第17話 絶体絶命
「……ア……アア……アアアアアア‼」
「避けろ‼」
綺心の叫び声で、羽衣は咄嗟にその場から飛び退く。ドンッ‼ と大きな音が聞こえ、悪魔の手が振り下ろされたことがわかったが、暗闇の中で悪魔の姿は一切見えない。
「羽衣‼」
羽衣の元にレオが飛んで来た。
「レオ‼ どうしよう‼」
「もう一度、あいつを燃やすんだ‼」
「燃やそうにも見えないよ‼ みんながどこにいるかもわからな———」
そこまで言いかけて、羽衣は暗闇の中、綺心と恵慈の姿だけが見えることに気が付いた。どんなに目を凝らしても闇の中は見えないのに、二人がどこにいるのかだけははっきりとわかる。恵慈はぐったりしているマーシーを抱え、綺心と羽衣の元に飛んで来ようとしていた。
「あ、あれ? どこにいるかわかる!」
「ハニエルの力だ!」
「羽衣‼ 光っている方に攻撃を‼」
綺心に言われ、羽衣が前を見ると、闇の中で青い光がぼんやりと浮かんでいた。羽衣が「よーし!」と拳をかまえ、レオが炎に姿を変える。
「淡紅の獅子‼」
羽衣が光に向かって拳を突き出し、大きな獅子へと姿を変えた桃色の炎が悪魔に襲い掛かる。炎があたりを照らし、悪魔の顔が見えた。
悪魔は大きな口を開け、自分に向かって来る獅子に向かって炎を吐き出した。
「⁈」
悪魔の口から放たれた炎は獅子を包み込み、押し返す。炎に呑まれ、獅子がかき消され、レオの「ギャアッ‼」という悲鳴が聞こえたかと思うと、炎に焼かれたレオが飛び出した。
「レオ‼」
「危ない‼」
レオのもとに向かおうとした羽衣の腕を掴み、綺心が慌ててその場を離れた次の瞬間、闇の中から炎がこちら向かって来た。
「うわあ‼」
炎が髪先を掠め、羽衣が悲鳴を上げる。綺心と羽衣が悪魔から距離を取っている間に、恵慈は吹き飛ばされたレオのもとに飛んでいき、落ちていくレオを受け止めた。恵慈の腕にはボロボロのレオとマーシーが抱かれている。
「大丈夫……大丈夫です……私が……!」
恵慈の頬に大粒の涙が伝い、レオとマーシーに降り注ぐ。その時、何かに気が付いた綺心が声を上げた。
「ジェレミエル‼」
「⁈」
恵慈の身体が吹き飛ばされる。暗闇の中で暴れ回る悪魔は恵慈に牙を剥いた。悪魔に殴りつけられた恵慈が落ちていく。痛みに表情を歪めながら、恵慈はギュッと腕に力を込め、レオとマーシーを抱きしめた。
「酷いことしないで‼」
羽衣が光に向かって手をかざし、桃色の炎を放つ。放たれた炎は悪魔に直撃し、悪魔が悲鳴を上げながら燃え、その姿が闇の中に浮かび上がった。
「グレイシス‼」
綺心の叫びに反応するように、暗闇の中にグレイシスが現れた。グレイシスは一瞬
にしてぬいぐるみの姿から人型に変わると、素早く恵慈の元に飛んでいき、恵慈を抱き留めた。
「きゃあ⁈」
唐突なことに恵慈が悲鳴を上げる。その様子に、グレイシスが眉をひそめ「落ちても元気だったんじゃないかしら」と嫌味を言った。
「グレイシス‼ チャミエルは⁈」
「いないわ。この結界にそもそも入っていない」
「え⁈ どういうこと⁈」
「羽衣‼ 前‼」
綺心の声に羽衣が前を向いたその時にはもう、羽衣の目の前に燃え盛る悪魔の顔があった。
羽衣が咄嗟に悪魔に手をかざす。悪魔は口を開け、炎を吐き出し、羽衣の手から放たれた桃色の炎はそれに抵抗しようとしたが、すぐに大きな炎に呑み込まれ、炎は羽衣に直撃した。
「羽衣‼」
綺心が叫び、燃えながら落下していく羽衣の元へ飛んでいこうとする。その瞬間、綺心の鼻先を掠めて悪魔が手を振った。綺心が寸前で止まり、舌打ちをする。
「チャミエルさえいれば……‼」
綺心が落下していく羽衣を追いかける。だが、その綺心の足を悪魔の手が掴み取った。
「⁈」
「ハニー‼」
綺心が驚く暇もなく、悪魔は綺心を地面へと叩きつけた。恵慈を地面に降ろしていたグレイシスが悲痛な声を上げ、綺心の元に飛んで来ようとする。
叩きつけられた綺心がうめき声を上げながら身体を起こすと、その綺心の傍らで羽衣が倒れていた。炎に燃やされ、所々焦げている。綺心は羽衣に手を伸ばし、身体をゆすった。
「羽衣……ここで死ぬわけにはいかない……起きて……‼」
羽衣は目を覚まさない。綺心は気が付いていた。悪魔が自分たちに向かって、炎を放とうとしていることに。
「ハニー‼」
駆け付けたグレイシスが綺心を庇い、両手を広げて向かって来る炎の前に立ちふさがる。綺心が「グレイシス、やめるんだ‼」と声をかけるが、グレイシスは首を横に振った。
その時、立ち上がった羽衣がグレイシスを突き飛ばし、向かって来る炎に向かって両手をかざした。
「羽衣の友達に酷いことしないでぇッ‼」
羽衣の両手から桃色の炎が放たれ、桃色の炎は向かって来る炎とぶつかって押し戻される。羽衣はグッと足に力を込め、向かって来る炎を押し返そうと手をかざし、桃色の炎が徐々に大きくなって、ついに向かって来る炎を呑み込んだ。
桃色の炎は悪魔の炎を呑み込み、悪魔に向かって行く。悪魔が叫び声をあげたが、桃色の炎はその勢いを止めず、悪魔に直撃した。
「ギャアアアアア‼」
桃色の炎に身を包まれ、身をよじりながら暴れる悪魔の甲高い悲鳴が耳をつんざく。綺心が思わず耳を塞ぎ、息を切らせた羽衣はしばらく燃え盛る悪魔を見つめると、ほっとしたように表情を緩めた。
その羽衣の目の前に、燃える悪魔の手が迫っていた。
「羽衣さん‼」
恵慈が羽衣に駆け寄ろうと、足を引きずって走るが間に合わない。羽衣は自分に迫る巨大な悪魔の手を呆然と見つめたまま動けず、気が付いた綺心が羽衣の名を叫ぶが、羽衣を救うすべも、巨大な手を止めるすべも持たなかった。