッグやらって。
最後のカタリナが自分の罪を独白するところとか、まじでトラウマとかいうレベルじゃないだろ。あのシーンが今まさにこの場で起こっていたとか考えると吐き気がする。レイシス君の歳はわからないが、同年代の子達と比べてもワースト不幸人間だろう。ワースト不幸人間だと逆に幸せみたいになってるか?まぁいいや。
記憶を整理した感じ、さっきの記憶たちは実際走馬灯に近いもので、レイシス君の心はあまりのストレスに耐えられなかったのかもしれない。自分の唯一の育ての親が自分を蔑ろにしていたことを滔々と語ってきたのだ。ある程度察する部分があったとはいえ、無理もないことだろう。
そうして心が死んで抜け殻になったレイシス君の体にひょいっと俺が入ってきた。真偽は不明だが、ただ幸せに過ごしてた子の体を乗っ取って、転生しましたやったー!!なんてのよりも罪悪感がなくていい。そういうことにしておいてこの子の分まで幸せになれるように頑張ろう。
ひとまずレイシス君のこれまでの記憶を見て現状もなんとなく把握したし、これからどうしようか。
まずは人間が生きていく上で欠かせない衣食住を確認しよう。
衣。くたびれた麻でできた半袖のワンピースの様なもの。かなりゴワゴワするし、下もスースーして落ち着かない。しかもこの1着しかない。要改善。
食。記憶から察するに今は何も持っていない。働くかなんかして手に入れないとではあるが、記憶にあるめちゃくちゃ硬いパンと冷えた味の薄いスープばかりというのは元文明社会の人間として許せるものではない。要改善。
住。所々ひび割れた石でできた玄関もない3畳くらいの空間。側面が一つ失われた直方体といえば伝わるだろうか。これを作った建築家の辞書にはプライバシーという言葉は載っていないのだろう。寝るだけなら子供には十分な広さだが、こんな廃墟で暮らすとかそもそも無理すぎ。要改善。
うん、スリーアウトチェンジでお願いします。日本という世界でも発展してる方の国で生まれ育った俺にはどれもなかなか耐えられるものではない。どうにかして早急に衣食住は整えたい。
しかーし、もう俺の頭の中にはこの3つ全てを一挙に解決する天才的な作戦があるのだよワトソン君。
それすなわち「おうちに帰ろう大作戦」だ!!
説明しよう!「おうちに帰ろう大作戦」とは、①どっかの貴族に会って自分が大貴族の子供であると伝える。②その貴族が一旦俺を保護してくれて、俺の親を探してくれる。③探してくれた実家に帰って裕福な暮らしを送る。
どうだ完璧だろう。
え、どうやって貴族に会うのかだって?それは街でも歩いたら困ってるお忍びの貴族とかに会って、なんやかんやして問題を解決してあげたりするんだよ。物語のテンプレートだろう?ワトソン君はあまり異世界転生の常識を知らないようだ。
なんて茶番は辞めにしておくとして、実際①は大変だと思う。ここはほんと毎朝曲がり角の手前で食パンならぬ石のように硬いパン、略して石パンを咥えて、貴族っぽい人いないかなぁーって3時間待つとか、気合いでどうにかするしかない。
でも①さえクリアできればとんとん拍子に話は進んで行くはず。なんせ記憶の中ではクソでかい豪邸の中に住んでたんだ。なんで追い出されたのかはわからないが、かわいい息子が屋敷にたどり着けさえすれば迎えてくれるはずだ。よし俺の未来は明るい。
そうと決まれば、こんなとこからさっさと移動して街に出よう。んでもってレイシス君の記憶ではスラムから街への道はわからないから、昨日パンを分けてくれたお姉さんにでも道を聞こう。それにーーー
