59:私、分からないのです……
馬車もなく、雨の中、クレマン様は放置されたのですが……。
「僕は別に気にしないけどね。雨宿りはいくらでもできるし、馬車だって手配すればいいから。それになんとなく、リラに会える気がしていたんだ。リラの強いオーラを感じた。何か嬉しいことがあった時に放たれる、明るいオーラをね」
クレマン様は……器が大きいというか、大らかというか。ヒロインさんのヒドイと思われる態度も、まったく気にされていません。
思い返してみると、トリコロール剣術祭でも、ヒロインさんは、随分と大人気ない態度をとっていました。自身の隣が王太子様ではないことに文句を言ったり、ブーケを踏みつけようとしたり。
そんなヒロインさんを、上手くあしらってくださったのは……クレマン様です。
長い時間を生きていると、クレマン様は言っていました。その中で、悟りを開いたのか、達観されたのか。ともかくクレマン様は、ヒロインさん如きでは動じない精神力をお持ちなのだと、分かりました。
それにしても、私のオーラを感じ取るとは……。エルフらしいクレマン様の言葉です。しかも嬉しいことがあった時に放たれるオーラ。確かに私は、仕立てが完了したドレスを見た時、とても嬉しくなり、感動していました。あの時のオーラを、クレマン様は感じられたのでしょう。
「ちょっと前には、とっても明るいオーラが出ていたのに。今のリラからは、悲しいオーラを感じる。……もしや僕が馬車に同乗したのが、悪かったかな?」
「!? 何をおっしゃるのですか、クレマン様! 雨はまだ止んでいません。それにクレマン様は、帰りの馬車がなかったわけですから。こうやって私の馬車が役立つことができ、良かったと思っています」
「そうか。そう言ってもらえると、ちょっと安心だな。でもそうなると……リラはなんでそんなに悲しそうなの?」
そう聞かれると、困ってしまいます。
悲しそう……。
悲しい顔をしていたのでしょうか。
「それは……雨が止まず、仕立てたドレスを、持ち帰ることができなかったからでしょうか」
「リラ」
クレマン様の、万華鏡のように色が変わる瞳が、私をじっと見ています。これは……。
「嘘はダメだよ、ライラックの美しい君」
舞踏会で言われた言葉です。
嘘を……ついているつもりはないのですが……。
「クレマン様。私、分からないのです。何が悲しいのかが」
「なるほど。リラの今の言葉に嘘はない……。となると、確かに何が悲しいのかな。僕と会う直前に何があった? リラが見たこと、聞いたこと。なんでもいい。話してご覧」
クレマン様に会う直前に見たこと、聞いたこと……。
会話は……聞こえてきません。
でもこの目で、ハッキリ見ました。
ヒロインさんとクロード様が、カフェに入っていく姿を。
そこで気が付きます。
クレマン様は、ヒロインさんから「この後、知り合いとの待ち合わせがあるので、ここで別れたい」と言われたと、話されていました。つまりあの時、ヒロインさんとクロード様は、偶然出会ったわけではなく、あのカフェの前で待ち合わせていた……ということなのですね。
待ち合わせをしていた。だからクロード様は、懐中時計で時間を気にして、雨の様子を気にされていたのですね。急に雨が降ってきましたが、ヒロインさんが傘を持っているか、濡れていないかと心配された……。
優しいクロード様らしい、行動だと思います。困ったような顔に見えたのは、女性に慣れていないクロード様だから、緊張されていたのでしょう……。
ヒロインさんがクロード様にラブレターを送ったと、王太子様は言っていました。さらに、ファンレターは毎日のように届くから、定型文を返したに違いないとおっしゃられていましたが……。
クロード様はまめな方です。きっとヒロインさんのラブレターに目を通されて……。デートのお誘いが、書かれていたのでしょうか。きっとそうなのでしょう。そして今日、待ち合わせをされた……。
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次回は明日、8時頃に「クロード様もまた、夢キスの攻略対象」を公開します♪