目が覚めたら廃墟だし転生した俺の過去はめちゃくちゃ重い
今回、残酷な表現と胸糞悪くなる展開があります。ご了承ください。
目が覚めたら知らない天井だった。なんてのはよくあるテンプレートだが、天井は天井でも穴が空いてる廃墟風、ていうか廃墟なのは前代未聞だろう。
そこにさらに見知らぬ女性が静かに横たわっているのだ。栗色で肩くらいのセミロングは栄養が足りていないのか、枝毛だらけで引っ張ればそこからちぎれてしまいそうだ。痩せぎすで肌もくすみ、かなり老けて見えるがシワは見えないから20代だろうか?
近づいてみても呼吸や脈は確認できない。
え、これ俺が転生した影響で死んでしまっているとかないよね?
そんなことを考えていると、頭がカッと暑くなるような感覚とともにさまざまな情景が頭に浮かんできた。
豪奢な部屋でこれまた立派な椅子の前に立つ偉そうな髭面のおっさん。そしてそんなおっさんの前で、ウェーブのかかった豊かな黒髪が艶やかな20代くらいの女性が、ひざまづいて顔を手で覆いながら、まるで死刑宣告でもされたかのように泣いている。
そして今そこで横たわっていた栗色の髪の彼女、カタリナに手を引かれ驚くほど大きな豪邸を出て馬車へ乗り込む。先ほど見た彼女よりも生気に満ちた顔つきで、同じ人とは見えないほど若々しく見える。とは言えその顔はこれからの結末を覚悟しているのか、どこか悲壮に満ちていて強張っていた。
どこかのこじんまりとした家の中でカタリナと談笑したり、彼女の作った豪華ではないが真心のこもったご飯を一緒に食べる団欒の風景。
ある日、窓から外を眺めていると、日焼けした男の子と女の子、イーサンとミアに出会い、手を引かれみんなで広場で遊ぶ。これはおそらく自分が転生(というか憑依というか)したこの子の記憶だ。情景とともに流れ込んでくる感情は、非常に暖かなもので、この子、レイシスが日々に満足していたように思える。
風景は移り変わり、カタリナと過ごし始めて季節が一周と少し過ぎた頃。月と星の明かりくらいしか頼りにならない中で、何かに追われるように焦るカタリナにあの日のように手を引かれ、先程の家からこの廃墟にたどり着く。それまでは暖かさを感じさせていた記憶は鈍色に錆び付いていく。
一日中この廃墟で薄い毛布にくるまりながら、カタリナの帰りをただ待つ日々。朝晩食べていた温かかったご飯は、硬いパン1つと味の薄い冷えたスープ1杯に。彼女が帰ってこず何も食べない日もあった。
次第にカタリナは身心共にやつれ、唯一の楽しみであった帰ってきた彼女と話す時間も鈍色に変わっていく。
「レイシス様、心配しなくても大丈夫です。このカタリナがついています。少し家は風通しが良くなってしまったので今日からは一緒に寝ましょうか?ふふっ」
「レイシス様、ちゃんと大人しくしていたんでしょうね?もしあなたがここにいるような奴らに目をつけられて、ここすら出ていかなければ無くなったら、私は置いていきますよ?」
「レイシス、あなたは選ばれた青い血なのです。貴い存在なのです。なのになぜあなたを育てた私はこんな薄汚れた売女に?なんで…なんで……」
「お前がいるから、アレイナがお前を産んだから、私はこんなことになっているのよ!分かっているの!?」
そして激情に身を任せて振われる暴力。平手や蹴りならまだマシで、刃こぼれしたナイフで浅く切られたり、焚き火で燃えている木を押し付けられたりもした。そうして暴力をひとしきりぶつけると、体力が切れたのかカタリナはひどく咳き込む。
それに対してこの子、レイシスは痛む体を引きずりながら、ヒビの入った木製の器に手から水を出して飲ませる。水を飲むと彼女は理性を取り戻したのか、
「あぁ、ごめんなさいレイシス。また私はあなたになんてことを…」
「僕は大丈夫だよ、カタリナ。ねぇ今日は一緒に寝てもいい?」
「えぇもちろんよ。また冬が近づいてきて寒くなってきたしどうにかしないと…。いいわ、それはまた明日考えましょう」
そうしてヒステリックがひとまず治ったカタリナは、優しかった頃の彼女のようにレイシスを抱きながら、嫌な現実から目を逸らすために眠る。身も心も擦り切れて変わってしまったカタリナだが、唯一、昔と変わらない彼女の温度と心音が感じられるこの時間だけが、レイシスにとっても現実を忘れられる時間だった。
そんな日々が続いた中で、数日前から彼女は高熱にうなされ、寝所から起き上がれなくなった。