チラリと安らかな顔をして冷たくなったカタリナを見る。レイシス君の心を壊した張本人とはいえ、ここまで育ててはくれたのだ。彼女も埋葬してあげないと。スラムの人用の墓地とかもあるんだろうか。聞きたいことが増えてしまった。
彼女は最終的にはレイシスの虐待をしたり、レイシスの心を壊してしまったが、スラムにたどり着いてすぐまでは仲の良い親子のようだった。
というのも、おそらくレイシスとカタリナの関係性はレイシス様、カタリナという呼び方や、「アレイナがお前を産んだから」という言葉から察するに、血の繋がった親子ではなく主従関係に近いものだったんだろう。そしてアレイナが俺の本当の母親。
記憶の中からアレイナという名前と結びつく顔は思い出せない。レイシスはあまり実の母親と会う機会がなかったのだろうか。さらに不憫ポイント10点プラス。
レイシスの不幸メーターを確認していても仕方ない。今が何時かは知らないが日は高いし善は急げ。パン分け姉さんのところに向かおう。
てか言葉って通じるんだよね?通じなかったら流石に神様ぶん殴りにいかなきゃいけないけど。
俺の不安は無用だったようで言葉は問題なく通じ、パン分け姉さんに街までの道とスラムの人でも入れる墓地があるかを聞くと、驚きながらも両方とも教えてくれた。昨日お母さんのためにパンをもらいに来たのに、そのお母さんが死んだって言われたらそりゃびっくりするよね。
墓地についてはスラムの人のための墓地は存在するが、そこまで俺一人で持ってくのは大変だろうから、家の場所を教えてくれれば私が仲間に頼んで運ばせると言ってくれた。
流石に悪いから断ろうとしたが、見ず知らずの人の死体であろうと墓地まで協力して運ぶ、というのはスラムの1つのルールらしい。そしてそこに俺が来る必要はないと言われた。おそらく年端もいかない俺を埋葬に協力させて、さらに心が傷つかないようにという配慮だろう。
結果として俺はパン分け姉さんにカタリナを託すことにした。見ず知らずのレイシス君にパンを分けてくれた姉さんはある程度信用できると思ったし、カタリナを埋葬しようとは思っていたが、別にこの手でわざわざしてやろうとまでは思わなかったからだ。記憶こそあるものの結局は俺にとってはカタリナは他人だしね。
カタリナを姉さんに引き渡した俺は教えられた道を10分ほど歩き、ついに活気のある町の通りに出た。マジであんまり入り組んでなくて良かったけど、それにしても10分の道のりを覚えられるレイシス君の体記憶力良すぎないか?
「ちょっと迷いそうだけどまぁ間違えてもどこかしらには出るでしょ」くらいの心持ちで歩いてきたんですけど。それともこのくらいの歳の子で大人の理性を持つとこんなもんなのか?
通りに出る前に路地から辺りを観察すると屋台がいくつか見え、それぞれに人が並んでいる。前髪が鼻下くらいまであってくそ見づらい。前髪くらいカタリナ切っといてくれよ。後で自分で切りたいけど、刃物なんてカタリナが切りつけてきた刃こぼれしたナイフくらいだ。自分の身体を切ったナイフなんてちょっと嫌だけどシノゴの言ってられないか。
あれは焼き鳥か?串に刺した肉を金網の上で焼いてる。じゅるり。
こっちは果物の汁を絞った果実水を売ってる。カラフルで何種類もあるうちの赤色を買ってもらった女の子がはしゃいでる。じゅるり。いや果実水に対してだからね?ロリコンじゃないですよ?前世は知らないけど少なくとも現世はね。
そうしてこの世界の街並みを観察していると、遠くから二頭立ての馬車がこちらに向かってくるのが見えた。
おいおいあれに見えるは俺が求めてやまない貴族様の乗った馬車じゃないの?幸先いいよ~。
何か困ってるかどうかは微塵もわからないけど、廃墟暮らしから脱却するには行動あるのみ!
