6:どうしましょう。
噴水とヒロインさんの着るカナリア色のドレスを見て、夢キスのワン・シーンが浮かびます。クレマン様は、国王陛下に仕える特別顧問という立場。普通に生活していては、出会う相手ではありません。ヒロインさんがクレマン様と出会うのは、舞踏会。月明りを浴びながら、噴水の前で、ヒロインさんとクレマン様は、出会うのです。
ヒロインさんは、王太子様を攻略しようとされていますが……。でもまだハッキリ王太子様を選んだかは、分かりません。ヒロインさんの貴重なクレマン様との出会いイベントを、モブの私が邪魔するわけにはいかないでしょう。
「クレマン様。今日、この日は、私と出会う運命の日ではないと思います。クレマン様が出会うべき相手は、あちらにいる、カナリア色のドレスを着た女性。彼女と出会うのが、あなたの運命だと、私には思えます」
こういう抽象的な話し方が通じるのは、エルフであるクレマン様ならではです。夢キスをプレイしている時も、こんな感じの会話を、何度も交わしました。
「なるほど。嘘を言っているわけではないようだ。リラ、君は本当に不思議な子だ。どうして僕は、君の運命の相手になれないのか。残念でならない。でも仕方ない。そうか、あの子が……」
クレマン様が、ヒロインさんをじっと見ました。
そんな熱い視線で見れば、ヒロインさんはすぐにでも、こちらを振り向きそうです。またも邪魔をしていると、ヒロインさんから言われてしまいます。
「それでは私は私で私の運命を探しに行きますので、ごきげんよう、クレマン様」
自分でも、よく意味の分からない言い草だと思いましたが。
これまでのように、クレマン様に腕を掴まれることもなく、歩き出していました。なるべくヒロインさんに気づかれないよう。夜の闇に紛れながら、ホールを目指します。
ようやくホールにつながる階段に辿り着き、後ろを振り返ってみると……。ヒロインさんがゆっくり、クレマン様の方へ向かい、歩いて行くのが見えます。
よかったです。
お二人の出会いのイベントを、邪魔せずに済みました。安堵しながら、階段をのぼり、そこで誰かにぶつかりそうになりました。
「す、すみません。失礼しました。前を見ずに歩いていました」
「いや、こちらこそ、失礼した……って、あれ? 君、もしかして……」
謝罪するため頭を下げていましたが。
聞いたことのある声に、顔を上げると。
まあ、ビックリです。
クラスメイトであり、夢キスの攻略対象で、クラスメイトのロマン・ドゥビュシー。同じ伯爵家であり、ロマンは次男。何かとプレッシャーがかかる長男と違い、身軽な次男という立場のロマンは、誰とでも気さくに話します。ヒロインや攻略対象とは、距離を置いている私でしたが。ロマンとは、数回会話したことがありました。だからでしょう。悪役令嬢さんも、王太子様も、ヒロインさんも、私が誰であるか分かりませんでしたが。ロマンはどうやら、私に気づいたようです。
「リラ、だよな? クラスメイトの? 驚いた。舞踏会で見かけるのは、初めてだ。化粧をして、ドレスを着ただけで、こんなに変わるんだ。すごいな。ものすごく綺麗だよ」
ロマンは照れることなく、褒めてくださいます。
そう言うロマンも、学校で見る姿とは全然違っていました。
マットアッシュグレーの髪は、オールバックになっており、それだけでも、いつもと全然違うといえるでしょう。さらに学校の制服も、普段は着崩しています。それなのに今日は、白シャツのボタンをきっちりとめていました。さらに黒いタイをつけ、黒のベスト、ベージュのテールコートに、同色のズボンに黒革のロングブーツという装い。ビシッと決まっています。
「褒めていただき、ありがとうございます。でもロマンこそ、とっても素敵です。髪型もいつもと違いますし。きちんと着こなすと、大人っぽく見えます」
ロマンは私の言葉に頬を赤くし、分かりやすく喜んでくれました。
そしてこんなことを、言ってくれます。
「この舞踏会にきていたこと、今、気づいたよ。もしかして、一曲も踊っていないんじゃないか? せっかく舞踏会に来たんだ。踊らないと、もったいないよ。……オレでよかったら、踊らないか?」
教師からは「オレなんて使うのは、やめなさい!」と何度も注意されています。でもロマンは、腕白なところがあるので、いくら注意されても「オレ」を使うのを止めません。ただ、フォーマルな場では、ちゃんと「私」と「オレ」を使い分けていることを、夢キスをプレイしている私は知っています。
「オレ」問題はさておき、ダンスに誘われてしまいました。
どうしましょう。
せっかく誘ってくれました。
しかもクラスメイトです。
明日も学校で顔をあわせるわけで……。
断るのは……気まずいです。
「ダンス、誘っていただき、光栄です。では一曲だけ」
「そうこうなくっちゃ」
ロマンは嬉しそうに笑うと、私の手をとり、ホールに向かって歩き出します。丁度、ワルツが始まり、フロアの中央へと向かいました。
このあともう1話公開します!
13時までに公開します~