38:大変です(OoO;)
それにしても、まさか王太子様が動かれるとは。でも、それも当然でしょう。さらわれそうになったのは、王太子様の婚約者である、悪役令嬢さんの弟さんなのですから。
「サンティーユ牢獄の名が出ましたら、白状せずにはいられませんよね。それで彼らの雇い主は、誰だったのですか?」
紅茶を飲み、クロード様に尋ねます。
クロード様も紅茶を飲み、そして答えてくださりました。
「逮捕された6人は、すべてリシス商会の人間だった。リシス商会というのは、貿易会社で、衣料品や香水などの輸入を手掛けている」
「リシス商会は……デュ・プレシ公爵家とつながりがある会社ですよね?」
夢キスのヒロインさんのフルネームは、アメリ・デュ・プレシ。ヒロインさんの実家は、元々は商人の一族で、曽祖父が手掛けていた会社がリシス商会でした。
「リラ……君はそんなことも知っているのか。驚きだ。そう、その通りだ。最初はリシス商会と、さらわれることになったリビオ・マダレーナ・バティア、つまりはバティア公爵家との間で、何か問題があるのかと思ったが……。そうではなかった。デュ・プレシ公爵家は、後継ぎがなく、3代前に断絶するはずの一族だった。それを養子縁組で継ぐことになったのが、当時のリシス商会の会長だった。そして今回、リビオ誘拐をあの6人に指示したのは、現デュ・プレシ公爵家の長女アメリだった」
大変です。
悪役令嬢さんの弟さんを、誘拐するよう指示したのが、ヒロインさんだったなんて。
「アメリさんは、リビオ様のお姉さまと、犬猿の仲です。恐らくはそれが原因ではないかと……」
「どうやらそのようだ。捕えた6人も、そう言っていたよ。お世話になったデュ・プレシ公爵家のお嬢さんの頼みとあっては、断れないと請け負ったと。ただ、手荒い方法をとったが、誘拐ではない。デュ・プレシ公爵令嬢は、リビオとお茶をしたかった。そのお茶の席へ、お連れするつもりだったと弁明した」
それは……かなり苦し紛れな言い分です。
お茶会のお誘いで、猿轡や手足をロープで縛る必要なんて、ありません。クロード様は「まったく納得ができない」と言いながら、スコーンにジャムとクロテッドクリームをつけ、パクリと召し上がります。それを見た私は、スコーンを無償に食べたくなってしまいました。左手を伸ばし、自分のお皿にスコーンをとります。
「尋問した騎士達全員が、納得できていなかった。だがデュ・プレシ公爵が、手を回したようだ。バティア公爵とも話をつけてしまった。デュ・プレシ公爵令嬢は、あくまでリビオをお茶に誘った。でも取り次ぎを頼んだ男達が何か勘違いし、手荒いやり方でリビオを連れ去るようなことをした。申し訳なかった。男達はリシス商会から解雇。バティア公爵、アルダン伯爵には、きちんとお詫びをする――これで、片をつけた。本当に納得がいかないが」
そう言ってクロード様は、腕組みをし、憤慨されています。私はたっぷりのジャムと、クロテッドクリームをつけたスコーンをいただいて、思わず笑顔になっていました。そんな私の顔を見たクロード様は……。組んでいた腕をほどき、慈しみのある眼差しで私を見て、紅茶を口に運びます。
「リラ、君はこれで納得できるか? 男6人は、さすがに今回の騒動だけで、サンティーユ牢獄に収監することはない。せいぜい重めの罰金刑だ。無論、リラに今後手出しするようなことがあれば、許すつもりがないことは、ロジェとヘクトルからも伝えさせた。あの男達がリラに手を出すことは、もうないだろう」
「そうですね……。とても怖い思いはしましたが、リビオ様もご無事で、私もこの通り、美味しいスコーンをいただくことができています。アメリ様も今回の件では肝を冷やしたでしょうから、もうこんな無茶なことは、なさらないかと」
本当に。ヒロインさんはどうしてしまったのでしょう。
リビオ様を誘拐し、王太子様との婚約を破棄しろと、悪役令嬢さんに迫るつもりだったのでしょうか。アメリ様が無茶な手段に出た理由……そちらの方が気になってしまいます。
「そうリラなら言うと思った。君は本当に優しい子だ」
クロード様は、あの少年のような笑顔を、私に見せてくださいます。
もし今回の騒動がなければ。
クロード様のこの笑顔を、何度も見ることもできなかったでしょう。こんなに美味しいサンドイッチやスコーンをいただくことも、なかったでしょう。
むしろ、怪我の功名?
もしかすると。
モブの転生者の私に用意されていたイベントだったのかもしれません。まさかのフラグ回避ややり直しもあったのですから。イベントが発生したとしても、おかしくありません。
「!!」
クロード様のサファイアのような瞳と目が合いました。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日、8時頃に「必死に頭をフル稼働させます」を公開します♪