馬車が近づいてきたのを見計らって馬車の前に立つと、御者を務めている男性がびっくりした顔で手綱を引いて馬を止め、馬車の中にいるであろう貴族に何か謝っている。急ブレーキかけさせてごめんとは思ってるよ。あとで俺も一緒に謝るから許して。
「おい危ないだろう!早くそこを退きなさい!ハトネル子爵様は急いでおられるのだ!」
ビンゴ、ほんとに貴族だったみたいだ。違ったらどうしようかと思ってた。
「申し訳ありません!ただハトネル子爵とお見受けしてお耳に入れたいことがあるのです!」
今初めて名前聞いたけど。
御者は急に路地から出てきたガキが何言ってんだって顔でこっちを見てくる。そうしていると馬車の扉が開き、中から誰かが出てくる。貴族様の登場か?
「おい、一体何をモタモタしている?早く馬車を動かせ」
「この子供が退いてくれないんですよ。なんとかしてくれませんか」
馬車から出てきたのは鎧姿の30代前半くらいの男性でどうやら様子を見にきたらしい。騎士だったりするのだろうか?あ、こっち見た。
「お前のせいか。馬に踏みつけられたくなかったら早くそこを退きなさい」
「いいえ退きません。ハトネル子爵様に伝えたいことがあるのです」
「何?」
騎士様がギョロっと睨みつけてくる。俺の中身が大人じゃなくて元のレイシスだったら怖くてちびってるかも。
「ハトネル様に伝えるかどうかはまず俺が聞いてから決める。言ってみろ」
一応話は聞いてくれるらしい。門前払いされないならこっちのもんだ。
「実は…」
「実は?」
「実はわたしはさる貴族の子供なのです!今は訳あってこのような格好をしていますが、家に帰りたいのです。どうかハトネル子爵様のお力をお借りすることはできないでしょうか?」
「ほう、では家名を言ってみろ」
か、家名だと?慌てて頭をフル回転させて記憶を洗いざらい思い出そうとするが、それらしいのには何もヒットしない。
「どうした、家名はないのか?俺は今まで生きてきて家名のない貴族など聞いたことがないぞ?」
「お、幼い頃に捨てられたので家名はわかりませんが、母の名前はアレイナといいます。また捨てられてから私を今まで育ててくれた使用人の名前はカタリナといい、おそらく重用されていたと思います。これに該当する貴族はいないでしょうか」
「今まで育ててくれたのならそのカタリナとやらを早く目の前に連れてきなさい」
「カタリナは先ほど死にました。それもあってハトネル子爵様のご助力を願いたいのです」
「…そうか」
騎士様がため息を一度ついてからこちらに向かってくる。ちょっと苦しかったけどいけたのか?カタリナが重用されてたかなんて、アレイナのことを呼び捨てで呼んでいた辺りから適当に言ったことだったけど合ってたのか?
内心の不安を必死に隠して胸を張って騎士様を見る。お前は何も間違ったことは言っていないんだ、自信を持てレイシス。
そして目の前まで歩いてきた騎士様に俺は蹴り飛ばされた。
「グハッ!?」
2,3mくらい俺の体が吹き飛ぶ。蹴られた胸が嘘みたいに痛い。体のど真ん中に穴が空いたみたいだ。苦しさをどうにか排出しようと身体が勝手に涙を流す。
「おいスラムのガキ。一つ言っておくとお前のした身分詐称はれっきとした犯罪だ。それもどこで聞いたかは知らんが国王様の側室のアレイナ様の名前を出すとはな。聞く人が聞けば速攻奴隷行きだぞ。その痛みは勉強料だと思え。奴隷にならないと考えたら安いものだろう」
痛みに思考を大きく奪われながらも騎士様の言葉を咀嚼する。今こいつ国王の側室って言ったか?ってことはどう言うことだ?考えが痛みでまとまらない。
そうしているとまた近寄ってきた騎士様が、うずくまっている俺を掴み上げる。
「カタリナという者がアレイナ様のお側付きかは知らないが、よくある名前だ。適当に出したんだろう。それかお前の本当の親か。なんだって良いがもう二度とこんなことはするなよ」
騎士様は言いたいことを言い終えたのか、俺を横にほっぽり投げた。まだ蹴られた痛みも現役バリバリなのになんてことしやがる。あ、まずいなん…か意識…が……
俺を放り投げたことによって空いた道を馬車が走っていく振動を感じながら、俺は意識を失った。
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