32:思わずキュンとしてしまいます
「では、行こうか」
そう言ったクロード様は……。
そのままロイヤルボックスや貴賓席の入場口の方へと、向かって行かれます。
「あ、あの、クロード様、ご自身のお荷物は? 控え室へ戻らなくて、いいのですか?」
「それは後で部下に届けさせるので問題ない。リラこそ、自分の荷物が気にならないのか?」
「あ……そう言われますと」
すっかり忘れていました。
「大丈夫。ちゃんとリラの荷物も届けさせるから」
「それは、ありがとうございます。助かります」
するとクロード様の名を呼びながら、一人の騎士様が駆け寄ってきました。
よく見ると、掲示板の前で私に声をかけてくれた騎士様です。私の声が小さくて、難儀されていた騎士様。
「クロード様、あちらの馬車をご利用ください」
「イアン、ありがとう。後は頼んだぞ」
「勿論です」
イアン様と言うのですね。人の良さそうな騎士様です。目が合ったので会釈すると、人懐っこい笑みを返してくださいます。
クロード様は、そのままイアン様が示した馬車へと向かいました。馬車のそばで待機していた騎士様が駆け寄り、扉を開けてくださります。私を馬車に先にのせ、クロード様は対面の席に座りました。するとその場に待機していた騎士様が、飲み物を差し入れてくれます。それを受け取ると、馬車がゆっくりと動き出しました。
ピューター(錫)製のゴブレットは、綺麗に磨き込まれており、プレートに美しい装飾が施されています。中は普通のお水ですが、なんだか器のおかげなのか、美味しく感じました。喉も乾いていたようで、一気に飲み干します。
「少しは落ち着けたかな、リラ?」
「はい」
「気づくのが遅くなって、すまなかった。改めて聞くが、何もされなかったか?」
「まさに危機一髪のところへ駆け付けていただけたので、問題ありません」
クロード様は「そうか」と言った後、少し困った顔で私を見ます。
どうしたのかと思い、こちらから尋ねてみることにしました。
「あの、何か問題がありますか……?」
「その、リラは地面に倒れていた。それはつまり、転んだからだと思う。脚に痛みは?」
そう言われた瞬間。
左膝に痛みを感じました。
「そう言われますと左膝が痛みます。転んだ時に擦りむいたのでしょうね」
クロード様が眉をひそめ、大きなため息をつかれます。
「リラの体に傷をつけるなんて……。あの男……」
呻くように呟いた後、クロード様は真剣な顔で、私を見ます。
「リラ。普段、脚を男性に見せることなどないあなたに、不躾を覚悟で尋ねる。脚を見せて欲しい。傷口の手当てのためだ。無論、屋敷についてから、きちんとした手当をする。だからこれは応急処置だ。破傷風という恐ろしい感染症に、かかる恐れもあるから」
なるほどです!
だから先ほどから、困った顔をされていたのですね。私が転生者でなければ。脚を見せるのが恥ずかしいと、遠慮してしまうかもしれません。でも私は転生者です。恥ずかしさより、破傷風の恐ろしさを知っています。ですからクロード様に、応急処置をお願いしました。
「では失礼する」
そう言ったクロード様は、私の左足を持ち上げ、自身の太股の上にのせます。そして躊躇うように、ドレスの裾を持ち上げます。女性のドレスの裾を持ち上げるなど、騎士の方が、慣れているはずがありません。
「あの、クロード様は、応急処置に集中くださって大丈夫です。裾は私が持ちます」
「そうしていただけると助かる」
少し頬染めたクロード様は、本当に少年のように初々しいのです。
思わずキュンとしてしまいます。
見惚れそうになりますが、ドレスの裾をぐっと持ち上げました。
その瞬間。
クロード様の息を飲む気配が、伝わってきます。前世では、膝丈スカートも履いたことがありました。特に恥ずかしさを、私は感じないのですが……。緊張した様子のクロード様の方に、ドキドキしてしまいました。
クロード様を見ると、緊張してしまいます。窓の外の景色に目をやることにしました。その間にクロード様は、応急処置をしてくださります。ゴブレットの水を膝にかけた瞬間、痛みが走りました。でもそれは我慢です。
「よし。これで大丈夫だろう」
私の左足をおろしたクロード様は、またも困り顔で尋ねます。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日、8時頃に「僥倖です**・'゜☆。.**」を公開します♪