レイシスは手から水は出せても、パンやスープは出せない。レイシスは廃墟から出て、出会う人全てに頭を下げて食べ物を分けてくれないかと頼んだ。
嘲笑されるだけならいい方で、何度も殴り飛ばされた。殴った後に体を弄られ、男だと分かるとさらに踏みつけられたりもした。
だがスラムとはいえ、ボロボロの身なりで悲壮な表情をした子供に胸が傷んだのか、今回だけだと言ってパンを分けてくれる者もいた。レイシスは涙で言葉を詰まらせながらも感謝を述べ、急いで帰る間に二欠片程を自分で食べたら、残りのほとんどをカタリナに食べさせた。
そんな生活が2日続いたが、パンを数個食べる程度で回復するには彼女の体はくたびれすぎていた。
「あぁレイシス様、私は一体何をしていたのでしょうか。あなたがおぞましい死神かのような、私を腐った沼に沈み込ませる枷のように見えて、私の命を以ってしても償いきれないようなことをしました。レイシス様はただ生まれただけなのに」
「僕は何も怒ってないし償うことなんて1つもないよカタリナ。だから早く治ってよカタリナ」
「それは無理な話ですレイシス様。これが愚かな私にシュタッド神が下した裁きなのでしょう。これに逆らうことは許されませんし、逆らう気も一切ありません」
シュタッド神というのはこの国、オーランド王国で信じられている平和と愛を司る夜の女神グラパーと対を成す、争いと正義を司る昼の神であり、罪を検め裁きを与えるのもその仕事の一つとされている。
「そんなわけない!だってカタリナはきっと毎日僕のためにたくさん働いてパンとスープをくれたんだろう?何も裁かれるような事はしてないよ!!」
泣きながらカタリナがどうにか考えを改めてはくれないかと言葉を紡ぐレイシスであったが、カタリナは泣きながら罪を吐露する。あたかもそうすることで罪が減刑されるかのように。それが正しいことかのように。
「ですが、私は…… 私はもっとレイシス様に暖かくはなくともご飯を食べさせることができました」
「…」
「私は自分を優先してレイシス様よりもまともなものを食べていました」
「やめて…」
「レイシス様の世話を避けるために、仕事もせずにただ男の家に泊まったことも何度もありました」
「ねぇカタリナ、もう何も言わないでよ」
彼女はもう死の淵に半身ほど浸かっていて、レイシスの声が聞こえていないのだろうか。レイシスの声など意に介さず話を続ける。続けてしまった。
「辛い現実を忘れるために酒やクスリに溺れ、我を忘れてレイシス様を傷つけました」
「何も喋るなって言ってるだろカタリナ!!!」
レイシスは気づいていた。昨日パンをくれた女性はパンを5つ持っていた。その女性がどんな仕事をしているかは知らないが、カタリナももしかしたらもっと稼いでいたのかもしれないことを。
レイシスは気づいていた。カタリナが日を跨いで帰ってくる時は、寝不足なのか普段より目の下のクマはひどいものの、どこか浮ついていて体についたいくつもの痣を見て笑みを浮かべていたことを。
レイシスは気づいていた。カタリナのヒステリックを受け止めた後の、自分が最も好きな彼女の体温と心音を感じている時、彼女の息は酒臭く、葉っぱを燻したようなどこか嫌な匂いが身体中に染み付いていたことを。
彼女の自白する罪はレイシスが目を背けていた現実そのもので、真正面から突き刺さったナイフは彼の心を容易く破壊した。
【オーランド王国の宗教について】
レイシスのいるオーランド王国では平和と愛を尊ぶ夜の神グラパー、争いと正義を尊ぶ昼の神シュタッドの2柱の神を信仰している。どちらを主神と置くかで国民はそれぞれ、自分はグラパー教を信仰する、シュタッド教を信仰すると決める。
「家族が罪を犯したときにそれを許すのかもしくは償わせるのか、つまり愛を取るのか正義を取るのか」といった様な質問にどう答えるかによって主神を選ぶのが本来の信仰の決め方だが、生まれた時から家族、もしくはその地方で信仰されている方に決まり、ということも珍しくない。
根本的には同じ宗教なので、自分がグラパー教だからシュタッド教の人とは付き合いを控える、などと言ったことは余程の過激派でもない限り有り得ない。
グラパー教の過激派は喧騒をもたらすものとして人付き合いを嫌い孤独を好む。
シュタッド教の過激派は争いを好み、その標的にあげられるのは他種族、他文化である。
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